世界の敵
「ふっ! はあっ! おらっ!!」
静かな夜に響く力強い声。ハンデッドは剣の素振りをしていた。
本来、こんな時間にするのは迷惑だが、ここはゲンゲツ村。
どの家も防音性が高く、ハンデッドの声を中に通さない。
御蔭でハンデッドは気兼ねなく、剣を振り続ける事ができた。
「あっ、ここに居ましたか」
「うん? お前はマガミの妻の……オクリだったか?
一体、何の用だ?」
「ああいえ、部屋に居なかったものですから」
そこに扉を開け、オクリが現れる。どうやら探していたようだ。
夜は更け切っている。疲れを取る為にも、もう寝た方がいい。
「そうか……なら、気にするな。
ワガハイは好きな時に寝る。家の中に戻るがいい」
ハンデッドはその親切心を振り払い、再び剣を振り始める。
静かな夜だからこそ、鍛練が捗るというのはあるかもしれない。
だが、オクリは知っている。休むのも鍛練の一つという事を。
「そうはいきません。お休み下さるまで、私をここを離れませんよ」
「……ふっ、面白い女だ。大抵の女はワガハイを恐れて逃げる。
なのに、お前は逃げず、反論までするとは」
「私はマガミの妻です。こんな事で逃げたりしません」
「ほう、増々面白い」
ハンデッドの威圧を物ともせず、オクリはそう言い切った。
マガミの妻である事を誇りを持っているのだろう。堂々としている。
「なら、鍛練に付き合って貰おうか? マガミ……あの男は強者だ。
そんな強者の妻なら、多少はやれるだろう?」
「……その申し出、受けてもいいですが、止めておきます。
怪我人と戦う趣味はないので」
「なに?」
ハンデッドはそう言われ、咄嗟に右腕を押さえた。
既に傷は塞がっているが、奏慈に斬られた箇所が疼く。
あの日からハンデッドは全力を出せていない。
言い訳をするつもりはないが、負けても仕方ない状態だ。
そんな相手と戦うのは気が引ける……そういう事らしい。
「ふん、つまらん……言われた通り、戻ってやろう」
ハンデッドは剣を仕舞い、歩き出す。
横でぐちぐち言われていたら、鍛練にならない。
「待って下さい」
「……用は無いと、言っていなかったか?」
「失礼、一つだけありました。
貴方は何故、強さを求めるのですか?」
「なに?」
そうして立ち去ろうとするハンデッドにオクリは聞く。
ハンデッドは言わずと知れた戦闘狂だ。
それも弱い相手ではなく、強い相手ばかり狙う生粋の。
勝つ事よりも、戦う事に重きを置いている。
「その答えをわざわざ言う必要があるか?
ワガハイは戦いが好きだ。好きだから強くなりたい。
強くなれば……その分、楽しい戦いができるからな」
しかし、どうしてそうなったのかは知られていない。
いつからか剣魔と呼ばれ、恐れられるようになった。
「本当にそれだけですか? 例えば、その剣……」
「しつこいぞ。ワガハイは自分の為に戦う……ただ、それだけだ。
さあ、そこを退け」
「……分かりました」
ハンデッドはオクリを押し退け、家の中に戻る。
その様子は興が覚めたというよりも、苛ついた様子だった。
オクリは一体、何を思ってこんな質問をしたのか?
そして、ハンデッドは何に苛ついたのだろう?
風は荒れ、雪が降る中、オクリも静かに家に戻る。
「――おはようございます! 良い朝ですね!!」
次の日、奏慈は元気よくリビングに現れた。
昨日の事など何も無かったかのようだ。
気持ちを完全に切り替えている。
「うむ、良い朝じゃのう。それによく眠れたようじゃ」
「ですが、ゆっくり朝食を取る事はできないようです」
「えっ、それはどういう……」
「外に出てみて下さい。あまり時間は無いみたいですよ」
だが、そんな努力を嘲笑うように朝からトラブルだ。
奏慈はルフ達に促され、家の外に出る。
「やっと、起きたか。待っていたぞ」
外には既に藍達が居た。奏慈よりも早く起きていたらしい。
しかし、外に居たのは藍達だけではなかった。
村人と思わしき、ゲンゲツ族も外に出ている。
「あの、一体何が?」
「空だ。奏慈、空を見てみろ」
「空?」
言われるがまま、奏慈は空を見た。
そこには黒髪を持つ女性が映し出されている。
「繰り返し、皆さんにお知らせします。
昨日、禁呪の森に許可なく入った者達が居ました」
「えっ、こ、この人は!?」
「ええ、ソフィア様ですわ」
その女性は間違いなく、ソフィアだった。
ソフィアは悲しそうな表情を浮かべ、奏慈達を見下ろしている。
恐らく、ホログラムのような物だろう。
「皆さんの懸命な捜査の結果、恐ろしい事が分かりました。
その者達はウルトルクスと繋がっていたのです」
「なっ、なに!? 僕達がウルトルクスと!?」
その口ぶりから、このホログラムは全世界に出現しているようだ。
人間が居る所に出現し、逮捕を促す……ニュース映像のように。
「そんな者達を見逃す訳にはいきません。
今から映す者を見かけたら、騎士団に通報して下さい。
一緒にウルトルクスを壊滅させましょう」
ソフィアがそう言うと、同時に奏慈達の顔も空に出現する。
これで奏慈達は全世界から指名手配された。
逃げ場はどこにも無い。見つかれば、すぐに騎士団に捕まるだろう。
「こ、これはなんなんですか!? どうして、僕達が!」
「見た通り、そのままよ。私達は世界の敵になった」
「禁呪の森に入ったのは事実ですからね。
全て嘘ではないのが、余計に真実味を持たせている」
「くっ、面倒な……」
「ど、どど、どうしたらいいんですの!?」
想定外の事態に奏慈達は混乱していた。余りにも突然過ぎる。
比較的、冷静に努めている望結とイカリでさえ状況を整理し切れていない。
「中光だ……アイツが嘘の情報を流したんだ!」
「そうか、中光が!!」
だが、いくらなんでも捜査が早すぎる。普通、一日でここまで捜査は進まない。
藍の言う通り、裏で中光が暗躍しているのは間違いないだろう。
つまり、こうなる事も全て計算していたのだ。
自分の手を汚さず、邪魔者を始末する。中光らしい作戦だ。
「そ、それでこれからどうしますの?
