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昔日の影  作者: 苳子
8/12

片羽の太刀 影


 その昔。

 まなはまだまなではなく、高旗もなく、むあがあり、中つ海もなかった頃。

 だから、記憶にとどめるものは最早ないほどの、昔。

 

 むあの地のいずこかに、いまや中つ海の底に沈んでしまった、かつての大地に行き倒れがあったという。

 その者は極めて稀有な容姿の持ち主であった。

 助けたのは年端のゆかない少年で、丁重に介抱し遇した。

 その者に翼があったかどうかは定かではないが、地につながれる者ではなかった。

 天人というものがどういう人々であったのか、詳らかではない。ただ、むあの地に属さぬ人々ではあった。

 少年は鍛冶師の弟子だった。

 金床の唄を聞き分ける耳を持ち、玉鋼の欲するところを知る目と腕を持っていた。

 すなわち、つかさ人であった。

 少年も師匠も、彼が一方ならぬ稀代の刀鍛冶になるだろうと考えていた。その通り、少年は若くして師匠を越え、かつてないほどの名人となった。


 その間、どういうわけでかその者は少年のもとにおり、いつしか少年もそれを欲するようになっていた。けれど、その者がむあの地に繋がれぬゆえ、いずれは去ることも分かっていた。

 名実ともに手に入れる頃、少年は若者となっていた。

 その時、彼が考えたのは、その者を留めるための、地につなぐための方法。たとえば、天を飛ぶために二枚の翼が必要ならば、その片方を切り落とすだけでいい。

 その者はむあの地のことわりには縛られないが、別の理につながれている。

 およそこの世に生きるもので理に縛られないものはない。

 そして、彼はそのための刃を鍛えた。

 若さゆえか、自分の欲と愛の区別がつかず、何が正しいかを考える術をもたなかった。


 そうして鍛えられたのが、片羽の太刀。

 常ならぬもの、おのれの思うままにならぬ理に背き、理を切り捨てるための刃。

 報いは勿論ある。

 それを報いととるか、贖いととるかは当人次第。

 そして彼は刃を振るい、天人と呼ばれたその者は、いかにしてか地につながれる人となった。しかし、むあの理にからみとらえたわけではなく、むあの地に在ってむあに属さぬ存在であった。

 理をねじまげた報い、常を脅かした報い。

 それは刃を振るい、振るわれたもの、両者にふりかかる。

 

 若者は天人を妻としたという。

 しかし、その実はどうようなものであったのか。

 それは定かではない。


 報いはやがて両者を歪め、ついに再び刃は振るわれることとなる。

 その時、太刀を手にしたのは天人であった。

 その刃を受けたのは、むあの者。


 その結末は詳らかではない。

 報いは大きかった。

 どちらかは生を失い、どちらかは死を失った。

 最初に太刀が振るわれたときに、彼らの理はすでにねじけていた。

 ねじけた理は途切れ、裂け、彼らを刺し貫いた。

 

 むあの地は沈み、中つ海が生まれ、その者たちは生死の混沌たる狭間におちた。

 真の生なく、またその延長たる死しかない地。

 その地を高旗という。


 真の死を失った者たちは、影を失いまなの各地に四散したという。


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