#100 決断の時(後)
祝、100話到達!
記念として本編と同時に短編を投稿予定です。
ここまで続けて来られたのも、読者の皆様のお陰です。
今後とも拙作をよろしくお願いいたします。
短編へのリンクを以下に表示します。
https://ncode.syosetu.com/n3694kz/
五郎殿と一緒に浜松…徳川家康のお膝元へ移住するか。
浜松を目指す五郎殿と別れて早川郷に残るか。
二者択一を迫られた私は…迷った。
五郎殿を始めとした戦国武将達は、総じて勇敢で決断力に優れている。どんな危険が待ち構えていようとも、大切なもののために命すら惜しまず飛び込んでいく…そんな生まれながらの英傑達。
私は違う。
根っから、前世から、転生しても、上流階級の振る舞いを身に着けても、本質は変わらない。立派な目標も向上心も無い、凡人だ。
だから…どうしても怖い。選ぶ事が。
五郎殿と一緒に浜松へ向かうのは、色々な意味で茨の道だ。
そもそも五郎殿には出国制限がかけられているのだから、相模国から出た途端に氏政兄さんの追手がかかるだろう。捕まっても処罰される事はまず無いが、今以上に行動が制限されるのは目に見えている。
仮に北条の領国を脱出しても、その先が問題だ。日本海側から大回りでもしない限り武田の領国――最短でも駿河――を通過する必要がある。
武田の兵に捕まったら、五郎殿は勿論の事、一族郎党どんな目に遭わされるか考えるのも恐ろしい。
そして、これらの困難を乗り越えて浜松に無事到着したとしても…そこには生活基盤が無い。
遠江国は元々今川の領国だったから、伝手が全く無いという訳では無いが…浜松は小田原に比べて歴史が浅いし経済規模も小さい。
私は我慢出来ても、子供達の日常生活にこれまでのような余裕が失われるとなれば…二の足を踏まざるを得ない。
五郎殿や竜王丸と別れ、早川郷に留まる…こちらは整備された街道を歩くようなもので、危険からは程遠い。
早川郷は小田原の中心部から少し離れているが、田舎という程ではない。中心部に行くにも不自由しないし、この数年間で領民との信頼関係も相応に育んで来られたと自負している。
紬を養育しながら、平穏無事な毎日を送る事が出来るだろう。…豊臣秀吉の北条征伐が始まるまでというタイムリミット付きだが。
それ以前の不安要素としては、現当主(五郎殿)と跡継ぎ(竜王丸)が不在となる事で、我が家の内情に氏政兄さんが介入して来る可能性が挙げられる。
具体的には、私がウン歳年下の誰それと再婚させられるとか、紬の結婚相手を勝手に決められるとか、早川郷の所領を没収されて小田原城内で暮らすよう命じられるとか…その辺である。
安全だが自由は無い、だろう…多分。
早川郷での安全な暮らしを捨てて、新天地を目指す危険な旅に付き合うか。
五郎殿や竜王丸と生き別れて、引き続き早川郷で平穏な日々を送るか。
二つに一つ。…本当にそうだろうか?
早川郷に残る道を選んだとしよう。運命とか歴史の流れとかが全て私に味方して、北条征伐も再婚も領地替えも無く死ぬまで安穏と暮らせたとしよう。
だがそこには――五郎殿がいない。私がこの時代に転生して巡り合った世界最高の夫がいない。
竜王丸がいない。私がお腹を痛めて産んだ、私と五郎殿の血を継いだ息子がいない。
それって…本当に幸せなの?
「お待たせしました。どうか私も、浜松までお供させて頂きたく。」
ずうっと黙って考え込む私に辛抱強く付き合ってくれた五郎殿は、私の返答に目を丸くして絶句した。
「…よいのか。いや、儂から申し出た事ではあるが…掛川を退去して以来の労苦を強いる事になろう。」
「貴方様のおられない平穏に、栄華に…何の値打ちがございましょう。腹は決まりましてございます。例え死地となろうとも…どうかお傍に。」
考えてみれば、最初に私が戸惑ったのは「五郎殿が浜松に移住すると言い出したから」じゃない。「その旅路に同行するかどうか」聞かれたからだ。
最初から答えは出ていた。ただ険しい道程を前に、足がすくんでいただけだ。
「お主は…まことに…儂は三国一の果報者じゃ。」
五郎殿は言葉少なに言うと、潤む目を瞬いてほう、と息を吐いた。
「かたじけない。お主の覚悟、確と受け取った。」
「では始めましょう。兄上と武田四郎殿の目をくらまし…浜松に移る企てを。」
ここから先は完全に未知の領域だ。私の乏しい歴史知識は、私達の『脱走』が成功するかどうか、肯定も否定もしてくれない。
それでも足搔こう。
私が…私達が望む未来のために。
ちょうど100話めで『ターニングポイント』を描写する事が出来ました。
…本当はこの辺りで既に浜松に到着している予定だった、というのはここだけの秘密です。




