#160 長篠で梟が鳴く夜は(前)
決戦まで、あと三日。
天正三年(西暦1575年)五月十八日 三河国 長篠
武田四郎勝頼が率いる軍勢が、包囲攻撃を続ける長篠城。この城は北東から流れる乗本川(大野川)に、北西から滝沢川(寒狭川)が合流する箇所に築かれており、北方とのみ地続きになっている。
勝頼は長篠城を見下ろすように、鳶ノ巣山を始めとした周辺の高所に砦を築かせた上で、北方の医王寺に構えた本陣から兵を進め、じわじわと圧力を強めていた。
さて、滝沢川と合流した乗本川は大きく湾曲して西に向かう(豊川)。この乗本川の北岸に、幾筋もの川が間隔を空けて流れ込み、その間には田畑や丘陵地帯が連なる。
長篠城から西へおよそ3キロメートル、乗本川に向かって連吾川が流れる一帯に、設楽原、有海原と称される平地が広がっている。
その西側、弾正山を中心とした丘陵の麓に布陣しているのが、織田徳川連合軍、およそ三万七千の軍勢である。
既に陽が落ち、陣中を篝火が照らす中、一人の武将が落ち着きなく歩き回っていた。今川家当主、氏真に代わって百の兵を率い、参陣した…朝比奈弥太郎泰勝である。
こじんまりとした陣幕の中、行ったり来たりを繰り返していた泰勝は、左手に握り締めていた書状を開き、篝火の灯りを頼りに読み返した。
「着陣の夜、敵情を探っていた忍びが陣中を訪れる、とあるが…一体全体何時になれば…。」
「ご無礼仕りまする。今川宗誾様の陣所に相違ございませんでしょうか。」
突如として上がった女の声に、泰勝は息を吞みながら振り返った。
いつ、どうやって入って来たのか。陣幕の中には百姓農民と思しきみすぼらしい身なりの女が、頬被りをした頭を傾けて片膝を立てていた。
「い…いかにも。其の方、何者か。名を名乗れ。」
「宗誾様の命を受け、長篠に先んじて潜んでおりました…九十九と申します。どうぞ、お見知り置きを。」
自己紹介をしながら頬被りを取った九十九の顔を見て、泰勝は思わず眉をひそめる。顔立ちは悪くなかったが、その半分を痣が覆っていたのだ。
「そ、宗誾様は牛久保城の留守に残られた。今はこのわし…朝比奈弥太郎が兵の半数を預かっておる。」
「ご無礼ながら…合言葉を頂戴しても?」
泰勝は唾を飲んで喉を潤すと、氏真から託された合言葉を慎重に繰り出した。
「美濃紙二つに裂いて草々、渋柿甘くて食わずに候…。」
「南村の権六嫁取って候、国分寺に柳は無し…。いかがにございましょう?」
九十九が口にした合言葉が、氏真の書状に書かれていた文言と一致した事に、泰勝は安堵した。
「おお、では其方が…殿からはまず、お主から甲州勢の備えについて聞くべしと指図を頂いておる。これにて聞かせてくれぬか。」
そう言って泰勝が机の上の地図――長篠一帯の大まかな位置関係が記されたもの――と、御世論の駒が詰まった壺を指し示すと、九十九はとぼとぼと机に近寄り…御世論の駒を摘まみ上げて首を傾げた。
「…申し訳ございませぬ。これを、一体どうすれば…。」
「ああ、左様か。御世論の嗜みが無い、か…しばし待て。まず、白が身方。黒が敵方じゃ。それで、ああ…我らがこの辺りに布陣しておるゆえ…。」
泰勝は、主に今川家中で用いている手法を九十九に説明しながら、織田徳川連合軍がどのように布陣しているかを可視化するように、白い駒を地図上へと並べていった。
「当家で御世論の駒を用いておるのは、城が落ちたり、寝返りが生じたりした際に、駒をひっくり返せば済むからじゃ。」
「成程…では、甲州勢の備えは…ええと…。」
九十九が覚束ない手付きで並べた黒い駒は、長篠城を囲むように置かれていた。
「む、うむ…で、あろうな…では、他に…甲州勢の人数や、何処に誰が陣を敷いておるか、など…。」
「恐れながら…そこまでは掴めておりませぬ。」
「…は?」
あまりにも期待外れな九十九の返答に、泰勝は絶句する他なかった。
今回くノ一の名前が『九十九』になっているのはそれなりの理由があります。
読者の皆様にハラハラドキドキしていただければ幸いです。




