片羽の太刀 言伝
むかぁし、ムカシ、その昔。
その頃、中海は存在せず。
まなはまだまなではなく。
高旗もなく。
かわりにむあがありました。
だから、もはや知る人のいない、ずうっと昔。
言い伝えだけが、手がかりに過ぎない、ほどの、ムカシ。
天人に恋をした若者がおりました。
詳しいことは伝わっておりません。
どういうわけでか怪我をして、むあの地に落ちてきた天人を、若者は助けました。
この世のものではない、まさしくむあの者ではない美しさに、若者は恋をしました。
怪我が治れば、天人は天に還ってしまいます。
若者は思いのたけを天人に伝えました。
けれど、天人には通じなかったのです。
天の理に支配されるのが天人です。
同じく、むあの人はむあの理に支配されます。
通じる道理はありませんでした。
若者はそれでもあきらめませんでした。
若者は、刀鍛冶師の弟子でした。
並の人よりもはやく一人前になり、鍛え上げる刀も相当なものでした。
通じないものは、通じさせればよいのです。
若者はそう考えました。
天人が天に還るというのなら、還れなくすればよいのです。
そのための刀を、若者は鍛え上げました。
天をも地をも、断ち切るほどの刀であったというお話です。
若者はそれで天人の翼を切り落としました。
翼の片方をなくした天人は、天へ帰ることはできませんでした。
むあの地にとどまることになった天人は、若者と夫婦となって末永く暮らしたそうです。
了