#158 朝比奈泰勝の登竜門(前)
五話分程度書き上げて気付いたのですが、当面主人公の出番がありません。
何らかの形で長篠の戦いに参戦させるのもアリか…?と一瞬考えたのですが、あまり独自要素を追加して収拾が付かなくなるのもまずいので、しばらくは男達が舞台の中心に立つ事になると思います。
天正三年(西暦1575年)五月十六日 三河国 牛久保城
今や片手で指折り数えられる程にまで縮小した、今川氏真の家臣団。その筆頭格である朝比奈弥太郎泰勝は、同輩たる岡部三郎兵衛尉、蒲原助五郎と共に、城内の一室で主君を待っていた。
「…評定は如何な運びとなっておるのであろうのう。」
「何度目じゃ、聞き飽きたわ…左様に気に掛かるのであれば、鼠のように忍び寄って聞き耳を立てれば良いではないか。」
「わしに盗人の真似事をせよと申すか!」
「やめよ、三郎兵衛尉、助五郎…殿の面目を潰す積もりか。」
泰勝は二人の同輩をなだめながら、喉元までせり上がったため息をぐっと飲み込んだ。
徳川家中のほぼ全員が待ち望んでいた、と言っても過言ではない織田の援軍が岡崎に到着したのは、今月十四日の事だった。
率いるのは織田信長、信忠父子。総勢三万と号する軍勢を率いて入城した二人は、岡崎で待っていた徳川家康と合流し、東三河へ。十六日には吉田城の北方、豊川の西岸にある牛久保城に入った、のだが…ここで突然軍議を開催するとの布告があったため、家康の直臣である氏真を始めとした上層部のみ出席する事になった。
そのため、泰勝達は軍議への出席を許されず、氏真の帰還をただ待ち続けているという状況だ。
「只今戻った。」
そう言いながら入室する氏真を前にして、泰勝達は素早く居住まいを正した。
(…どうやら、凶報という訳ではないようじゃ。)
素早く主君の顔色を窺った泰勝が胸をなでおろす間に、氏真は上座で胡坐をかく。
「皆、待たせたのう…評定は留守居役に関しての事じゃ。この牛久保城に、誰ぞ留め置くべきである、と…弾正忠殿が仰せになってのう。」
氏真の言葉を反芻しながら、泰勝は脳裏にそれぞれの拠点の位置関係を思い浮かべた。
武田勝頼の相次ぐ侵攻で、徳川家康が『支配』していると断言し得る領域は、三河遠江全域の半分以下にまで縮小している。
それでも徳川が抵抗を続けていられる理由は大別して二つ。三方ヶ原のように、野戦で回復不能になるほどの損害を被る事態を徹底して避けているから。そして、『枝葉末節』を切り捨ててでも、根幹たる拠点を守り抜いて来たから…だ。
『根幹たる拠点』とは無論、浜松、吉田、岡崎…東海道の東端を防ぐ掛川も、見方によっては含まれていると言えるだろう。
だが、徳川家はその『根幹』を守っていれば良くても、各地に根を降ろしている国衆、地侍はそうはいかない。どれだけ軍役に応じても、いざ自分の所領を攻められた時に守ってくれないという事になれば、三つ葉葵に忠義立てする意味がない。
ゆえに、長篠城の重要性がどうであれ――長篠が武田の手に落ちれば三河遠江における武田の行動が一層活発になるだろう、という観測は泰勝も耳にしている――いつまでも後詰を引き延ばすという選択肢は、家康には無いのだ。
そこに訪れた織田の援軍三万は徳川にとって干天の慈雨、一刻も早く徳川本隊と轡を並べて長篠城救援に向かうべきではあるが…『大岡弥四郎謀反之一件』が落着した今もなお、後顧の憂いが断たれたとは言い難いのが現状だ。
「武田四郎(勝頼)が一手を差し向け…長篠に向かったお歴々の後背を遮断するのではないか、と…弾正忠殿はお考えに?」
「うむ、弥太郎…お主の申す通りであろうな。甲州勢は神出鬼没、長篠での戦が行き詰まっておる間に牛久保を落とされては一大事、ゆえに…手当て(守備兵の増強)をすべきであると仰せでのう。既に織田勢からお二方が割り当てられた。」
泰勝は奥歯を噛み締め、苦悶の声を押し殺した。
話の流れからして、徳川勢からも牛久保城の守りに一隊を充当する事になったのだろう。だが武田との一大決戦を前に、ただの留守番で終わる可能性が高い牛久保城の守備を志願する武将が家中にいるとは思えない。そこで、今川が貧乏籤を引く羽目になった…。
(無念じゃ…此度こそ功名を上げて身を立てる好機と思うておったに…。)
「そこで、じゃが。」
泰勝の胸中を知ってか知らずか、氏真は常と変わらぬ飄々とした口調で続けた。
「儂は兵の半数を率いて牛久保に残る。弥太郎、お主は残る半数を率い…このまま長篠へ向かうのじゃ。」
「長篠の戦いの直前、氏真は牛久保城に残った」「長篠の戦いで内藤昌秀の首を取ったのは朝比奈泰勝だった」。
これらの史実から話を展開して参ります。




