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#104 さらば、仮初の楽園よ(中)

関所の番兵の心の声:また来たよ、早川郷の穀潰しが…三島大社に行きたいって、御屋形様にキツく止められてるのに通せるワケねーだろ。役目も無いからって気楽なモンだ…あー誰かお偉いさんが偶然通りかかったりしねーかな…お?

 『たまたま』相模の国境付近で鷹狩に興じていた氏規兄さんが、『うっかり』愛用の鷹を関所方面に飛ばしてしまい、その鷹が『偶然』私の輿に止まった事から、氏規兄さんは私達と関所の番兵との仲裁に入った。


「成程、三島詣でをお望みで…されど兄上の許しが無い、というのはやはり…ともあれ、ここで押し問答を続けるのも無益。ひとまず韮山まで同道いただきたい。」


 氏規兄さんの裁定に番兵達はあからさまにホッとしている。お役目無しの御一家衆待遇とか、百パーセント上役でもないが雑に追い返すのも憚られる五郎殿が相手だったのだ、どう対処すべきか苦慮していたのだろう。

 ともあれ、氏規兄さんは連れて来た兵の半分を鷹狩の撤収作業に残し、もう半分を私達の護送に回して、韮山城まで先導してくれた。

 二転三転する状況に、子供達は明らかに動揺している様子だったが、貞春様はどっしりと構えて二人を落ち着かせてくれた。本当に、いつもお世話になりっぱなしである。

 そんなこんなで無事(?)国境の関所を通過した私達は、三島大社を横目に伊豆半島を南下、韮山城に入城した。


(既に陽が西に大きく傾いている、今日中に下田まで着くのは無理か…?)


 今後の日程に思いを馳せていると、氏規兄さんから自室まで来て欲しいという要請があったため、私と五郎殿のみ向かい、他の皆は屋根の下で休んでもらう。

 目的地に着くと、氏規兄さんは書状に花押を書き入れていた。


「…長旅でお疲れの所、お呼び立てして申し訳ござらぬ。たった今、小田原に送る文を書き上げ申した。どうぞお目通しを。」


 兄さんが差し出した書状に、まず五郎殿が、続いて私が目を通す。…氏政兄さん宛ての報告だ。

 五郎殿が三島詣でをしたいと国境の関所でごねていたので、やむを得ず韮山城に連れ帰った。三島大社に行かないよう引き留めておくので、指示を出して欲しい…そんな事が書いてある。


「して…上総介殿の目当ては三島大社に相違ございませんな?」


 絶対わざとだろ、順番が逆だ。

 五郎殿も氏規兄さんの意図を察したのか、穏やかながら真剣な目付きで返答する。


「気が変わり申した…助五郎殿が下田に抱えておられる、大和黒船(やまとのくろふね)を拝見したく。」

「成程、そういう次第であれば是非も無い。明朝案内いたしましょう。」


 あっさり承諾した氏規兄さんに、五郎殿はズッコケ…たりはしなかったが、明らかに肩透かしを食らった様子だった。

 氏規兄さんは何の問題も無い、と言わんばかりの自然体で、小姓に書状を渡す。


「お主、これを小田原の御屋形様に届けて参れ。早馬でな。」

「ん、んん…助五郎殿、よろしいのか。その文には下田の『し』の字も無いようにお見受けするが。」

「三島大社に行かないよう引き留めておく、と(したた)めておきましたゆえ…虚言(そらごと)は申しておりませぬ。」


 二人の会話の意味がよく分からない、といった様子で小姓が退出するのを見送ってから、氏規兄さんがおもむろに口を開いた。


「無論…大和黒船をお見せするだけにござる。ちょうど明日、一月(ひとつき)に渡って海を渡る調練のため船出する事になっておりますが…乗せろと言われても承服いたしかねまするな。」


 それはもう、遠洋航海の準備は整っているから、後は私達が乗船するだけ…と言っているに等しいのではなかろうか。

 五郎殿も氏規兄さんの言葉のウラを読んだのか、苦笑いしていた。


「左様か…では、明日は口に気を付けるとしよう。」

「然り…拙者の気が変わるやも知れませぬゆえ。一同今宵は早くお休みを。」




 翌日。

 私達今川家一行は下田にいた。

 港には『大和黒船』…疾風(はやて)号が停泊している。


「ほほう、これが…見事なものにござるな。どうであろう、助五郎殿。この船は沖に出て、半月ばかり洋上を巡った後戻るのみ、とか…我らも乗せていただく訳には――」

「そこまで仰せならば致し方無い…供回りまでは手が回りかねまするが、十人ほどであれば乗れましょう。」


 そこまでも何も、下心が見え見えのおねだりをしただけなのだが。

 そんな無粋なツッコミは勿論しないまま、私は五郎殿と誰を疾風号に乗船させるかの相談を始めた。

 歴史の中心、戦乱の坩堝(るつぼ)から遠く離れた安住の地…小田原、早川郷に別れを告げる時が、刻一刻と迫っている。

氏規がここまで便宜を図ってくれるのは、結に甘いという理由もありますが、今川が浜松に移った方が後々北条家のためになるという打算もあります。

その打算自体、今川家への肩入れを正当化する言い訳みたいなものですが。

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