痕跡
「まさか、校長も来ているとは……」
「ど、どうしますの!?」
奏慈達の前に立ち塞がるメイド服を着た古風な少女。
その正体はアンゴル使用人学校の校長ルフだった。
教師の一人や二人は引率として付いて来ているだろう。
そう思っていたが、校長まで来ているのは予想外だ。
校長相手には誤魔化しが効かない。さあ、どうする?
「え、えっと、私達は森の調査の為、ここを訪れました」
「ほう、森の調査とな?」
黙っていたら疑われる。奏慈は思い切って、嘘を吐き始めた。
「はい、ここは手つかずの自然が残る場所です。
もしかしたら、新種の生物が居るかもしれない」
「そ、その為に調査に来たんだ!
男が居るのも、力仕事をさせる為で!」
かなり苦しいが、現状これ以上の嘘を吐けない。
これで納得して貰い、バレる前に逃げ去るのが賢明だ。
「成程のう……ふむ、嘘じゃな」
しかし、その嘘はあっさりとバレてしまった。
「なっ、何故、嘘だと!?」
「決まっておる。そんな調査は千年前に終わっとるからじゃ。
千年前に終わった事を今更する訳がない。
それも男を連れて、というのはな」
「くっ!?」
一縷の希望が完全に潰える。
嘘を吐き、森の内部に居るのは言い逃れできない。
よくて無期懲役、最悪の場合だと死刑だ。
奏慈達には絶望の未来しか残されていない。
「……ふふふ、なんてのなんての!
冗談じゃよ冗談!!」
「えっ?」
そんな自らが生み出した重い空気をルフは吹き飛ばす。
一体、どういう事なのか? 奏慈達はついていけない。
「パンサスから話は聞いておる! ご苦労だったのう!」
「き、聞いていた!? 知り合いなんですか!」
「勿論、知り合いじゃ! 今回の作戦もわらわの提案よ!
どうじゃ、上手くいっておろう?」
その言葉に奏慈達は驚き、開いた口が塞がらなかった。
二人は密かに手を組んでいたのだ。
今思うと日程を把握し、人数分の制服を用意する。
それは手を組んでいないとできない事だ。
聞きたい事が山程あり、そこまで考えが回らなかった。
「はあ、心臓がいくつあっても足りませんわ」
「あ、あの野郎……」
それならそれで言ってくれてもいいが、相手はパンサスだ。
作戦成功に関係ないと思い、言わなかったのだろう。
その御蔭で奏慈達の寿命は少し減った。
「さて、ここから先はわらわも付いて行こう。
旅は道連れ世は情けじゃ」
「えっ、いいんですか? では、よろしくお願いします!」
「うむ! 行くぞ、若人達よ!!」
そして、その作戦にルフも乗っかる。
実力は不明だが、仲間が多いのに越した事はない。
こうしてルフを仲間に加え、奏慈達は歩き始めた。
森に詳しいルフが先頭に立ち、奏慈達を案内する。
「パンサスには困った物ね。きつく言った方がいいわ」
「そうですね。流石に目に余る行動です」
そんな中、望結とイカリは小声で何かを話していた。
それは単に報連相ができていない事が原因ではないようだ。
「さてさて、次はなんだろうな?
実は裏でウルトルクスと繋がっていました……とかか?」
「ちょっと、ボーア」
「ふん、疑われて当然だろ」
同じく小声で話すフランとボーア。その心は穏やかではなかった。
だいたいの話はフランから聞いている。
パンサスはイリディを愛し、それ故に肉人形を作った。
決して、イリディに酷い扱いをしていない。
寧ろ、自分の人生を懸ける勢いで必死に頑張っている。
「……ああ、疑われて当然だ」
「ボーア……」
だからこそ、気に食わなかった。お互いに相手の事を求めている。
それがどれほど素晴らしく、尊い事であるか。
当の本人であるパンサスは分かっていない。
それがボーアの怒りを刺激し、未だに良い印象を抱けずにいる。
「そういえば、いつから禁呪の森と言われ始めたんですか?
あまり禁呪要素を感じなくて」
そんな後ろの様子も知らず、奏慈はルフに聞く。
禁呪の森と言われるからには、何かしらの伝承がある筈だ。
そして、伝承は実際の出来事が関係している。
男云々は儀式が失敗した時の話だ。他にも理由があるだろう。
「そうじゃのう……簡単に言えば、創造神様を守る為じゃ」
「創造神を?」
「ほれ、見えてきた。あれを見い」
ルフは前方を指差し、言う……そこに居たのは。
「あれは創造神の身体!? ここにもあるのか!」
かつて、サフラー大陸で見た黒い樹皮を持った大木。
創造神の身体が目の前にそびえ立っていた。
「あれこそ禁呪の森と言われる由縁。立ち入りを禁じた理由じゃ」
「これが……理由」
奏慈は創造神の身体を見ながら、サフラーで聞いた話を思い出す。
邪神との戦いの後、創造神は眠りに就いた。
そして、身体があちこちに飛び散ったらしい。
これもそういった物の一つなのだろう。勇猛さと親近感を感じる。
「ですが、サフラーでは自由に見る事ができましたよ?
