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#017 小田原城でお茶会を(後)

北条氏康の正妻「瑞渓院」に関しては、際立ったエピソードは全くと言っていいほど見つかっていません。

しかしながら、少なくとも男女六人を産み、七十年以上に渡って生きていたという史実から、北条氏康に負けず劣らず肝が据わった、懐の深い女性だったのだろう、という推察に基づいてキャラ設定を行っています。

「あ、あの…いかがなさいました、本城御前様(ははうえ)。」


 母上の、爆発寸前の鍋をフタで押さえつけるような笑い声に、蘭姉様も凛姉様も固まる中で、私は辛うじて凡庸な質問を投げた。


「ふふふ…ごめんなさい。御本城様(北条氏康)が三人いるようだったから、可笑しくて可笑しくて…。」

「ッそれは!…わたくし共が御本城様に鏡写しであった、と…。」

「そう受け取って、よろしいのかしら?」


 母上のとんでもない例えに、蘭姉様は珍しく大声を上げ、凛姉様は煙管を置いて手早く衣服を整えた。


「ふふ…ええ、そうね。お蘭は人情を重んじて、困っている人がいれば多少の道理を曲げてでも助けようとする…自分の裁量の内でね。お凛は義理を重んじて、どんな事があろうとも約定を(たが)えまいとする…身銭を切ってまで。」


 母上の言葉に二人は顔を赤らめ、お互いに見合ったり、目を逸らしたりと挙動不審に陥る。

 多分、思い当たるフシがあったのだろう。蘭姉様はルールを曲げてまで他人を助けようとした事が、凛姉様は契約を守るためにリスクを負った事が。

 …そうなると三人、というのが分からない。私は二人の間でオタオタしていただけなのだが。


「そして(ゆい)は…目の前の損得勘定で軽々に動かない、慎重さを持っている。三人とも、御本城様に生き写しね。」


 自分の臆病者(チキン)っぷりをそんな風に評価されて、私は喜ぶより先に戸惑い、「はぁ」という間抜けな声を漏らす事しか出来なかった。

 あのインテリヤクザもどきに似ていると言われて喜ぶ義姉二人はどういう価値基準で生きているんだ、と疑問に思ったが…考えてみれば二人の母親は母上より身分が低い。そうすると、父上に似ていると褒められた方が嬉しいのだろう。


「…ねえ、結。小田原(ここ)でも株札で商いをする積もりでしょう?実は他にも様子の思わしくない商会があってね…ああ、今度は借銭の引き換えはナシよ。ただ紹介するだけ。まあ虚言(そらごと)が混じっているかも知れないから…慎重に見定める事ね。」


 凛姉様が皮肉っぽくサポートを申し出たかと思えば。


「…そう言えば、配下の魚屋が上客に割引の枠を設けているの。半年以上継続して購入する上客に限って、なのだけれど…結、貴女も加入してみない?小田原の海で獲れた鮮魚を、毎日食べられるのよ。魚の肉付きは保証するわ。」


 蘭姉様がたどたどしくも、懸命にセールストークを展開する。


「うふふ…さて、お湯も沸いたようだし…そろそろお茶会にしましょうか。」


 母上がそう締めたのを合図に、ようやく本番…お茶会が始まり、私は胸をなでおろした。




 その後のお茶会は何事もなく、和やかに進行した。

 案の定と言うべきか、凛姉様が自分の服飾品や秘蔵の茶器を見せびらかし、蘭姉様が苦言を呈し、私がまあまあとなだめる、みたいなパターンを何度か繰り返しはしたが。恐らく意識的にだろう、誰も政治経済関連の話を出さなかったため、お茶会が始まる前のギスギスした雰囲気に戻る事は無かった。

 そして終わり際、母上がいつもと同じ調子で、しかしはっきりと言った言葉に、私は心の中でガッツポーズをとった。


「今日はとてもいいお茶会になったわ…結、これからも来て頂戴ね。」


 それはつまり、北条領内の経済を大きく左右する会合への参加権を保証されたという事で…私達早川郷に住む一家を食わせていく見通しが立った、という事実を示していた。




「あ。」

「いかがなさいました?」


 帰りの輿(こし)に乗り込む際、突如として脳裏に走った電流に声を漏らした私に、側付き侍女が声を掛ける。

 私はそれを「いいえ、ちょっと考え事を…」と誤魔化しながら輿に乗り込み、一つ息を吐いた。


(あの母上の笑い方…どこかで見た事があると思ったら、先日の父上っぽかった…。)


 つまりあの場所には、四人の北条氏康がいたという訳だ。

 そんな益体も無い事を考えながら、私は早川郷への帰路についたのだった。

次回、ようやく今川氏真が再登場を果たす見込みです。

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