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#102 楽園脱出計画(後)

早川殿の大論陣、開幕。

※本家本元がレベル1000だとしたらこちらはレベル10くらいです。

韮山(にらやま)の兄…助五郎殿を頼りましょう。」


 私の提言を聞いた会議の参加者達は、一斉に怪訝な顔付きになった。


「結…なにゆえ箱根路(はこねじ)を逸れて韮山を頼るのじゃ?」

義姉上(あねうえ)…助五郎殿は昔こそ兄上と兄弟同然の間柄にございましたが、今や左京大夫殿の右腕も同じ、左様なお方を頼るのは…。」

「奥方様、助五郎殿に何をお望みで?まさか北条と武田の関所破りに加勢させよう、などとお考えでは?」

「御前様、そもそも韮山は伊豆…相模の国境(くにざかい)を越えねば辿り着きようが…。」


 う、うおお…五郎殿、貞春様、陽斎殿、トドメに百ちゃんからツッコミをもらってしまった。

 仕方ない、若干運頼みの要素もあるが…それなりに考えての提案であることを証明して、納得してもらわなくては。


「順を追って説明いたします。これは助五郎殿から内々に聞かされた事なのですが…助五郎殿は下田に『大和黒船(やまとのくろふね)』を抱えておいでです。」

「大和黒船…?」

「南蛮人の黒船を日本人(ひのもとびと)に合わせて造り直した、日の本唯一の大船にございます。大勢の人数を乗せて、何十日にも渡って大海を渡る…交易を(むね)とした船。下田からこれに乗り、北西に真っ直ぐ進めば…駿河の海賊など気にするに値しませぬ。」

「成程、船の持つ力は申し分無い…。」

「されど義姉上、左様に大事な船を易々とお貸しくださるでしょうか…?」


 五郎殿が一応納得すると、今度は貞春様が疑問を呈した。


「実は私…駿河にお住まいの頃より助五郎殿には諸々の『貸し』がございます。その辺りを思い起こしていただければ、『快く』船を貸してくださるかと…。」


 まあその『貸し』のほとんどは精算済みだが、それは内緒で悪女っぽく笑って見せる。


「それでもなお、助五郎殿が船を渋られたら何とされる。漕ぎ手も、水も、食料も…先方が用立てなければ我らには如何ともし難い事ばかりにございましょう。」


 感心した様子で頷く貞春様に代わって、陽斎殿がいつにも増して真剣な表情で問いただして来る。


「いいえ、助五郎殿は必ずや大和黒船を万全の体で調(ととの)えてくださいます。」

「その心は?」

「そもそも何故助五郎殿は大和黒船を造ったか。今日この時を見越しての事にございます。名実共に北条の当主となった氏政(あに)の治世では、我が夫の逼塞は必定…いずれ他国に身を寄せる日が訪れると踏めばこそ、常の船軍(ふないくさ)では役に立たぬ大和黒船を造ったに相違ございません。ゆえに…我らが頼めば助五郎殿は必ずや船を貸してくださいましょう。」


 まだ納得は出来ない、という表情のまま陽斎殿は押し黙る。私の主観を崩す材料が無いため、反論のしようがないのだろう。…まあ私も氏規兄さんの未来予知を前提に推理した結果だが。

 こうなると知ってたなら、兄さんももっと具体的に…無理か、『潮風のお告げ』とやらは基本不親切なのだ。


「されど御前様、相模の国境を越えない限り下田はおろか韮山にも…。」


 百ちゃんが痛い、痛すぎるポイントを指摘する。

 確かに、私と子供達なら関所を通過して韮山まで行けるだろう。出国制限が課されているのは五郎殿だけなのだから。

 だがそれでは意味が無い、全く無い。


「百、思い出して…助五郎殿の言動に、妙に(タイミング)の良い所がある、と…そう思った事は無いかしら?」


 記憶力バツグンの百ちゃんにそう問いかけると、しばらく考え込んだ後ハッとする。


「実は…私と助五郎殿の間には、幼少の頃から不可思議な繋がり…のようなものがございます。」


 百パーセント真実ではないが、まあ嘘ではない。

 氏規兄さんは『潮風のお告げ』で限定的な未来予知が出来、私は前世から引き継いだ曖昧な未来知識を持っていた。それらを共通項に、他の兄弟より気安く話せる間柄になったというだけの事だ。

 今肝心なのは…。


「つまり…私がこうして韮山に向かうと腹を決めた事自体、助五郎殿は既にご存知の筈です。明日であれ明後日であれ、私達が伊豆との国境に立てば…そこには助五郎殿がいる。必ずや韮山に、下田に辿り着けましょう。」


 …お願いだから氏規兄さんにはマジで間に合って欲しい。

 これで国境に行っても関所の番兵しかいませんでした、じゃ皆に向ける顔が無いわ…。




「時節到来、か。」


 伊豆国、韮山城の一室にて。

 窓際の文机に向かい、吹き込む夜風に耳を澄ませていた氏規はポツリと呟くと、一通の書状を一息に書き上げ、よく通る声で部下を呼んだ。


「ははっ、御前(おんまえ)に。」

「これを下田の奉行所へ届けよ。それと…鷹狩(たかがり)の支度は整っておるか。」

「ははっ、殿の御意のままに…相模との国境にて鷹狩を執り行う支度は整ってございます。されど…なにゆえ今、国境にて?」


 戸惑いを含んだ配下の声を半ば無視(スルー)するように、氏規は窓の向こうの夜空を見上げた。


「天啓を授かった、ただそれだけの事よ。」


 はぐらかすような物言いとは裏腹に、その目は鋭い輝きを帯びていた。

次回、脱出計画始動。

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― 新着の感想 ―
結:五郎様。あれが関所です。韮山までに五つの関所を通らねばなりません。 ……… 番兵:待たれよ。ここを通るには手形が必要。手形はお持ちか? ゴロー:そんな物はない。イヤーッ! 番兵:グワーッ! ×5 …
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