同じ創造神の身体だったら、禁じる必要はないような」
「うむ、その通りじゃ。
お身体はサフラーに居られるのと変わりはない」
「では、どうして?」
「まあ簡単に言えば、文化の違いじゃな」
サフラー大陸は人族が支配し、繁栄してきた大陸だ。
それに対し、アールヴ諸島は様々な魔族が暮らしている。
その為、戦争は無くても、考え方の違いで度々争ってきた。
創造神の扱いについても、種族によって考え方が異なる。
「オーク族とエルフ族は神聖な物であるとし、立ち入り事を禁じた。
創造神様のお身体は人間が気軽に触れていい物ではない。
そう思ったんじゃな。だが、メタイム族とヴァンプ族は違った」
「創造神様のお身体は祈りを捧げる対象。近くで祈る必要がある。
森の立ち入りに関して、両者の考えは真っ向から対立しました」
「成程、そんな事が……」
議論は長引き、最終的に折衷案でその場を収める事にした。
それが年に一度、巫女が行う儀式だ。
今では形式的な物だが、昔は種族間での争いを無くす為の物だった。
「ほっほっほ、懐かしいのう。わらわもあの時は若かった」
「えっ、もしかして?」
「うむ、わらわもその場に居た。ヴァンプ族の代表としてな!」
――ヴァンプ族。魔族の一種で、鳥の翼と鋭い歯を持つ。
翼の形は個体によって違い、その翼で自由に空を飛ぶ事もできる。
固有魔法は吸血魔術。相手の血を吸って体力と魔力を回復できる。
基本的に魔力はその人だけの物だ。吸って、回復はできない。
唯一、吸血魔術のみがその法則に逆らう事ができる。
「だが、ルフ……ううん、ルフさんには翼がありませんよね?
それに議論があったのは、もう何千年も前の話でしょう?」
「ふふ、わらわは特別なんじゃ! 試しに血を吸われてみるか?」
「い、いえ、結構です!」
「ほほほ、冗談じゃよ冗談!」
「……冗談に聞こえねえよ」
しかし、ルフにはその特徴が無い。一見すると、ただの人族だ。
魔力の多さから魔族だという事は分かるが、余りにも特異過ぎる。
本人が言うように、ルフは特別なのだろう。
「さて、ここは島の中心じゃが、ここまで何も無かったのう」
歩くこと数分、創造神の身体のあるここが島の中心のようだ。
今のところ進捗はゼロで、ウルトルクスの痕跡は見つかっていない。
「そうですね……地道に探すしかないか」
「でも、どうしましょう? 歩いて探すのは限界があります。
下手に魔力探知をして、結界に引っかかってもあれですけど」
「そうじゃのう……イカリ、意見を出しておくれ」
奏慈達が悩む中、ルフはイカリの方を見つめる。
パンサスだけでなく、イカリとも知り合いのようだ。
イカリは少し息を吐くと、ゆっくりと喋り出す。
「既に手を打ってあります。地面を見て下さい」
その言葉に従い、奏慈達は地面を見る。
すると、奏慈達が歩いたところ以外、薄い氷が張っていた。
「人が乗れば、すぐに割れる氷です。割れたら、音も響く。
その音でウルトルクスを探知します。
島全体に広げていますので、まずはこれでいきましょう」
イカリは淡々と言う。言われるより前に動いていたのは流石だ。
だが、この方法で本当にいけるのか? 島には生徒達も居る。
生徒が乗っても、氷は割れる筈だ。
生徒が割った音とウルトルクスが割った音に違いはないだろう。
「流石じゃのう。常に先を行く魔法使いの鑑じゃ」
イカリもそれは分かっている。分かった上で氷を張った。
生徒達は引率の先生と共に纏まって行動する筈だ。
つまり、割れる時は一度に複数の音が鳴るだろう。
それに対し、現在ウルトルクスは三人しか居ない。
三人が一度に行動しても、音は確実に生徒達より少なくなる。
「その音の違いを聞き分けるんですの?」
「何か魔法でも使うのか?」
「いえ、使いません。これで発生する音は特殊な物になります。
魔法使いである自分なら、容易に聞き分けれる音です」
「す、凄いですね……そんな事もできるのか」
「女帝の右腕は伊達じゃねえな」
「うふふ、でしょう?」
その言葉を最後にイカリは意識を集中し、音を聞き始めた。
それを見て、奏慈達も邪魔にならないように黙り込む。
禁呪の森は静かな森だ。葉が揺れる音すら聞こえない。
これなら特殊な音なのも相まって、かなり聞き易いだろう。
イカリはそこまで考えて実行する。本当に味方で良かった。
もし敵だったら、どこにも逃げ場は無いだろう。
「むっ、東の方に誰かが歩いています。
音の大きさからして、恐らく女でしょう」
「女か……逸れた生徒の可能性もあるのう」
数秒後、イカリは早速探知した。
ウルトルクスの三人の内、二人が女だ。
男なら確実だったが、仕方ない。
「それを確かめる為、行きましょう!」
「うむ、行こう!!」
イカリの案内の元、奏慈達は走り出す。
ウルトルクスなら、すぐに戦いになる。
奏慈達は武器を出現させ、いつでも戦える準備をした。
間もなく、奏慈達は音がした所に辿り着く。
「あっ、校長先生! 良かった……って、男の人!?」
「やれやれ、うちのバカ生徒じゃったか」
「えっと、私達が居るのは」
ルフの予想は見事当たった。
拍子抜けだが、ホッと一息吐く。奏慈達は武器を仕舞った。
だが、変に誤解されても困る……事情を説明しなければ。
「いや、今はそんな事どうでもいいんです!!
ウルトルクス! ウルトルクスが居ました!!」
「なに!?」
そう思ったのも束の間、生徒はウルトルクスを目撃したらしい。
一転して、ピリピリとした空気が流れ始める。
「ど、どこに行ったんじゃ!?」
「あそこです! あの洞の中に!!」
生徒が指差す先には大木と、その大木の洞があった。
あの中にウルトルクスが居る……奏慈達は息を呑んだ。
再度、奏慈達は武器を出現させる。油断はできない。
奏慈達は周囲を警戒しながら、洞に近付くのだった。
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