#156 決戦前に、ひと休み(中)
理解らせ…。
宗誾殿が帰宅した翌日、私は寝不足の頭を励ましながら、自室でダラダラと書類仕事に臨んでいた。
とそこに、軽快な足音と共にやって来た寝不足の原因…宗誾殿が顔を出す。
「紬と竜王丸の相手を終えて参った…いかがした、随分と眠そうじゃな。」
「昨夜、麒麟に乗る夢を見まして…縦横無尽に駆け回るものですから、しがみつくのがやっとでした。」
「左様か。お主ほど徳の高い女性を乗せて、麒麟も舞い上がってしまったのであろう。また乗ろうとは思わぬか?」
畳に胡坐をかき、挑戦的に笑う宗誾殿に、首を振って降参の意思を示す。
「人の身で麒麟を乗りこなそうと考えるのが浅はかにございました。しばらくは大人しくしていようかと…。」
「麒麟もそう思うておればよいがのう…さて、血生臭い話に移ってもよいかな?」
瞬時に空気が引き締まるのを肌で感じて居住まいを正す。
宗誾殿が懐から三河遠江一帯の地図を取り出し、広げるのを見て、御世論の駒が詰まった壺を差し出すと、宗誾殿は浅く頷いて駒を掴み取った。
「お主のお陰で岡崎は武田の魔手を逃れた…されど、足助城に続いて周辺諸城が自落…奥三河は甲州勢の手に落ちたと見て良かろう。」
奥三河の白い駒が軒並みひっくり返る様子に、私は悪態を吐きそうになるのをギリギリでこらえた。
「武田四郎(勝頼)は本隊を率いて、先月末に作手に入り…足助を落とした先鋒隊と合流した。然る後、西三河には向かわず…東三河の野田城、二連木城を攻め落とし…後詰に出て来た三河守(家康)様を追い返した後、吉田の城下を焼いた。そして今月一日、長篠城を囲み…あの手この手で攻め掛かっておる、という次第じゃな。」
宗誾殿の現状分析を聞き終えた私は、事前のイメージと実際の戦況との違いの大きさに頭を抱えたくなった。
騎馬隊の威力を過信した猪武者、武田勝頼が、準備万端待ち構えていた織田徳川連合軍に突っ込み、鉄炮三千挺の三段撃ちで壊滅する…私が『知っている』長篠の戦いは、その程度のイメージだった。
だが実際は、足助城攻略に始まり、家康が本隊と共に詰める吉田城まで攻め込まれるなど、徳川に不利な戦況が延々と続いている。築山殿を介して岡崎を乗っ取ろうとした計略といい、武田勝頼は猪武者ではなかったという事だ。
RPGで例えるなら、筋肉モリモリマッチョマンのボスと戦おうとして物理攻撃だけを警戒していたら、魔法攻撃を使ってきた、みたいな感覚だろうか。
…正直『大岡弥四郎謀反之一件』は、私が転生して半端に史実に介入した結果発生したイベントである可能性を今でも疑っている。信康殿がいずれ江戸幕府二代将軍、徳川秀忠になるのであれば、家康の命はおろか信康殿の立場も危うくなりかねないあんな事件が起こる訳がないからだ。
まあ、それはもう終わった事だからいいとして。
「武田四郎は、これからいかに動きましょう。そして三河守様は…。」
「うむ…武田四郎の狙いは十中八九、三河守様の軍勢に痛打を浴びせ…面目を失わせる事であろう。このまま長篠が落ちれば徳川の信用は地に墜ちる、三河守様もそれは承知の上なれど…やはり兵が足りぬ。このまま吉田城に籠り、長篠の落城を座視するか…それとも大敗を覚悟で長篠にて待ち構えておる甲州勢に攻め掛かるか…どちらを取っても三河守様に先は無い、と言いたい所じゃが。」
宗誾殿はニヤリと笑うと、味方を表す白い駒を西三河より更に西…尾張に複数置いた。
「織田弾正忠殿の加勢があるとなれば、話は別じゃ。この戦…勝てる。」
勝ったなガハハ、風呂入ってくる。
…これ負けフラグでしたっけ?




