更生
「はあはあ、今度は……オレから行かせて貰うぜ」
「うっ!?」
エルフが攻撃を外し続ける中、藍はなんとか立ち上がった。
未だに魔力は吸われ続けている。立っているのもやっとの状況だ。
それでも藍はモーニングスターを握り、エルフを睨みつける。
奏慈達が死ぬ前にエルフを倒す。もうそれしか方法は無い。
「な、舐めるな! そんな状態で勝てる訳ないでしょ!?
もういい……これで沈め!!」
じりじりと近付いてくる藍に対し、エルフは地面に両手を叩きつけた。
一度や二度ならず、何度も攻撃が外れる。普通はそんな事ありえない。
だが、そのありえない事が起こっている。エルフは恐怖を感じていた。
「じゅ、樹海魔術!? まさか……藍、走れ!」
「ああ、分かってる!」
しかし、すぐに平静を取り戻す。
今、追い詰めてるのは自分だ。相手じゃない。
時間を稼げば、奏慈達に勝てる。
エルフはプライドをかなぐり捨て、叩きつけた手に力を込める。
「ちっ、姑息な!」
「あははは、勝てばいいのよ! 勝てば!!」
その瞬間、緑の絨毯が広がり、木々がエルフの姿を隠す。
戦わなくていい。ただ、待てばいいのだ……それだけで勝てる。
エルフは玉座を作り、それに座った。目の前にあるのは緑の群れだけ。
「今の貴方達にあーしを見つける事はできない!
完全勝利! あーしの勝ちよ!」
エルフはほくそ笑む。死ぬ瞬間が見れない事だけが心残りだ。
「――それはどうかな?」
「なっ、なに!?」
そんなエルフの背後にいつのまにか藍が立っていた。
一体、何が起きたというのか? エルフの脳裏に疑問が次々に浮かぶ。
念には念を入れ、魔力も隠していた。探知はできない筈。
木々も天井まで伸び、幹は人一人隠せる位には太い。
目視で見つける事も不可能な筈だ……なのに、どうやって?
「決まってるだろ……勘だ!!」
「くっ!?」
その答えは勘。藍は全速力で走り、奥へ奥へと走った。
この先にエルフが居る。そう信じての行動だ。
普通なら見つけられないだろう。でも、藍は見つけた。
攻撃を外し続けた事といい、運が向いてきている。
「飛んでけ!」
「ごふっ!?」
そのままの勢いで藍はエルフの後頭部を力一杯殴った。
その威力は凄まじく、エルフは吹き飛ばされる。
途中で何度も木にぶつかり、破壊するも止まらない。
「ぐっ、がは!!」
そうして十一本目を破壊した所で、地面に叩き落とされた。
身体はボロボロになっており、全身に木片が刺さっている。
見るも無残な姿だが、今までしてきた事を考えると残当だ。
このままトドメを刺し、終わらせるべきだろう。
「あ、あれはエルフか!?」
「凄い! やりましたわね!!」
「藍、早くトドメを!」
その姿を見て、奏慈達も藍の勝ちを知る。
奏慈達はまだ元気そうだ。やるなら今しかない。
「……いや、待て。少し話がしたい」
だが、藍は何もしなかった。代わりに手を差し伸べ、言う。
「仕掛けを解除しろ。そうしたら、治してやる」
「……どういうつもり? 罠なら」
「聞け。オレはお前達の事が嫌いだ。
オレ達を虐め、この世界でも悪さするお前達が」
中光がこの世界に居るなら、エルフの正体もまた決まっている。
昔、中光と一緒に自分を虐めてきた指示役の一人だ。
一人称や喋り方に既視感がある。間違いないだろう。
そんな奴がまた悪さをしていた。普通なら怒りに震える場面だ。
「なに? なに言ってんの?」
「……覚えてないならいい。でも、殺したくないんだ。
