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#103 さらば、仮初の楽園よ(前)

想定される行程:小田原→箱根→韮山→下田→浜松

追加報酬条件:北条家に所属する将兵を殺傷しない

 翌朝。

 私達は『五郎殿の急な思い付きで』急遽一家総出で出掛ける事になり、朝食を摂ってから馬と輿に分乗して出発した。

 荷物持ちも警固の侍もろくにいない、まさに「ちょっとそこまで」みたいな規模の行列だったが、正々堂々、のんびりと進んでいたためあっという間に巡回の北条兵に見付かり、行き先を尋ねられた。


「おお、お務め大儀にござる。大聖寺(うじやす)殿の三回忌法要が近いのでな、子らに早雲寺までの道程(みちのり)を慣れさせておこうと思い立った次第…最前のごとく数日で戻るゆえ心配ご無用と、左京大夫殿にはお伝えくだされ。」


 スラスラと出鱈目を並べ立てる五郎殿を疑う事もせず、北条兵は巡回に戻っていく。

 その様子を見て、私は五郎殿の深謀遠慮を悟った。今川が北条の戦からハブられて以来、五郎殿が相模国内をあちこち旅行していたのは、こういう時のための布石だったのだ。

 五郎殿がある日突然家族を連れて早川郷を出れば、最初は北条の上層部も警戒する。だがその目的がただの家族旅行で、行き先は常に相模国内、しかも必ず帰って来るというパターンが二度三度と続けば、警戒心も緩む。五郎殿はそれを狙っていたのだ。

 ともあれ、昼までじっくり時間をかけて箱根湯本に到着。紬と竜王丸を連れて早雲寺に挨拶をして、近くの宿で一泊して…翌朝からが本番だ。

 またも五郎殿が『気まぐれ』を起こし、伊豆国にある三島大社に参詣したいと言い出して、進路を西に変更する。

 この旅行の本当の目的を知らない紬やお供の面々は困惑こそすれど、深刻には捉えていないようだ。…まあ五郎殿ってちょくちょく美的センスや直感で行動する所があるもんね。

 それに、前回も同じ名目で国境の関所を越えようとして門前払いされたという経験がある以上、今回もどうせそうなるだろうと高を括っているようだ。

 確かに、普通に考えればそうなる。だが今回ばかりは、そうなってもらっては困るのだ。




 かくして私達は、おおよそ昼前に伊豆との国境に到着した…までは良かったのだが。

 まずい。

 関所にいるのは番兵だけで、氏規兄さんもその配下も姿が見えない。


「上総介殿?これはご無沙汰にて…されど何用で?まさかまた三島大社詣でのために、ここを通せと仰せで?」

「いやいや…実はまさにそれでござる。」

「御屋形様の免状はお持ちで?」

「いや、無い…されど何故そこまで頑なに拒まれる。儂が三島詣でをして、お家に何の不都合があろう。」

「それはそれがしどもの考える所ではございませぬ。どうかお戻りを。」


 輿の中から番兵の頑なな態度を見ていた私は、背中を冷たい汗が伝うのを感じた。

 氏政兄さんの締め付けが厳しくなる前に早川郷を脱出する…スピード感が何より求められるこの計画において、余計なタイムロスは向こうに対応する時間を与える事に他ならない。

 だからといって五郎殿の武力に任せて関所を強行突破すれば、北条との関係決裂は免れないだろう。出来ればそれはしたくない、というのが五郎殿と私の共通認識なのだ。

 …まさか本当に氏規兄さんには伝わっていないのだろうか?普段あれだけ『潮風のお告げ』を有効利用しているにもかかわらず、このタイミングで?

 私が皆に迷惑をかけるだけならまだいい、いくらでも頭を下げよう。

 だがこの脱出計画には今川家の命運がかかっている。気が付きませんでした、じゃ済まされないのだ。


「こうなったら私だけ先に韮山城に行って、兄さんをとっ捕まえてこようかしら…。」


 物騒なプランBを口にした直後――大きな羽音が近づいたと思うや否や、輿の天井がとん、という音と共に揺れた。


「え?」

「御前様、そのまま!輿の屋根に鷹が止まってございます…!」


 輿の外から供回りの一人が声を掛けるのと、複数の馬蹄の響きが接近してくるのはほぼ同時だった。…関所の向こう側から。


「御免!韮山城主、北条助五郎である!鷹がこちらへ飛んでは参らなんだか⁉」

「…ま…間に合ったぁ…。」


 懐かしい声を耳にして、私はこっそりと安堵のため息を吐いたのだった。

騎兵隊の到着だ!

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― 新着の感想 ―
ゴロー:そうだ、早雲寺へ行こう。 結:五郎様の仰せです。皆直ぐに支度を。 ………… 番兵:待たれよ。免状はお持ちか? ゴロー:そんな物はない。イヤーッ! 番兵:グワーッ! ゴロー:峰打ちじゃ。死にはす…
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