悪魔と契約……
うだつの上がらない福森 正義は、ある日古本屋で変わった本を手に入れる。その本には悪魔の召喚の仕方が記されており、正義はそれを実行するのだが…………
「……今日も会社か~……」
トボトボと歩く男、彼はどうやら会社に行きたくない様である。
「ま~た、言われのない事で嫌味を言われるんだろうな~……間違った事はしてないんだけどな~……」
ブツブツと独り言を言いながら歩いている。
彼の名前は福森正義24歳である。彼は真面目過ぎるという事はないのだが、間違った事は見ない事に出来ない性格である。特に誰かの不幸の上に有る成功や幸せを納得出来る人間ではない。
何故にこんなに正義の足取りが重いのかというと、会社でのトラブルが原因である。
とある取り引きの際、取り引き相手に見返りを求められた。いわゆる賄賂である。それを正義は突っぱねたのだが、それが元で契約は白紙になり元々の契約も打ち切りとなってしまった。その事は会社の上層部に報告したのだが、上層部は誰も正義の言葉を信じていなかった。それどころか、会社の売り上げに打撃を与えた正義を叱責した。この会社との取り引きが正義の会社では全体の40%を占めていた為、今年のボーナスは期待出来ない。その事が会社全体に明るみとなり、正義は上層部や上司はおろか同僚からも除け者とされていた。
「おはようございま~す」
正義は挨拶をして自分の部署に入るのだが、誰もが挨拶を返さない。正義を居ない者として扱っており、正義は自分のデスクに座る。
窓際のデスク、営業部でありながら営業に出る事を許されない。シュレッダーやらコピーやら書類整理等の誰でも出来る業務を1日中こなし、定時になると退勤する。昼も1人であり、会社で正義と話をする者は居ない。時折、
「福森、これは何なんだ?」
営業部課長より言われのない事で叱責されるだけである。
「あいつ、何で毎日来てんのかね?」
「本当、図太いよな?」
「辞めちゃえばいいのに」
陰口も正義には聞こえる様に言われている。最早、陰口になっていない。
[いいか正義、間違った事はしちゃいけないんだ。お天道様が見てる。だから、間違った事をすると必ず天罰が下る。間違った事は違うと言って、正しい道をしっかりと歩きなさい]
正義の祖父の言葉である。
正義は両親が居なく、祖父母に育てられた。厳しくも温かい祖父母、その祖父は正義にいつも上記の事を言っていた。正義もこの言葉をしっかりと守って生活していたのだが、
「じいちゃん。俺、負けそうだよ……」
正義はボソッと誰にも聞こえない様に呟いた。
定時で退勤した正義、帰る途中で古本屋に寄った。帰っても何かする訳でもなく時間が余っている。違う会社に転職する事も出来るのだが、上手く就職先が見付かる保証もなければ会社を休んだ所で先立つ物がない。結局今の会社で働くしかない正義、現実から逃避するのは好きな小説を読んでいる時だけだった。
古本屋で小説を何冊か手に取り、どれが良いか物色していた。何となくだが2冊の本を買おうと思い、その2冊の小説を持って何気無しに古本屋をうろうろとしていた。
その時、1冊の本が正義の目に止まる。
「悪魔……召喚?……何だこれ?」
正義はその本を手に取った。薄いその本は後ろに100円とシールが貼られていた。よく分からないが気になった正義、その本も一緒に買って家に帰った。
小さな平屋の誰も居ない家に正義は入って行く。入るとすぐに正義は仏壇に行き両手を合わせる。そこには正義を育てた祖父母の写真があり、その横には両親の写真がある。
「今日もいい事は無かったよ。どうすればいいのか?……」
正義は仏壇にそう問いかけ、そのまま風呂に入った。
正義の祖父母は正義が大学卒業間近という時に亡くなった。事故であった。大型のトラックが買い物から帰って来る途中の2人をはねたのである。正義は何とか大学を卒業しそのまま祖父母の家で暮らす事にした。そこから通える会社を選んだのだが、現在正義はとても厳しい状況である。
風呂から上がった正義、冷蔵庫の中にある残り物の食べ物を食べて夕飯とし、自分の部屋に入った。明日は土曜日なので、洗い物は明日にするつもりの様である。
部屋のベッドに寝転んだ正義、そのまま本日買った本を手に取った。
「これ……何だろ?」
正義は[悪魔召喚]という本を広げた。
