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#109 因縁の地でコンニチワ(後)

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>ハイ イイエ

「申~し訳ございませぬ!今川上総介殿に数々の非礼、謹んでお詫び申し上げる!何卒、平にご容赦を~…!」


 私と五郎殿に向けられた四つの頭頂部を前に、どういう状況?と私はひたすら困惑していた。

 甲板にいるのは水夫の皆さんと、私と五郎殿。そしてさっき乗り込んで来た若武者、小栗又一殿とその郎党四名である。

 又一殿は白目をむいてひっくり返り、五郎殿と小栗党の面々は彼を挟んで向かい合っている。五郎殿は立ったまま、又一殿の郎党は全員土下座中だ。

 水夫の皆さんはさっきまでの騒動――持槍で武装した又一殿を五郎殿が格闘戦(インファイト)で返り討ちにした――をはやし立てていたが、それが一段落したと見るや、それぞれの作業に戻っている。


「いやいや、ちょうど船旅で体がなまっておったゆえ、渡りに船でござった。さて、それで…この勇猛果敢な若武者は、一体なにゆえ儂に死合を挑んで参られたのか?」


 五郎殿の口調は穏やかで、一見又一殿の武勇を讃えているようだ、が…実質『こんなガキ、素手でシバけるわ』『ショボい理由でケンカ吹っ掛けて来たんならただじゃおかねえ』と言っているに等しい。

 まあ、こっちの言い分もろくに聞かないで槍の穂先を向けて来たのは向こうだから、その辺ハッキリさせてもらわないと困るのだが。


「ははっ、上総介殿の申される事は一々もっともで…ここにおわすは徳川三河守様の馬廻(うままわり)が一角、小栗又一殿にございます。我ら小栗党は又一殿の父君を旗頭に武功を重ね、家中でも一目置かれる一味と相成りました。」


 さすがに頭を下げたままでは話しづらかったのか、恐る恐る上半身を起こしながら又一殿の郎党――小栗党の中でも最年長らしき人物が語り始めた。


「その甲斐あって父君…仁右衛門殿は検地を始めとした(まつりごと)に重用され、小栗党の頭領は嫡男の又一殿が引き継いだ次第。又一殿は父君に劣らぬ武の持ち主にして、家中でも五本の指に入る勇の持ち主。数々の戦で一番槍の功名を立てたために、三河守様より『又もや一番槍』の意を込めて『又一』の仮名(けみょう)を賜った程にございます。」

「成程、口先ばかりの青二才には程遠い…されどその武働き、十分に報われているとは思えぬな。」


 五郎殿が相変わらず愉快そうに言うと、小栗党の侍は一瞬言葉に詰まってから頷いた。


「仰せの通りで…功を焦るあまり抜け駆け陣替えは当たり前、大殿(家康)の指図をろくに聞こうともせず、ただ鑓働きに執心されておられますゆえ…家中での評判も芳しくなく…。」

「然り。南蛮人を相手に一番槍を果たせば、皆の見る目も変わると踏んで漕ぎ寄せたのじゃが…。」


 話に割り込んで来たのは誰あろう、気絶状態から立ち直った又一殿だった。


「改めて、小栗又一にござる。ご一同を南蛮人と早合点し、打ちかかった非礼、お詫び申し上げる…時に、父が掛川で功を成したと聞いておりますが…。」


 正座になり、神妙な態度で切り出した又一殿に対して、私は僅かに焦りを覚えた。

 戦国武将は日常的に騙し合いを繰り広げる一方で、友軍だろうが怨敵だろうが戦場で目覚ましい活躍を見せた武将を称賛する、という慣習を持っている。つまり…又一殿の言っている事が真実なら、掛川城攻防戦で総大将を務めた五郎殿が小栗党を認識していないと、無礼を働く事になりかねないのだ。


「ふむ、成程…儂は(じか)に仁右衛門殿と太刀打ちに及んだ事は無いが…別の守り口で比類なき働きを見せた一団があったとは聞いておる。あるいはあれが小栗党であったやも知れぬな。」


 五郎殿は真面目くさった顔で言うが…どこまで本当かは私には分からない。

 適当に話を合わせているだけ、という可能性もあるが…。


「おお、やはり…上総介殿の耳に留まったと聞けば父も喜びましょう。この又一、武功をもって父より受け継いだ小栗の家名を盛り立て、殿に忠節を尽くすを本分と心得ておりまする。どうぞこれよりはご指南の程、よろしくお願い申し上げまする。」


 ここまで又一殿が感動しているとなると、五郎殿が根も葉も無い出任せを言っているとは考えにくい。

 ん?というか、今…。


「お話の途中、失礼いたします。上総介殿の妻、結と申します。又一殿、これよりは、とは一体…?」

「む?北条左京大夫(氏政)殿の下で逼塞しておられる筈の上総介殿がここにおられるという事は…我らが主、徳川を頼って参られたという事では?」


 どうしよう、ただの一番槍ジャンキーかと思ったら結構頭が回る…もしくは勘が鋭い人なのかも知れない。


「ほほほ、ご名答。では又一殿、我らの小早を浜まで先導し、三河守殿に取り次いでいただきたい。」

「委細承知!皆の者、上総介殿ご一行と積荷を()せて浜に戻るぞ!」


 …いつの間にか又一殿が私達を陸地まで運び、家康と面会する手筈を整えてくれる事になっている。


「面白き武士(もののふ)よ。万石取りの大身にはなれぬやも知れぬが…家中には欠くべからざる逸材であろう。…三河守殿は果報者よな。」


 忙しく動き回る又一殿を見ながらそう言う五郎殿は、やはり愉快そうで…それでいて、どこか寂しそうでもあった。

バカだバカだと思っていたキャラクターが、意外と地頭が良かったり直感で正解を選び取ったりする展開…お好きな方がいらっしゃれば幸いです。

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又一:死ねぇぇい! ゴロー:……『深紅之王』!! 結:!? ゴロー:『深紅之王』の能力の中では この世の時間は消し飛び・・・・・ そして全ての人間はこの時間の中で 動いた足あとを覚えていないッ! 『空…
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