失望
「さ、させない!!」
向かってくるルフに対し、イカリはすぐに割って入った。
今の望結は魔力が切れ、ろくに動けない状態だ。
そんな状態では戦う事はおろか、逃げる事すらできない。
奏慈達は思った……この戦い、ルフの勝ちだと。
「まだよ……まだ負けてない!!」
しかし、望結は諦めていなかった。
なんとか立ち上がり、向かってくるルフを睨みつける。
魔力は切れても、闘志は失われていない。
「じゃが、それだけで勝てるほど勝負は甘くない!
いくぞ、そおれ!!」
なら、それに答えてやるのがせめてもの情けだ。
ルフは走りながら、望結に向かって斧を投げた。
その速度は凄まじく、まるで光線のようだ。
今の望結では、とても耐えられないだろう。
「させないと言ったでしょう! 守れ!!」
イカリはそれに対し、氷の塔を出現させた。
それは望結を守るように立ち、斧を受け止める。
「イカリ、助かったわ……ありがとう」
「……いえ、礼を言うのはまだ早いですよ」
「えっ? あっ!?」
だが、その程度で止まるほどルフの攻撃は甘くない。
斧は氷の塔にヒビを入れ始め、轟音を鳴らさせる。崩壊の前触れだ。
間もなく、氷の塔は崩壊し、斧は再び望結の元に向かう。
「さあ、次はどうする!
生半可な魔法では止まらんぞ!!」
ルフは氷の塔より強固な氷の檻を破壊し、脱出している。
つまり、最初から斧を受け止める事は不可能に近かった。
「くっ、一体どうすれば……」
この状況、魔法使いとしては降参するべき状況だ。
魔力は残っているものの、決して多くない。
あと数回使ったら、完全に切れてしまう。
降参の二文字がイカリの脳裏を過った。
「諦めません……自分も最後まで戦います!!」
だが、しない。望結の望みは最後まで戦うこと。
勝ち目が無くても、足掻き続けると決めた。
なら、それに付き合うのが男というもの。
イカリは覚悟を決め、再び氷の塔を出現させる。
一度で駄目なら、二度あるのみ。
「無駄じゃ! そんな物でわらわは止まらん!!」
「うっ、だ、駄目か」
しかし、案の定、氷の塔は再び崩壊する。
同時に時も戻り始めるが、斧はそれよりも速かった。
圧倒的なフィジカルの前には小細工など通用しない。
斧は望結の眼前まで迫り、当たる。
「なに!?」
そう思われた瞬間、望結の姿が突如消えた。
斧は目標を失い、そのまま壁に突き刺さる。
「ふふ、私はこっちよ!」
「なっ!?」
そして、次の瞬間にはルフの背後に立っていた。
一体、いつの間に? 何か魔法を使ったのか?
ルフは一瞬考えるも、すぐに気持ちを切り替える。
「……何を使おうと、わらわの勝ちは揺るがない!
何度避けようと、攻撃を続けるまでよ!!」
ルフはそう言うと、今度は振り返りながら攻撃した。
この距離では飛び退いても、避け切れない。
「残念! 次はこっちよ!!」
「むっ!? これは一体……」
その攻撃すらも望結には当たらず、姿を消した。
今度は遥か遠くに立っている。
一瞬であそこまで行ける訳が無い。ルフは首を傾げた。
「間違いない、時戻しだ。それで移動している」
「ですね、僕もそう思います」
今までの流れを見て、奏慈達はそう確信する。
氷の塔は時と時の間に打ち込まれた楔。
崩壊すれば、楔を打ち込んだ時まで時を戻させる。
望結が突然消えたのも時が戻った影響だ。
「でも、可笑しくないですか?
塔を作った前より時が巻き戻ってる。
あくまで戻せるのは、作った瞬間の筈なのに」
「ああ、明らかに可笑しい。加えて、タイムラグがバラバラだ。
一度目の崩壊では眼前に斧が迫った時。
二度目の崩壊では振り返りながらの攻撃で。
まるで、攻撃が当たる瞬間に戻してるみたいだ」
「……確かにそうですわね」
しかし、その時戻しは今まで見てきた物と違っていた。
藍の言うように、望む時に戻してるようにしか見えない。
氷の塔ではなく、別の魔法で戻しているのだろうか?
「……成程、そういう事か。やっと分かったぞ」
「ちっ、もうバレたのね」
そんな中、ルフは時戻しのカラクリに気付いたようだ。
ルフは斧を振り上げると、地面に向かって振り下ろす。
「壊れろ!!」
その一撃で神殿全体に凄まじい衝撃が走った。
柱は揺れ、壁は壊れ、天井が落ちてくる。
地震を思わせる揺れで、真面に立っていられない。
「ぐっ、い、一体何を!?」
「み、見て! 地面に!!」
突然の事に奏慈達は戸惑うも、すぐにその意味を理解する。
フランの指差す先には、とても小さな氷の塔があった。
それも一つや二つではない……十や二十を超えている。
ルフはそれを全て壊す為、斧を振り下ろしたようだ。
「さて、これで全て壊れた。答え合わせといこうかの。
どうやって、戻していたんじゃ?」
「……分かりました、言いましょう」
その一撃で氷の塔は全て崩壊した。もう一つも残っていない。
イカリの魔力も残り少なく、新しく作る事も不可能だ。
魔力が回復するまで、不本意だが、時間を稼ぐしかない。
「とは言っても、難しい事は何もしていません。
ただ、自分で解いて発動しただけです」
氷の塔は術者が崩壊させても、時を戻す事ができる。
現にパンサスもその方法で戻し、ボーアを翻弄した。
それと同じ事をイカリもやったのだ。
氷の塔を崩壊させ、時を戻す。大きな氷の塔はブラフだった。
「問題はいつ建てたかじゃな。
わらわと戦ってる時は、その暇は無かったじゃろう?」
「それは……」
「言いたくないか? では、代わりに言ってやろう。
そこに寝ておるウルトルクスとの戦いの時じゃ」
「なに!?」
ルフはエルフを指差しながら言う。
その内容は奏慈達に衝撃を与えた。
「イカリ、お前あの時、厳しいと言ったよな!?
