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#130 功名餓鬼、二人(後)

氏真'sブートキャンプ、これにて修了!

 忠政殿と二人がかりで挑んだにもかかわらず、虎松殿は忠勝殿から一本取る事が出来なかった。ところが宗誾殿は、これで『修行』はおしまいだと言う。

 案の定と言うべきか、虎松殿は信じられないといった表情で宗誾殿の顔を見つめた。


「…宗誾殿。もしも拙者が若輩であるがゆえに手心を加えておいでなのであれば…無用の気遣いにござる。斯様な無様を晒しながら指南は終わり、などと…得心が参りませぬ。」

「無様…?はて、何処に無様な振る舞いがあったと申される。平八郎殿は如何に?」


 宗誾殿がわざとらしく話を振ると、忠勝殿は重々しく頷いた。


「この平八郎、久方ぶりに肝を冷やし申した…又一殿と虎松殿に企みのある事までは見通してござったが…まさか又一殿が槍を捨て、進んで虎松殿の捨石にならんとするとは。拙者も槍を手放し、勝ちを拾ったものの…真の戦場であれば、見苦しい事この上無い有様。元服も済んでおらぬ(わっぱ)に追い詰められるようでは、拙者もまだまだ精進が足りませぬ。」


 どちらかと言えば無口な忠勝殿に、遠回しに褒められて頬を紅潮させた虎松殿は、慌てて首を横に振った。


「へ、平八郎殿のお言葉は誠に有難く。されど負けは負けにございますれば…。」

「ふうむ…儂はこう申した筈じゃがのう。『平八郎殿との立ち合いに勝てば、ご両人を一廉(ひとかど)武士(もののふ)と認める』と…。」

「は…確かにそう仰せられたかと。」


 虎松殿は宗誾殿が仕掛けた言葉遊びに気付かず、怪訝な様子だ。

 又一殿は…あれは『どっち』だ?

 又一殿も分かっていないのか?分かっていて、虎松殿が気付いていない事を不思議に思っているのか?

 ど、どっちなんだ…。


「詰まる所…『立ち合いに負ければご両人を一廉の武士とは認めない』とは申しておらぬ、という訳じゃな。」

「…っそれは…ッしかし…!」


 素直に喜んで受け入れればいいのに、虎松殿は葛藤しているようだった。

 まあ、勝利か死か、くらいの覚悟で臨んだ立ち合いの結果が『頑張ったで賞』で、副賞に『成人武士免許証』が付いて来ると聞かされれば、プライドの高い虎松殿は易々とは受け取れないだろう。そのプライドがあればこそ、この一年で大きく成長出来た訳だが。


「虎松殿…ここは宗誾殿の厚意に甘えなされ。」


 普段の落ち着きの無さが噓のように、冷静な声色で忠政殿が言った。


「お主が成すべき大事は何じゃ?武の本多に立ち合いで勝つ事か?一廉の武士になる事か?」

「…否。泥水をすすり、石に齧りついてでも…井伊の家名を盛り立てるより他には無し。拙者の武が平八郎殿より優れたるか否かなど…些事!」


 虎松殿は吹っ切れた様子で一喝すると、胡坐(あぐら)をかいたまま体の向きを変え、忠政殿と忠勝殿に向き直った。


「又一殿、御礼申し上げる。危うく袋小路に迷い込む所であった…ここはひとまず宗誾殿の厚情に(あずか)り、一廉の武士として御屋形様(徳川家康)の目に留まるべく、一心不乱に務めるが肝要。そして平八郎殿、流石の腕前…されどいつか、用兵にても、槍捌きにても御身を上回り…徳川随一の猛将の座、もらい受けまする。」


 元服も済ませていない青二才の大言壮語に、忠勝殿はフン、と鼻を鳴らした。

 その口元には笑みが浮かんでいる。


「その意気や良し。されど拙者も『武の本多』と呼ばれるからには、日々の鍛錬に抜かり無し。果たして追い付けるものか…。」

「必ずや!必ずや追い付いて…いや、追い越して見せまする!」


 偉大な功績を残した父親に対抗心を燃やす子供、みたいな掛け合いを微笑ましく見守っていると、宗誾殿の横顔が目に入った。

 嬉しそうに三人のやり取りを見守るその横顔に一筋、光るものが流れ落ちたような気がした。

井伊直政の出自が従来思われていたより複雑らしい、というお話は以前させていただいたのですが、いずれにしても没落した家名を背負って馬上一騎から始めた青年が、どうして家康の目に留まり、大出世出来たのか…。

男色うんぬんは家康の人事力と直政の実力にケチを付ける事になるので除外すると、やはり元服前から相当な教育を受けていたのだと思います。

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― 新着の感想 ―
竜王丸:又一と虎松が一人前と認められた!?ならばわしも! 宗誾:『深紅の王』 竜王丸:無駄無駄無駄ァァァ!『黄金体験』! 宗誾:『深紅の王』 竜王丸:駄目だ…時間でも吹き飛ばされたみたいに攻撃が届かぬ…
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