方針
「っと、ここで最後ですわね」
同時刻、フランはパンサスの研究室を訪れていた。
眠れなかったフランは屋敷中を探検して回る。
勿論、パンサスの許可を取った上での行動だ。
そうして、最後に辿り着いた場所が研究室だった。
整理され、髪の毛すら落ちていない空間。
本当にここで研究をしているのか疑問に思う。
「これは……肉人形。本当に人間そっくりですわ」
そんな研究室の真ん中にポツンと置かれたベッド。
その上にイリディそっくりの肉人形があった。
恐らく、昼間見た肉人形と同じ物だろう。
胸に大きな穴があり、目を閉じた状態で居る。
「やれやれ、困った物ですね」
そこに滑り込むようにイカリが入ってきた。
イカリはそのままベッドの前まで歩いてくる。
「何の用ですの? 許可なら取ってありますわ」
フランはイカリから距離を取りながら、そう言う。
ボーア程ではないが、フランもイカリを信じていなかった。
敵ではない……そう思いつつも、心を許せる相手じゃない。
今も何を思い、ここに来たのか全く分からなかった。
「安心して下さい。特に用はありませんよ」
「……なら、一つ聞きたい事がありますわ」
「なんでしょう? 答えられる範囲なら答えますよ」
「じゃあ、聞きますわ。
貴方の両親……その出会いを教えて下さいまし」
だが、良い機会でもある。この場に居るのは二人だけ。
言い難い事でも、今なら言い易いだろう。
この機会を逃す必要も無い。フランは真剣な表情で聞く。
「そうですね……少し長くなりますが、話しましょう」
その御蔭か、イカリは少し間を置いてから話し始めた。
パンサスとイリディの出会い……それは百年以上前のこと。
この時から、パンサスは神秘探求院の副学院長だった。
対するイリディはエーデル神学校を卒業したばかりの聖女。
接点など無く、結ばれる切っ掛けは無いように思える。
「そんな時でした。イリディが神秘探求院を訪れたのは」
各地を旅する中、神秘探求院も訪れたイリディ。
パンサスはそんなイリディを迎えるが、その時電撃が走る。
一目惚れと言っていいだろう。イリディに恋してしまった。
今まで味わった事のない感覚にパンサスはただただ慌てる。
しかし、同時にイリディを離してはいけないとも思った。
パンサスはすぐに告白する……貴方に恋をしてしまった、と。
「それでどうなったんですの?」
「これで断られたら、自分はここに居ませんよ。
イリディはその告白を受け入れました」
突然の告白にイリディは声を上げて驚く。
それでもその告白を受け入れた。
ある一つの条件をパンサスに示して。
「その条件とは?」
「わたしは聖女です。創造神様に代わり、人々に奉仕する身。
ですので、子を産んだらまた旅をしたいのです。
この世界に生きる全ての人の為に……」
イリディは生まれながらの聖女だった。
困ってる人の為なら、迷わず自分を二の次にする。
パンサスを受け入れたのも、そういう所があるからだ。
だから、一つの所に留まらず、旅をしたいと思っている。
世界中を旅しなければ、救いを求める人々を見つけられない。
「分かりました。ですが、成人するまでは家に居て下さい。
子にとって親は、何物にも代え難い物なので」
「それは勿論です。これから、よろしくお願いします」
パンサスもそれを承諾し、二人は晴れて夫婦となった。
間もなく、二人の間に子が産まれる。そう、イカリだ。
「随分と淡々に進みましたわね。何かあるものかと」
「何もありませんでしたよ。平和その物です。
だからこそ、イリディが消えた時、パンサスは……」
イカリの成人後、イリディは再び旅をし始めた……そして、あの悲劇が起こる。
通常、神聖魔法で消えた者は全ての記憶から消えてしまう。
ボーアのように魂に刻み込まなければ、覚えていられない。
だが、イカリは勿論、パンサスも覚えていた……その理由は。
「自分は自身とパンサスの先祖に魔法をかけていました。
それは記憶を維持する魔法……自分は全て覚えておくため。
先祖は子に器の製作をさせる為です。
結果、それが神聖魔法の影響を全て弾いてしまった」
全て忘れていれば、パンサスは幸せだっただろう。
だが、もしは無い。パンサスはイリディが消えた事を直感で知る。
そして、すぐにイリディを蘇らせる為に動き出した。
表向きは夢を叶えさせるため……でも、本当は自分の為だ。
悲しみという感情を消し去る為、必死に探し始める。
「意外ですわ……無感情のように見えたのは誤りでしたわね」
「自分もです。パンサスがあそこまで必死になるとは」
「……今までの口ぶりを聞くに、もしかして?」
「はい、ずっと見ていました」
イカリは魂の状態で、ずっとパンサス達を見守っていた。
弟子の子孫に全て任せる程、イカリも無責任ではない。
直接何かできなくても、予言という形で支えてきたのだ。
「それからの事は知っての通りです。
肉人形を作り、再現して蘇らせようとした」
「だけど、失敗して今に至る……か」
「そういう事です。ですが、パンサスは諦めないでしょう。
話を聞くに、イリディの意識が蘇ったそうですね?