下手に動いたら、捕まってしまいますわ!」
「そうだな……一つずつ整理していこう」
奏慈達は考え始めた……この状況を打開する唯一の方法を。
最初に思いついたのはウルトルクスの壊滅だ。
手柄を立てれば、弁明のチャンスくらい回ってくる。
そこでウルトルクスと関係ないと言うのだ。
これなら多少罪に問われても、大罪にはならない。
「ですが、その方法は」
「ああ、不可能に近い」
しかし、それは至難の業だ。どこに居るかも分からない中光達を探す。
それも騎士団の追跡を躱しながらだ。とても出来るとは思えない。
もし見つけても、逃げられれば……奏慈達の精神は持たないだろう。
「そうなると、残る方法は一つ。
ソフィア様の元に行き、全て説明する……それしか無いだろう」
二つ目の方法はソフィアに直接弁明するという物だ。
これは正直、賭けになる。禁呪の森に入った事実は揺るがない。
その上で、ウルトルクスとは何の関係もないと言うのだ。
それを信じて貰えるかどうか? かなり分の悪い賭けになるだろう。
また、そもそもソフィアの元に向かえるかも分からない。
警備は確実に厳しくなっている。途中で捕まっても可笑しくない。
それでも向かうのだ。繋がりがないと言いに行く為に。
「いや、もう一つ方法はあるぞ」
「えっ?」
ここでルフも話に参加する。後ろにはマガミとオクリも居た。
「ルフさん、その方法は?」
「うむ……創造神様の復活じゃ」
「創造神の復活!?」
まさかの方法に奏慈達は驚く。この状況で復活させるのか!?
驚く奏慈達を眺めながら、ルフは続けて言う。
「創造神様は全て見ておられる。過去も未来も全て。
わらわ達がウルトルクスと関係ない事も知っておられるのじゃ。
そして、創造神様はこの世界をお創りになった存在。
その言葉は誰も無視できん。例え、ソフィアでもな」
「つまり、創造神は私達の味方なんですか?」
「そうじゃ。森に入った事も水に流されるじゃろう」
それが本当なら、創造神に頼るのが一番良さそうだ。
ソフィアは創造神教の教祖で、この世界に住む多くの人々は信者。
その信仰対象が問題無しと言えば、どんな法も無効化される。
前の二つの方法よりも、奏慈達は有利になるだろう。
「なら、善は急げだ! 早速、創造神様の元に向かうぞ!!」
「待て待て、行き方は知っておるのか? 簡単に行ける場所ではないぞ?」
「その話なら前に聞きましたわ! 確か隔離された空間に居ると。
だから、銀の扉が使えるミユの力が必要……そうでしたわよね?」
「え、ええ……」
どこまで真実か分からないが、望結が奏慈達に語った話。
その話によると、創造神の本体が隔離された空間にあるそうだ。
そして、その復活には最後の一人である奏慈の魂が必要らしい。
「ほう、そこまで知っておったか。
じゃが、まだ知らない事があるようじゃのう」
「なに? まだ必要が物があるのか?」
「あるぞ。今からそれを説明しよう」
ルフはそう言うと、ゆっくりと説明し始める。
隔離された空間にある創造神の本体……それは例えるなら、心臓だ。
世界中に飛び散った身体と違い、たった一つしかない替えが効かない物。
その為、その空間に入るには様々な条件をクリアする必要がある。
「その一つが銀の扉であり、ソウジの存在じゃ。
そして、最後の条件は……これはまあ大体、察しはついとるじゃろう」
「早く言え」
「ほいほい。かつて、創造神様が異世界人に与えた加護。
つまり、今までソウジが得てきた力が最後の条件じゃ」
「……そうか、一番最初に会った異世界人。
彼が神殿を巡るように言ったのは、これも理由だったのか」
どうやら今までの旅は全て、創造神復活に繋がっていたようだ。
そう聞くと運命のように感じるが、寧ろ今はありがたい。
残りの神殿も巡り、最後の条件もクリアしてみせる。
「それで残りの神殿はどこに? もし、遠くにあったら……」
「近くにありますよ。このノーブル山に」
「はい、九合目にある洞窟……その中にあります」
「おお、そんな近くに!」
正に渡りに船だ。昨日、オクリから聞いた洞窟の中に最後の神殿もあるという。
運命は奏慈達に味方していた。
「よし! 奏慈、行こうぜ!!
細かい事は力を得てから考えればいい!」
「……ああ、そうだな! 今は行動あるのみだ!!」
「ですわね!」
「ふっ、相変わらずだな」
不安はあるものの、奏慈達は一致団結する。やるべき事は決まった。
「……もう、どうにもならないのね」
「ええ、そうみたいです」
(ミユ……)
しかし、望結だけはその輪に入れず、悔しそうに拳を握り締める。
その様子をルフとイカリは静かに見つめるのだった。
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