お前達のような屑でも……だから、解除しろ」
でも、藍は違う。怒りを抑え、冷静に徹する。
やった事は絶対に許せない。しかし、エルフは被害者でもある。
肉人形に心を持たせる為に魂を利用された。
尊厳の破壊だ。死の苦しみを味わったのに、また苦しめられている。
そんなこと許しちゃいけない。助けるべきだ。
藍は聖女として、かつての敵も救おうとしている。
「……解除すれば、本当に治してくれるの?」
「ああ、約束する」
その思いが届いたのか、エルフはその手を受け取った。
藍には分かる。その行為には裏がないと。
「よ、よせ! 藍、早くトドメを刺すんだ!!」
「そうよ! 藍、騙されちゃ駄目!!」
しかし、奏慈達は違う……止めに入り、殺すように促す。
「解除……した。約束よ、早く治して」
「分かった、すぐに始める」
藍はそんな奏慈達の言葉を無視し、治療を始める。
手から淡い光を放ち、刺さって木片を抜きながら。
その御蔭でエルフの身体は見る見るうちに治っていった。
「分からない……どうして、あーしを治してくれるの?」
「……オレが治したいからだ。それ以外に何かあると思うか?」
「さあ、知らない」
エルフは苦笑する。本当に治し始めるとは思わなかった。
変な女。そういう印象を抱きながらも、その顔は先程までと違う。
穏やかで、憑き物が落ちたような顔だ。勿論、仮面でそれは見えない。
誰にも見せず、仮面の下でその顔を藍に向ける。
「やれやれ、困った物ですね」
「えっ」
その瞬間だった。藍の横を熱線が通る。
それはエルフに向かって真っすぐ飛び、そのまま頭を貫通した。
「あ、ああ」
「くっ!?」
藍はすぐに熱線が飛んできた方を見る。
見覚えのある熱線……予想が正しければ、そこに奴が居る筈だ。
今、一番会いたくない奴が。
「裏切りには死あるのみ」
その予想は当たってしまう。そこには中光が居た。
ここにはエルフだけでなく、中光まで来ていたようだ。
「な、中光! お前!!」
「ふふ、良い格好ですね」
そこに奏慈が割って入り、藍を守るように立つ。
エルフは約束を守ってくれたようだ。
フラン達も続々と立ち上がり、武器を構える。
「中光、何故殺した!? 殺す必要はなかっただろ!」
「ふん、可笑しな事を……ウルトルクスは裏切者を許さない。
敵に絆された者に待つのは死のみです」
「あ、相変わらずの野郎だ」
中光はまたしても、仲間に手をかけた。
それも絆されたからという理由で……奏慈は拳を握り締める。
「その腐った根性……変わらないな!!
彼女は変わったぞ! 変わろうとしていたぞ!!
なのに、お前は!」
どんな理由があっても、エルフのした事は決して許されない。
しかし、エルフは変わろうとしていた。
新たな一歩を踏み出そうとしていたのだ。
それを中光は奪った。命を……人生をなんとも思っていない。
「ふっ、殺せ殺せと言っていた人の発言とは思えませんね。
変わらないと思ってたんでしょ? 君も」
「……ああ、そうだ。思ってたよ」
「なら、偉そうな事は」
「だがな、藍は違う! お前や僕と違って、彼女を信じた!!
それがどれだけ凄い事か……お前には一生できないだろ!」
藍のようになれない事は奏慈自身、よく知っていた。
罪には相応の罰を……更生の時間など必要ないと思っている。
それ故に冷静に物事が見れる藍の事を尊敬していた。
「ちっ、またか。同じ人殺しの分際で真面ぶろうとするな!