きっと、前にも増して研究する筈です」
「……悲しいですわね」
あの出来事はボーアだけでなく、パンサスまで苦しめている。
本人は苦しんでいる自覚が無い。
イリディの夢を叶えさせる……それだけだと思っているのだ。
ボーアはいずれ、その苦しみから抜け出せるだろう。
しかし、感情に疎いパンサスはそうはいかない。
これからも終わりのない苦しみは受け続ける……そういう運命だ。
(……その苦しみから抜け出す方法が一つだけありますわ。
でも、それは……)
フランは肉人形を見つめ、答えを導き出した。
でも、それを実行すれば、また新たな苦しみが生まれる。
夜は更けていく……安らぎの時を与えないまま。
「――という訳です」
「また……嘘なのか」
場所は戻り、奏慈の部屋……丁度、話を聞き終わった所だ。
創造神が復活するには、異世界人の魂が必要……それは嘘だった。
魂を捧げなくても、奏慈が会いに行けば、創造神は復活できる。
つまり、真妃が復活の為に魂を集めていた……という話も嘘だ。
奏慈はホッとするも、同時になんとも言えない気持ちになる。
「どうして、望結は私に嘘を?
ウトさんの時のように作戦なんでしょうか?」
「いえ、作戦ではありません。貴方の為です」
「私の? 真妃を貶めてまでする事なのか……」
短期間の間に、奏慈は二回も騙された。
正直、誰の言葉を信じていいのか分からない。
だが、今はパンサスの言葉を信じるしかないだろう。
奏慈は気を落としながらも、聞き返す。
「そこまでする程の事です。
創造神様に会っても、貴方が死ぬ事はありません。
ですが、貴方から自由が無くなります」
「自由が? どういう事です?」
「……我が答えられるのはここまで。
ここから先はイカリ様の許可が要ります」
「イカリさんの許可……」
そこまで言うと、パンサスは口を閉ざした。
自由が無くなる。具体的な意味が全く分からない。
今も自由があるかと言われたら、微妙な方だ。
中光とその術者を倒す為、皆と旅をしている。
ここから更に何か変わるのか? 会う事で、一体何が?
「さて、もう寝て下さい。お身体に障りますよ」
「……そうですね、そうさせて貰います。
おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
パンサスはそう言うと、足早に部屋を出て行った。
できれば聞きたかったが、これ以上聞けそうに無い。
奏慈は横になる。良い夢が見られるようにと願いながら。
「……どういうつもり?」
「ミユ様」
そうして出てきたパンサスを出迎えたのは、望結だった。
藍と話した後、ここまでやって来たらしい。
望結はそのまま鬼気迫る表情でパンサスに迫り、小声で言う。
「分かってるの? 創造神に会えば、奏慈は終わる!
嘘を吐いてでも、遠ざけないといけないの!!
なのに、どうして嘘だと言うのよ!?」
「……その必要がないと感じたからです。
あの方は必ず、創造神様に会いに行く」
それに対し、パンサスは冷静にそう返す。
望結とイカリ……二人共、奏慈を守る為に嘘を吐いている。
しかし、それが奏慈の為になるとパンサスは思っていない。
全て言うべきではないが、嘘を吐く必要もないと思っていた。
「それに嘘を吐いたまま行かせるのはよくありません。
お二人の心証が悪くなります」
「関係ないわ! 悪くなっても、奏慈が無事なら……」
望結は膝を突き、涙を流し始める。
この世界に残ると決めた時点で、奏慈は決断していた。
それは望結も分かっている……それでも運命を変えたかった。
「……申し訳ありません」
望結は絶望し、泣き続ける……その様子をパンサスは黙って、見つめるのだった。
「皆さん、おはようございます。良い朝ですね」
「お、おはようございます……ふわああ、眠い」
次の日、奏慈達はパンサスの部屋に集まる。
昨日の話も合わせ、これからの方針を決める必要があった。
「さて、掴んだ尻尾について話しましょう。
どうやら彼らは禁呪の森に居るようです」
「禁呪の森?」
「ここから南の方にある島の森よ。
男子禁制で、貴族や王族でさえ、普段は入れない」
「そんな島にウルトルクスは居ますのね……」
――禁呪の森。一年に一度、巫女が儀式を行う島だ。
儀式は今では形式的な物になっており、意味は無い。
だが、儀式は今日まで続き、多くのルールが残っている。
その一つが男子が森に入ってはいけないという物だ。
男の纏う魔力が儀式を失敗させ、世界に災いを齎す。
「よし、今から行きましょう!」
「……話聞いてたか? 男は入れないんだぞ」
「たぶん、意味が分かってない」
その為、森全体に強力な男除けの結界が張られている。
もし入ろうとしても、その結界で弾かれてしまうだろう。
「で、では、どうすれば?」
「方法はあります。でも、それには準備が必要です」
「じゃあ、待ってる間、何をすればいい?」
「そうですね……闘技大会が今日から始まると聞きます。
見てきたらどうでしょう?」
「闘技大会?」
パンサスのその発言に全員が首を傾げる。
しかし、名案かもしれない。ここ数日、色々あり過ぎた。
少し休憩してもいいだろう……奏慈達の方針はこうして決まった。
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