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昔日の影  作者: 苳子
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骸ヶ浜

 この浜が何故に骸ヶ浜と呼ばれるか、知っているか。

 いいえ。古戦場ででもあったのですか。男はそういうと、漁師の隣に腰をおろした。昼下がりの陽射しを受ける砂浜は温かい。

 見ての通りの綺麗な浜だ。魚もよく捕れ、どれも旨い。海草もしげる。豊かな海だ。

 風光明媚な土地だと、諸国に名も知れておりますよ。男は目を細めて浜の様を眺める。

 それが骸ヶ浜とは。どういう由来か知っているか。

 確かに不似合いな名前です。この白い砂浜を、骨のように白いと例えるのならば別ですが。男は砂を一掴みし、さらさらと風にさらす。砂は光をはじく。

 それならば、白骨浜でもいいだろう。

 そうですね。かわいた子供の骨を細かく砕いたら、このような砂になりそうですね。男は掌についた砂の粒を見やりながら、なにか思案するような面持ちでいる。

 この浜には文字通り、骸が打ち上げられることがある。

 それは、水死者のものですか。男は漁師のよく日に焼けた横顔を見やる。そうしながらわずかに身じろぎすると、小さな鈍い音がした。

 啼き砂だ。

 ああ、そういうものがあると聞いたことはあります。男はそう答えると、今度は砂の上に手をついて体重を加えてみる。

 人の泣き声ではない。

 少なくとも、生者の声ではありませんね――骸ヶ浜にふさわしい、死者の囁きのようですね。男はまた目を細めている。

 ……ああ。特に骸が流れ着く夜には、ひときわよく啼くそうだ。

 骸は夜に流れ着くのですか。

 決まって夜だという言い伝えだ。

 言い伝えですか。男は溜息混じりに呟いた。

 骸といっても、打ち寄せられるのは骸の一部だという。

 骸は海のものにとっては餌でもありますから。男は汪洋に答える。

 食いちぎられているだけならば、この浜にだけこんな名がついたりはしないだろうよ。

 では、いったいどのような謂れが。男はわずかに眉を寄せる。

 ある時は骨一本、ある時は肉の塊であったり、皮膚の塊や臓腑の一部だったりするそうだ……

 見た人がいるのですか。

 この浜を夜に一人で歩くような奴はいない。

 なにが起こるというのですか。男は漁師のやや強ばった横顔をじっと見つめる。

 打ち寄せられる骸を集めるものがいるという。この浜のどこかに棲む浜婆だ。浜婆は夜通しこの浜を見張っているという。

 男はいったん途切れた漁師の言葉の続きを待つ。

 もし、夜に一人でこの浜を歩いていて、浜婆に出くわそうもんなら、命はない。体を引き裂かれて、もっていかれる。

 なにを何処へもっていくのですか。男は静かに訊ねる。

 何処へなどと知るものか。持って行かれるものは色々だ。足だけ残っていたり、胴から下が残っていたり。決まっていない。ただ――

 ただ。男は漁師の言葉尻を繰り返す。

 浜婆は骸を集めて元に戻そうとしているらしい。持っていかれるのは、その足りない部分だと――実際、持っていかれた体の部分も、数日すると浜に捨てられている。役に立たなかったから、捨てたんだろうと儂らは話している。打ち上げられるばらばらの骸でないと、役に立たないのだろうとな。

 男の眉間のしわが深くなる。

 ある時、どうしても夜にこの浜を通らなくてはならない男がいた。男は二人ならば大丈夫だろうと考えたらしい。それで隣の家の男に付き添いを頼んだ。 

 ほう、それは。男はやや目を見開いた。

 二人して歩いたその夜は、満月だったらしい。それで二人とも少々安心していたと云うが、結局は出くわした……

 浜婆に。

 ああ、そうだ。それは首にこうずるずると長くてぶよぶよしたものを何重にも巻きつけてな、両腕にもからみつけていたらしい。そうして二人を見つけると、にいっと笑った。

 それはいったい何だったのですか。男は険しい顔をした。

 はらわただろう。それだけの長さだ、大人一人分はあっただろう。

 それで、どうなったのですか。男は無表情になっていた。

 一人は這々の体で逃げ出したが、もう一人は腰がぬけて動けなかったらしい。一人だけ残されたわけだ。

 男は漁師の言葉の続きを待つ。

 朝になって浜には男の死体が転がっていた。残っていたのは足と下腹と、はらわた。あとは持っていかれたらしいく、数日後に腐りかけて見つかったそうだ。

 なんともおぞましい言い伝えですね。男の顔はやや青ざめて見えた。

 言い伝え、だけではない。村には殺された者達の記録が残されている。

 それは――男の顔が強ばる。

 一番新しい記録は、爺さんの若い頃で、頭だけもっていかれたらしい。

 頭――ですか。男は生唾を呑んだ。

 いつのまにか浜は暮れの色に包まれつつある。

 あんたも早く宿へ戻るがいい。

 男は黙って足早に去っていく漁師を見送った。


 あとは頭を残すだけ――か。

 暮れゆく空を見ながら、男は愉快そうに呟いた。

 しかし、花の如き泉水いずみどのをつかまえて浜婆とは――世の人の口の悪いことよ。

 そして、小さく低く笑った。



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