表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/152

#136 蝮が産んだ美濃の蝶(中)

ねえどんな気持ち?

ねえねえどんな気持ち??

 客間に踏み入って来たのは汚れ仕事を兼任する鷺山殿の供回り…ではなく、我が家の警固を担当する侍や侍女達だった。侍は腰に差した刀の(つか)に手をかけ、侍女達はたすき掛けに薙刀と、完全に臨戦態勢に入っている。


「こ…これは一体!供回りはどこに…!」


 指笛を鳴らせば供回りが突入して、私を拘束する…という手筈だったのだろう。

 鷺山殿の付き人は当てが外れて狼狽するばかり…少し同情したくなるが、打ち手を一つ誤れば破滅するのはこっちだ。最後まで気を抜かずに行こう。


「当家もそれなりに場数を踏んで参りましたので…こういった(はかりごと)には些か心得がございます。供回りの皆様におかれましては、別室にてくつろいでいただいておりますゆえ、ご安心を。」


 この業界には幾つかの鉄則がある事を、私は寿桂様――沓谷衆の創設者に叩き込まれた。

 例えば、情報を得るには人材(ヒト)、時間、資金(カネ)のいずれか、或いは全てを必要とする事。

 得られた情報を結び付ける時は過度に楽観的になったり、悲観的になったりしてはならない事。

 他者を探る事に注力するのみならず、自身が探られている可能性を常に意識する事、等々…。

 今回重要だったのは、私と鷺山殿のどちらが相手の事をより深く知っているか。そして鷺山殿の『武器』は何か…その二点だった。そこを押さえておけば、鷺山殿がどんな無茶振りをしてこようと大抵の事には対処出来る。

 幸運にも、と言うべきか。織田家の非公式な諜報活動を差配しているのは鷺山殿である…という事実は、裏社会では公然の秘密だった。鷺山殿が直接指図出来る手駒のほぼ全員が――人材確保に制約があったのだろう――自宅の使用人と兼任である点も、動向の把握にプラスに働いた。

 あとは浜松に潜入した鷺山殿の密偵を誘導して、我が家の警備体制がザルであるかのように錯覚させて帰す。そして今日、鷺山殿に同行したメンバーから荒事専門の人間だけをひとまとめに軟禁すれば、『やはり暴力は全てを解決する』という相手の切り札を封印出来るという訳だ。

 どうして向こうの合図だった筈の指笛でこちらのメンバーが突入したのかは不明だが…百ちゃん不在でも『その道』に通じた人材は他にもいる。赤羽陽斎(あかばねようさい)殿あたりが聞き出したか、鷺山殿の策に見当をつけて待機していたか、どっちかだろう。

 遺恨を残したくないので、可能な限り刃傷(にんじょう)沙汰(ざた)は避けるよう言い含めてあるが…まあ、その辺は後で確かめるとしよう。

 まずは、一転して窮地に追い込まれながら、短刀を抜き放って鷺山殿の前に立ち、抵抗する気満々の付き人をどう落ち着かせるか、だ。


「く…御前様、申し開きのしようも無い…わたくしが血路を開きますゆえ、どうにか尾張までお戻りを…。」

「お待ちなさい。…早川殿。わたくしが浅はかにございました。米の売買については向後一切咎めませぬ。内密にお話ししたい儀がございますゆえ…人払いをお願いしたく。散花(ちるはな)、貴女もよ。」


 二転三転する状況の中、沈黙を貫いていた鷺山殿がようやくもっともな反応をしてくれた。

 情報戦で自分が負けた現実を受け入れ、言い掛かり同然だった先程の要求は取り下げる。その上で、別に話したい事があるので…『お互いに』武装解除した状態で話そう、という訳だ。

 …最初からそうして欲しかったなぁ。まあ時代が時代だからしょうがないんだけれども。

 私だって、鷺山殿の暴力(きりふだ)に暴力で対抗しようとしてたんだから偉そうな事は言えないし。

 ともあれ、鷺山殿の要請を受け入れて、臨戦態勢にあった皆を下がらせる。

 鷺山殿の付き人…散花さんも不承不承納刀し、未練がましく振り返りながら部屋を出て行った。


「重ねて非礼をお詫び申し上げます。あの者はわたくしが取り分け目をかけておりまして…平にご容赦を。」

「いいえ、散花殿…でしたか。久方振りにあの目を見ました。(あるじ)のために一命を(なげう)つ事も辞さない、忠義者(ちゅうぎもの)の目を…。」

「そう、ですか…早川殿も、人に恵まれておられるのですね。」


 鷺山殿が微笑んだ――ように見えたが、それも一瞬の事だった。


「単刀直入に申し上げます。今川宗誾殿と離縁し…我が夫の妻となる積もりはございませんか?」


 んー…成程成程。

 いや、これは流石に予想外だわ。

素晴らしい提案をしよう…お前も(信長の)女にならないか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
下忍1:ここは…?どこだ?この女は一体…? ??:頭を下げて蹲え。 下忍2:ハッ。 ??:平伏せよ。 下忍1:帰蝶様だ…帰蝶様のお声…分からなかった! 下忍3:申し訳ございませぬ!お姿も気配も異なって…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