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#137 蝮が産んだ美濃の蝶(後)

今回で濃姫との第一ラウンドは一応決着します。

「此度の事で一層意を強くしました。謀を返り討ちにする胆力、宗誾殿の放蕩(ほうとう)を支える財力、そして何より…北条と今川、両家より受け継がれし高貴なる振る舞い。貴女様が岐阜の奥向きに居を構えれば、信長(おっと)の、織田の威光はますます強まりましょう。」

「お褒めの言葉はかたじけのう存じますが…。」


 どう断ったものかと脳内で作戦を練っていると、鷺山殿は心なしか身を乗り出して食い下がって来た。


「無論、何の対価も無しにとは申しませぬ。天下(きんき)を掌中に収めた当家(おだ)にあって、手に入らぬ物を探す方が難しい…およそ人の望みで叶わぬ事もございますまい。信長(おっと)(ちょう)を得れば、現世(うつしよ)にあって極楽浄土も同然の暮らしを送れましょう。」


 要約すると、だ。

 信長のオンナになって気に入られれば、極上の勝ち組ライフが待ってるよ、と。

 ほーん、素敵な提案だこと。


「折角のお誘いではありますが…やはりお断り申し上げます。」


 曖昧に濁して話が大きくなっても困るので、ハッキリと辞退する。

 すると鷺山殿は、いよいよ苛立ちの色を(あら)わにし始めた。


「何が不服と仰せで?あのお方の正妻でない事が気に入らぬと?」

「そうではなく…(ひとえ)に、弾正忠殿(のぶなが)宗誾様(うじざね)ではないから、でございます。」


 探せば理由は幾らでも見付かる。

 信長みたいなどこに()る気スイッチがあるか分からない人間とお付き合いしたくない、とか。

 あと十年もしない内に急転直下、没落する事が分かっている家に再嫁してどうすんだ、とか。

 でも。

 信長が全ての人に平等に愛を注ぐスパダリイケメンだったとしても。

 私の知っている史実から離れて、織田信長が日本全国を統一したとしても。

 私は宗誾殿の妻であり続けたい。


「私は宗誾様と添い遂げる事を、天地神明に誓った身。例え二度(ふたたび)三度(みたび)零落し、生き地獄を彷徨(さまよ)う事になろうとも…宗誾様と生涯を共にしとう存じます。」


 宗誾殿以上に体の相性がいい男がいるとは思えないし…という点に関しては黙っておこう。


「もし…もし宗誾殿が心変わりを起こしたら?別の女子(おなご)に心を奪われる事が無いと、言い切れますか?」


 どこか悲壮感すら漂わせる鷺山殿の背景には心当たりがあった…が、そこをほじくり返す程悪趣味でもないので突っつく事はしない。


「その時は…いかがいたしましょうか。取り敢えず平手打ちを見舞って…それから考える事といたしましょう。」


 永遠の愛を無条件に信じられる程、子供じゃない。

 でも、少なくとも現在(いま)、私が夫に選ぶのは…この世でただ一人だけだ。




「『裏方』の者達は皆無傷にございました。部屋に通されて早々に菓子攻めにされて、身動きが取れなかったそうで…。」


 来訪時と同様、風のように浜松を出発し、尾張方面への帰路に就いた行列の中で、散花は輿の上の主、鷺山殿に報告していた。


「屋敷の主も、腕利きの忍びも無しで、『これ』とは…相模御料人は思った以上に『裏』の手管(てくだ)に通じている様子。三河遠江に散っている忍びに伝えなさい。相模御料人の手の者に手向かってはならない、進んで身を引くように、と。」

「承知。時に…相模御料人との談合、首尾はいかに?」


 ためらいがちに聞いた散花は、輿の中から聞こえて来た忍び笑いに目を丸くした。

 ここ数年間、鷺山殿の笑顔を見た覚えが無かったとなれば尚の事だった。


「ふふふ…平手打ち…それから考える、ですって。ふふふ…。」

「ご、御前様?」

「散花…わたくし、今日は一度も『石女(うまずめ)』と呼ばれなかったわ。」


 主の言葉に、散花は今日何度目かの衝撃を受けた。

 鷺山殿は織田信長が最初に迎えた妻であり、公式には正妻に他ならない。だが、二人は子宝に恵まれず…いつしか信長の寵愛も、家中の関心も、鷺山殿から離れていった。

 それでも鷺山殿が離縁出来なかったのは、信長の正妻という立場に未練があったから、だけではない。本来ならば離縁した後頼りになる筈の斎藤家(じっか)が、織田信長その人に滅ぼされてしまっているから、でもある。

 以来、鷺山殿は八方手を尽くして人を集め、諸国の動静を探り、美濃尾張に忍び込んだ他国の密偵を防ぎ…それはまるで、自分には信長の正妻たる資格があるのだと、懸命に叫んでいるように散花は感じていた。


「ねえ、散花…屋敷に戻ったら、相談に乗ってもらいたいの。一朝一夕で相模御料人のようにはなれないでしょうけれど…少し、自分の行く末を考えてみたいの。」

「…っ、はっはい…御前様のお望みとあらば、喜んで…っ。」


 散花は行列を乱す事の無いよう懸命に足を動かしながら、目元を乱暴に拭った。

 輿の中からはしばらくの間、心底愉快そうな忍び笑いが響いていた。

濃姫の存在感が強いのは斎藤道三が息子(義龍)に抹殺される頃までで、それ以降急に存在感が無くなります。

正確な没年すら分かりません。

恐らく、信長が新しく迎えた別の妻達が相次いで子供を出産する中で、相対的に存在感が低下していったのだと思われます。

拙作の濃姫がどんな結末を迎えるのかは、作者にもまだ分かりません。

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結:さて、織田家の方々。お待ちの間に菓子でも…先ずは外郎屋のアレ。 忍び1:甘ぁァァァい! ……… 散花:この牛車に乗った者は此方の出す食物を完食せねばならぬ…先ずは兵糧丸。 宗誾:不味…。 ……… …
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