「何々、六芒星を描いてその中心に自分の身を置き……両手を合わせて……」
正義はベッドを降り、ブツブツ言いながら本に書いてある通りに部屋に六芒星を描いた。その中心に座る正義。
「これで呪文を……うん?呪文の所が切れてんぞ?……え~と……エロイム……??……分かんねぇな、とりあえずは何となくでいいか」
正義は六芒星の中心で座りながら両手を合わせ目を瞑った。
「う~ん……よし…エロイムエッサエム·エロイムエッサエム……我は求めたり……」
少しして正義はゆっくりと目を開けた。特に変わりはない。正義はベッドに横になった。
「そうだよな、何やってんだよ俺」
正義は古本屋で買った小説を手にした。
その時、六芒星が黒く光った。正義は目の錯覚かと思って起き上がって何度も目を擦った。すると、目の前に六芒星から人型ではあるのだが明らかに人間ではない者が現れた。
『俺を呼び出したのは貴様か?』
正義は何が起こっているのか理解出来ていない。だから、この異形の者の問いかけにも答えられなかった。
『俺を呼び出したのは貴様だろう?』
「…………………………」
『おい!しっかりしろ!』
異形の者は正義の両肩を掴んで何度も揺すった。
「あ!ああ!……待った……ちょ~っと待った!」
正義の言葉で異形の者は揺するのを辞めた。
「え~と……これは夢ですか?」
『いや、違うな』
「……変質者で?」
『んな訳あるか!』
「あ~……新手の泥棒とか?」
『やるなら、お前に声掛け等せん』
「確かに……じゃあ……手品師?……もしかして、テッテレ~♪的な?」
『……お前にやる意味が有るのか?』
「では……あなたは誰?」
『俺は悪魔[ディアボロス]。呼ばれたからここに現れた。呼んだのは貴様だろ?』
「……さっきの、本物だったんだ……」
正義は呟いた。
『おい、呼んだのは貴様なのだろ?』
「ああ、多分俺だけど……どうしよう……」
『どうしようとは?俺に何か用事が有るのではないのか?』
「その~何だ……この本に載ってた事をしてだね~……」
ディアボロスは正義の手に有る本を取り、その本を開いた。
『ほう、これで俺を呼べたとは……お前、絶望してるんだな』
「!?……何で?」
『我々は絶望と共にある。絶望が大きければ大きい程、強力な悪魔が現れる。俺を呼び出したんだ、その絶望は絶大だ』
「……呼ばれたら、何をしてくれるんですか?」
『契約を結んで、契約者が望む事を我々が叶える。最も、見返りも有るがな』
「……契約者の命とか?」
『違う。我々は人々の絶望が大好物なのさ。その絶望の為ならば、確かに命を奪う事も有るのだがな。見返りは絶望、それだけだ』
「俺の絶望?」
『誰でもいいぞ。お前でもお前を裏切った者でも、お前をこれから裏切りそうな者でもな』
「……契約者のリスクは?」
『色々有るな。我々と契約すると、眠りが人間のそれとは異なる。何日も眠れなくなるが、眠る時は24時間は眠る。見えなくていい物まで見えるし、時として関わった人間の過去や本性も見える。お前が絶望の日々を送る可能性も有る』
「……メリットは?」
『俺の力が使える。これ以上のメリットは無い。俺が常にお前の背後に居て、お前の望みを叶えてやる』
「……俺はどうなるの?」
『な~に、どうという事はないさ。お前はこちら側の生き物となるだけ。どうせ、今のままならお前は何処かでのたれ死にさ。どうする?俺の力で今を変えるか?それとも……捻れた今に絶望しながら生きてくか?』
「……俺は、今を変えたい!力を貸してくれ!」
『いいだろう。左手を前に突き出せ』
正義は左手を前に出した。正義の左手の甲に黒い六芒星が浮かび上がる。
『契約成立だ。その六芒星はお前にしか見えない。さて、これから楽しくなりそうだな?』
「……時に質問なんだけど……ディアでいいよね?」
『??……何だそれは?』
「いや、ディアボロスだと名前長いしさ。それに、舌噛みそうだろ?」
『……構わんが……お前、順応早いとか言われないか?』
「特には……え?今までの人は、なかなか受け入れてないの?」
『こんなに早く受け入れたのは、お前だけだよ……』
正義は悪魔[ディアボロス]と契約した。これから、正義にどんな事が待っているのか。
ちょっと変わった物語。
正義と悪魔は、この後どうなるのか。