現状、どうにもできないと!」
「……ええ、言いました」
「嘘を吐いたのか!? あの状況で!」
「死ぬかもしれなかったんですよ!?」
エルフが仕掛けを作動させた時、イカリが言った言葉。
『現状、厳しいですね。どうしたものか』。
その時には既に小さな氷の塔をいくつも建てていたようだ。
つまり、やろうと思えば、仕掛けを解除できた。
イカリはその事を隠していた事になる。
「でも、一体何の為に?
奥の手を残すのは正しい事ですけれど……」
その後、藍がガントレットの力を使った事で形成逆転。
結果だけを見れば、正しい選択に見える。
でも、それは上手くいったからであって、良い選択ではない。
あの時は絶体絶命の状況だった……隠す必要は無かった筈。
「それは藍の……藍の力を見る為よ」
「オレの?」
それに答えたのは望結だった。望結は続けて言う。
「真妃から貰ったガントレット……その力が怪力だけとは思えない。
私達はその力を知りたかったの」
「その為に隠していたのか? オレにガントレットを使わせる為に?」
「そうよ。戦いの時以外では発動しないと思っていたからね。
御蔭でどういう力かハッキリしたわ」
望結もグルだった。二人して、奏慈達をハメたのだ。
そこまでして知りたいのか? 仲間を命の危険に晒してまで?
いつでも時を戻せるとはいえ、あんまりな行動だ。
「……言いたい事は山程あるが、今は置いておこう。
結局、どういう力なんだ?」
「運よ。運命を左右する力……運命共同体と言ってもいいわ」
――運命共同体。それは目的の為に運命を共にするという意味だ。
藍の使った力に名前を付けるなら、恐らくこれが一番合っている。
「エルフの攻撃は全て外れ、藍には幸運が起こり続けた。
それは藍が不利な状況だったからよ」
「不利な状況? 魔力を吸われていたからか?」
「そうよ。魔力を吸われ、真面に動けない状態。
それに対し、エルフは元気で魔力もあった」
「運命共同体はそういう時に役立つのですよ」
例えば、自分が攻撃を外したとしよう。
すると、敵も攻撃を外す。逆に攻撃を敵に当てた。
その場合は敵も自分に攻撃を当ててくる。
これは絶対であり、何をしようと逃れる事はできない。
死なば諸共……そう言ってもいいだろう。
「運命に介入する魔法か……創造神らしい魔法だ」
「マキさんがどういう人か、なんとなく分かりますわね」
だが、その魔法の御蔭で奏慈達は助かった。
使い所さえ考えれば、これほど心強い魔法は無いだろう。
「さて、聞きたい事は済んだ。終わらせてやろう」
そういえば、そうだった。
答え合わせが済んだ今、もう待つ必要は無い。
ルフは斧を振り上げる。
「ルフさん、もう止めましょう。
この勝負、ルフさんの勝ちです」
「なっ!? 奏慈!!」
「望結、お前は黙っていろ。
いいですよね、ルフさん?」
「……うむ、まあいいじゃろう」
そんなルフの前に奏慈が割って入り、止めた。
これ以上はお互いに傷つくだけだ。戦う必要は無い。
こうして、望結とルフの戦いは意外な形で終わった。
望結は不満気だが、それ以上何も言わない。
「では、奥に進もうかのう。
この先に創造神様の加護……未来予知がある筈じゃ」
「分かりました。皆、行こう!」
そして、ルフの案内の元、奏慈達は奥に進み始める。
疲れは残っているが、未来予知は見逃せない。
もし本当にあるなら、手に入れて損は無い筈だ。
「さあ、着いたぞ。あの石棺じゃ」
「成程、あれか」
数分後、奏慈達は目的地に辿り着く。
奥は思ったよりも広く、空気も澄んでいた。
また、中央には石棺が安置されている。
その石棺に異世界人が眠っているのだろう。
「でも、封印されているんですよね?
まずは封印を解かないと」
「それについては安心せい。
異世界人であるお主なら、解かなくても手に入れられる」
「そうなんですか? そういう事なら行っていきます」
分からない事は一杯ある。でも、ルフからは悪意を感じない。
どんな理由があるにせよ、今は信じてもいいだろう。
奏慈は石棺に向かって、ゆっくりと歩き始めた。
「奏慈、待って!!」
しかし、望結はそんな奏慈の手を掴み、行く手を阻む。
行かせたくないのだろう。その手は強く、一歩も進ませない。
「望結……正直、お前にはガッカリしたよ」
「えっ」
それに対し、奏慈は冷たい口調で返した。奏慈は続けて言う。
「お前は真妃を敵視する余り、僕達を危険に晒した。
無自覚ではなく、分かった上で晒したんだ。
それがどれほど大罪か……分かるだろう?」
「それは……」
「この話はまた後でする。今は邪魔をするな」
「……分かった」
奏慈はそう言い捨てると、手を振り払って再び歩き始める。
もう止める事はできない。望結は黙って見送る。
間もなく、奏慈は石棺の前に辿り着き、触れた。
「うっ、この光は……」
その瞬間、石棺から眩い光が放たれ始め、奏慈の身体を包み込む。
ルフの言った事は本当だったようだ……奏慈はそれに身を委ねる。
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