#020 ミスマッチ?北条父子と今川氏真(前)
ちょっと日常?回入ります。
五郎殿とその家臣達が早川郷に移住して数日の間は、それなりに慌ただしい日々が続いた。おおむね建設が完了していた邸宅への割り当てと、荷物の搬入、補充など。
家の数は過不足なく行き渡ったが、一部の家臣が間取りに不満を漏らしたり、「あいつの隣は嫌だ」みたいなトラブルが起こりそうになったりしたため、北条氏康にお伺いを立てて割り当てを調整する一幕もあった。
それが一段落したら、五郎殿は少数の護衛を連れて早川郷の視察。自分の所領の様子を実地で確認すると同時に、万が一小田原城下が戦場になった時のシミュレーションをするためだ。
そんなこんなで一週間ほどが瞬く間に過ぎた頃…小田原城から「招待状」が届いた。
「三日三晩の大宴会…昼は弓馬の腕比べ、夜は能楽、連歌に蹴鞠。その上、左京大夫(さきょうだいぶ=北条氏政)殿も、相模守(さがみのかみ=北条氏康)殿も列席されるとは。何とも有難き申し出じゃ。是非とも加わりたいが…お主はどう思う?」
屋敷の居間で五郎殿と向かい合って座っていた私は、目をキラキラさせながら問うてくる夫に即答出来ず、目を逸らした。
「左様…にございますね。話を聞く限り、滅多にお目にかかれない見事な催しとなるかと。」
「そうであろう、そうであろう。これに招かれるなど、一代の誉じゃ。」
ウキウキ、という音が聞こえて来そうなくらい浮足立っている五郎殿に、非常に伝えづらい現実を告げる。
「申し上げにくいのですが…弓馬の腕比べはともかく、連歌や蹴鞠の出来栄えは思わしくないかと。実の父や兄をこう評するのは心苦しいのですが、いずれも日頃より質素倹約、武芸の稽古に余念が無く…。」
「風流を解さぬ田舎武士である、と?…はてさて、それはどうであろうな。」
私が語尾を濁すと、五郎殿はその先を口に出した上で疑問を呈した。
「左京大夫殿も相模守殿も、北条の後裔を自称する家柄。武辺のみではあるまい。…この申し出も、儂の立場を慮っての事であろうしな。」
「上総介様のお立場を?」
私がオウム返しに聞き返すと、五郎殿は表情筋を引き締めて頷いた。
「北条の家中には、儂を厄介者扱いする者も少なくない。武田と手を切って決戦に臨んだ挙句大敗し、遠江と駿河を失い…北条を勝ち目の薄い戦に引きずり込んでいる、とな。」
「そんな…。」
否定しようと口を開いたものの、あとが続かない。
ニュアンスはともかく、ある程度は真実なのだ。
「そこで此度の宴会じゃ。ここで儂が武芸を披露し、風流にも通じていると証明すれば、北条の面々も見方を改めるであろう。」
「まさか…氏康と氏政はそこまで考えて?」
五郎殿はゆっくりと頷いて微笑んだ。
「相違あるまい。無論、これは好機を与えられただけ…そこで力量を発揮できるか否かは儂次第じゃ。まあ、舞台を整えてもらえるだけ上出来じゃな。」
大勢の北条家臣団の目の前で、文武両道に秀でている事を証明出来なければナメられっぱなしで終わる。
そう口にしているにもかかわらず、五郎殿に気負った様子はまるでなく、自信に満ちあふれていた。
「…かしこまりました。此度の宴席が上総介様の器量の大きさを示す好機となるのであれば…招きに応じましょう。私も同道いたします。」
「うむ、共に参ろうぞ。儂がそなたの夫に相応しい武士である事を、相模守殿にお見せせねばならぬ。」
そういう事をサラッと言えちゃう所がニクいんだよなぁ…と思いつつ。
私は小さく頷いて、同意の意思を明らかにしたのだった。
小田原城での「大宴会」は例によって作者の妄想ですが、当時の武士達が不定期にイベントを開催して技量を競い合ったり、交流を深めたりしていたのは事実のようです。




