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#011 友野宗善、表裏比興(中)

友野宗善と友野次郎兵衛については、同一人物かどうかよく分からなかったので、拙作では『次郎兵衛』を友野屋当主が代々用いる名跡、『宗善』はその内の一人が息子に名跡を譲った後に名乗った通名として扱っています。

「それが短慮と言うておる!…この父の目が届く所で、好きに商いが出来ると思うな!分かったか⁉」


 穴山信君と葛山氏元が酒宴を楽しんだ翌日、野暮用で友野屋の屋敷を訪れた御手洗屋(みたらいや)の当主、(だん)五左衛門(ござえもん)――団子左衛門ではない、団、五左衛門である――は、客間で怒鳴り声を聞いた。

 団五左衛門が正座したまま唇をへの字に曲げていると、声の主…友野屋当主、宗善がいささか荒い足運びで入室し、対面で正座した。


「五左衛門殿、よくぞお越しくださった。どうぞ足を崩してくつろいでくだされ。…いやはやお恥ずかしい、(せがれ)がまたしくじりましてな。」

「わしも小耳にはさみ申した。武田の足軽を買収して関所を破り、北条勢に武具を売る積もりだったとか…大事(おおごと)にならず、ようございましたな。」


 五左衛門が胡坐(あぐら)をかくと、同様に足を組み直した宗善が頭痛をこらえるように額を抑えた。


「倅は…次郎兵衛(じろうひょうえ)は才気煥発、胆力に富んだ良き若衆にございますが…いささか向こう見ずというか、後先考えぬ(ふし)がございましてな。」

「それはそれは…しかし此度の事、武田や宗善殿の目が届く内でようございましたな。これがもし、我らの目の届かぬ所であれば…。」


 そこで言葉を切った五左衛門は、宗善と無言で笑みを交わした。


「左様、次郎兵衛(あれ)がそんな悪知恵をつけなければ良いのじゃが…。」


 言葉面(ことばづら)とは裏腹に、宗善の口調には未熟な息子への期待がこもっていた。




 かつて次郎兵衛を名乗っていた豪商、友野宗善が、何か途轍もない事を企んでいる。それに五左衛門が気付いたのは今年の正月、自身が筆頭を務める『茶店一揆(この場合の一揆は同盟、グループ程度の意味)』で飲み食いした武田の将兵の代金が、全額銅銭、それも一括で振り込まれた時の事だった。

 問題の発端は二年前の武田勢の駿府占領以降、商業において様々な混乱が発生した事にある。

 宗善が町人の代表として多額の矢銭(略奪行為を免除してもらうための身代金)を献上したため、駿府は武田の雑兵足軽による無軌道な略奪を免れたのだが、進駐して来た武田武士と町人との間で、幾つかのトラブルが発生した。その最たる例が、駿府での売買に際して、甲斐国で通貨として流通していた甲州金を、武田武士が使用した事だった。

 甲州金は粒状で大きさにバラつきがあるため、実際の商取引の後、ある程度まとまった量を両替商で銅銭に替える必要がある。この際、受け取った甲州金の価値が、実際の代金を下回る事例が頻発したのだ。

 しかし相手は意気盛んな武田武士、迂闊に歯向かえば何をされるか分からない…そんな諦観に駿府の商人達が支配される中、宗善は穴山信君との直談判の後、こう宣言したのだ。


「各々方、ご安心めされよ。今年よりは売った分の銭が、翌年の正月にきっちり払い込まれる。その代わり…今後は甲州勢の支払いは指定の手形で済ませるよう、心得ていただきたく。」


 かくして、駿河に入る武田武士には武田家公認の「四菱手形(よつびしてがた)」が配布され、駿河での商取引で日常的に活用されるようになった。

 馬上一騎の侍までも、万石取りの領主であるかのように飲み食い、服飾品を買い漁る様子に、商人達は不安を感じていたが、それも実際に代金が振り込まれた事で払拭された。…五左衛門を始めとした、一部の商人を除いて。


「あんな手形(かみきれ)一枚で分不相応な売買が出来るなど…どんな手妻(てづま=手品)を使ったというのか。」


 友野屋の取引情報を探った結果分かったのは、宗善が幾つかの起請文(けいやくしょ)を武田家と交わしており、それが駿河における武田武士の消費行動を担保している事。そして、それが無期限でも無制限でもないという事だった。

 構造の中核を成す起請文は、甲州金と銅銭の両替の手間を省くために、駿河国内でのみ通用する四菱手形を発行し、駿河に入る武田武士に交付するというもの。その両替の交換比率(レート)は別紙で定める――と記されていたが、問題はその「別紙」にあった。

 「別紙」の大半は四菱手形の書式や甲州金の品質に応じた両替についての取り決めで占められていたが、肝心なのは末尾の二項目だった。


「一つ、四菱手形の所有者は毎年正月の末日までに、前年に手形を用いて済ませた全ての商取引について相手方と清算を済ませる事。」

「一つ、前項の取り決めが守られない場合、手形の所有者が抱える掛金(ツケ)については明王屋が引き取り、借銭(借金)とする。」


 明王屋――友野屋の傘下に存在する、東海道随一と言っても過言ではない金融業者である。

詳細は次回に続きますが、武田信玄が家臣への報奨に甲州金を使っていた=甲斐国内では銅銭より甲州金を介した商取引が一般的だった、という推論の上に、プロが見たらバツか三角を付けるであろう金融論をぶち上げています。

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