好い加減、めざわりなんだよ!!」
「だったら、ここで決着を着けたらどうだ! 中光!!」
奏慈と中光は同時に武器を構える。めざわりなのは奏慈も同じ。
ここで中光を倒す。これ以上、犠牲を出す訳にはいかなかった。
「奏慈、落ち着け! 今戦うのは危険だ!!」
「そうですわ! ここは一度退いて、休まないと!」
「不本意なのは分かる! でも、今のボク達じゃ勝てないだろ?」
「うるさい! 僕はもう我慢できないんだ!!」
だが、今の状態で倒せるほど中光は弱くない。
フラン達は奏慈を押さえつけ、ゆっくりと後退し始める。
倒したいのはフラン達も同じ……今は撤退するしかない。
「逃げるか……まあいい、仕事は終わった。
また会いましょう。それまで死んでくれるなよ?」
「ま、待て!!」
意外にも中光は追い打ちせず、炎と共にその姿を消した。
その場に残ったのは物言わぬエルフの死体のみ。
「くっ、僕にもっと……力があれば」
「奏慈……」
「……とにかく、急いで戻りますわよ。
また仕掛けが作動したら、堪りませんわ」
「だな。戻るぞ」
落ち込む奏慈を引き摺り、フラン達は上への階段を目指す。
ここに居ても、どうしようもない。
詳しい調査はまた今度にした方がいいだろう。
「そうはいかんのう」
そんな奏慈達の前に一人の少女が現れた。
ルフだ。どうやら、無事に生徒を送り届けたらしい。
「る、ルフさん! 来てくれたんですね!」
「うむ、お主達が心配だったからのう。急いで戻ってきた。
怪我が無くて、なによりじゃ」
うんうんと頷きながら、ルフは安心した様子で言う。
魔力はすっからかんだが、言う通り怪我自体はしていない。
一日しっかり休めば、魔力は回復するだろう。
「はあ、談笑してる暇は無いわ。さっさと退いてくれる?
ウルトルクスも居なくなったし、もうここに用はないの」
「お、おい、望結」
そんな気遣いは無用とばかりに、望結はぶっきらぼうにそう言った。
かなり感じが悪い。ルフに対して、何か思う所があるのか。
「……そうはいかん。まだ用は済んでおらんぞ」
「えっ、どういう事ですか?」
それに対し、ルフも階段の前に立ち塞がり、帰らせまいとする。
望結に対抗しての行動か? いや、そういう訳でもなさそうだ。
ルフの言う用とは、一体なんの事だろう?
「力じゃ。異世界人が残した力がここにある。
ウルトルクスが戻ってくる前に回収しておくべきじゃ」
「そ、それはそうかもしれませんが、今は……」
「未来……それを見る力でもか?」
「未来!? 予知という事ですか!」
エルフはここに一番強い加護があると言っていた。
その詳細は明かされなかったが、今ようやく明かされる。
未来予知。それは未来の出来事を予め知る事ができる力。
日常生活は勿論、戦いにおいても重宝される力だ。
それが本当にあるなら、確かに回収しておくべきだろう。
「でも、どうしてそれを? どうやって知ったんですか?」
「ううむ、それはのう……」
フランも知らなかった禁呪の森の地下にある神殿。
当然、ルフも知らないものと思っていたが、違ったようだ。
ルフはどこでこの神殿を知り、未来予知も知ったのだろう。
「奏慈、早く離れて! そいつは……真妃の部下よ!!」
「えっ!?」
「……はあ、部下というのは心外じゃ」
その答えをルフが言うより前に、望結が口を挟んだ。
渦の洞窟で戦った謎の男……ルフはそいつの仲間だと言うのだ。
「み、望結、何を言ってるんだ? 冗談は止めろ!
ルフさん、違い……ますよね?」
「……部下ではない。だが、仲間ではある」
「な、仲……間?」
奏慈は開いた口が塞がらなかった。
名を知ってるだけでも衝撃的なのに、仲間だという。
一体、どういう事だ。
「奏慈、分かったでしょ? そいつは敵……私達の敵よ!」
そんな奏慈を余所に望結はそう言い切る。
安心したのも束の間、新たな戦いが始まろうとしていた。
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