家族
「ボーアさん、今です!!」
「ああ、これで決める! 槍戯!!」
ボーアは奏慈の後ろから思いっきり槍を投げた。
目論見通り、槍戯は無事に発動する。
「あ、あれが槍戯なのか? 思ったよりも……」
「ええ、威力自体は低いですわ」
槍はパンサスに向かって、一直線に飛んでいく。
一見すると、それはただの槍にしか見えない。
最初に投げた時よりも威力が無いように見える。
(話には聞いていましたが、凄まじいですね)
しかし、槍戯の本質は込められた死の概念だ。
ありとあらゆる死が込められ、絶対の死を与える。
どんな守りも加護も槍戯の前では障害にならない。
さらに発動すれば、必ず誰かに当たる。
サモンウェポンであっても、それは変わらない。
「ですが、それに当たるほど弱くありませんよ」
「なに!?」
「ふ、二人が!?」
パンサスはそう言うと、勢いよく指を鳴らした。
その瞬間、ボーアとパンサスの位置が入れ替わる。
一体、何が起こった? 突然の事に奏慈達は驚く。
(分からないようなので、教えてあげましょう)
盤上魔法と心話を使い、パンサスは語り出す。
入れ替わったように見えたボーアとパンサス。
正確に言うと、入れ替わった訳ではなかった。
二人が円を描くように滑り、そう見えただけ。
(す、滑っただと!? ま、まさか!)
(ええ、戦闘前に仕込んでおきました)
仕組みはこうだ。少しずつ地面を凍らせる。
それも真っすぐではなく、傾斜を付けて。
こうすれば、時が戻った時に二人は滑り出す。
時が戻った分だけ、凍った部分が無くなるからだ。
あとはバランスを崩し、傾斜に沿って滑っていくだけ。
(槍戯は必ず当たる一撃必殺の呪文。
ですが、それは対象を指定していません。
槍の先に居るなら、味方であろうと狙う。
その特性を利用させて貰いました)
(全て、計算通りだったのか……)
(はい。さて、そろそろ時間ですね。
盤上魔法でも、これ以上は話せません。
自分の攻撃に当たって貰いましょう)
(くっ!?」
語り終えると同時に、槍は再び動き出した。
盤上魔法は俯瞰して、戦場を見る魔法。
その為、見ている間、ゆっくりと時が流れる。
「ボーアさん、避けて!!」
「む、無理ですわ!? あの距離だと!」
「ちっ、な、何もできねえのかよ!?」
それが解けた今、槍はボーアに向かって飛ぶ。
避ける事など出来ない。何をしても無駄だ。
サモンウェポンの御蔭で死ぬ事は無いだろう。
だが、最低三カ月は眠り続ける事になる。
最悪の場合、一年以上……ボーアの負けは決定した。
「だ、駄目だ……駄目よ!!」
「えっ?」
その時だった。肉人形がボーアの前に飛び出す。
今まで静かに見守っていたのに、いきなりだ。
「きゃあああああ!!」
「ま、まさか……おねえさんなの!?」
槍はそのまま肉人形に命中し、死を与え始めた。
肉人形は叫び声を上げ、顔を歪ませていく。
その姿は先程までと違い、まるで人間のようだ。
間もなく、肉人形に全ての死が注がれた。
「ふ、ふふふ、良かった……君が無事で」
「や、やっぱり、おねえさんだよね?
おねえさん、なんで!?」
ボーアは肉人形から槍を抜くと、抱き上げる。
その眼差しは優しく、子供の頃に戻っていた。
「き、決まってるでしょう? 君を……守る為よ」
「ま、まもってもらわなくてもよかった!!
また、おねえさんをうしなうくらいなら……」
「本当に良い子……命を使う相手が君で良かった」
肉人形はそう言うと、ボーアの頭を優しく撫でる。
言動と表情……どちらも先程まで無かった物だ。
間違いない。今の肉人形は自分の意思を持っている。
でも、どうして? 何故、今になって得たのだろう?
「こ、これは!? あれじゃあ、まるで!」
「……イリディ様その物ですわね」
奏慈達はその光景を見て、イリディの姿と重ねる。
今の肉人形は、話に聞いていたイリディその物だ。
ボーアの危機を見て、復活したとでもいうのか?
「だ、だけど、どうやって?」
「……分かりませんわ。本人に聞くしか」
「ふむ、面白い」
対照的にパンサスは笑顔を浮かべ、楽しそうだ。
人間らしい表情をここに来て、やっと見せた。
「ねえ、お願いがあるの……聞いてくれる?」
「きく! きくから、しなないで!!」
ボーアは肉人形をイリディと思って接している。
誰よりも傍に居たボーアなら、間違える筈が無い。
つまり、今の肉人形はイリディと思っていいだろう。
「ふふ、ありがとう……じゃあ、言うね?
パンサスを……許してあげて」
「なっ、どうして!? 奴は貴方を!」
「ううん、言葉は足りないけど、良い人なの。
だから、二人が戦う必要は無いわ」
だが、それ故にボーアは苦しんでいる。
命の恩人をこの手で傷付けた……それも槍戯によって!
死の苦しみを再び与えてしまったのだ。
今のボーアの心中は察するに余りある。
「わ、わかった……だから、しなないで!
ボクを……置いて行かないでくれ!!」
「……ごめんね。それはできないの。
今、こうして話せているのは奇跡だから」
「そ、そんな……」
再会を齎す奇跡は、死によって終わろうとしていた。
ボーアは傷痕を押さえる。でも、止まらない。
イリディの目は閉じていき、最期の言葉を紡ぎ出す。
「また会えて、良かったわ。
創造神様……ありがとうございます。
さようなら、ボーア君」
「や、やだ! やだ!!」
イリディの優しい言葉がボーアの声で掻き消される。
行かせたくない。行かせたくなかった。
ボーアはイリディを抱き締め、次の言葉を待つ。
その口が動かない事を理解しながら。
「くっ、遅かったようですね……」
「うん、そうみたい……」
そこに銀の扉が出現し、イカリと望結が現れる。
二人は状況を確認すると、息を吐きながら言う。
「悪いけど、こっちに来てくれる?
ここだと説明し難いから」
「……分かりました」
気分は乗らないが、ここに居ても辛くなるだけだ。
ボーアと肉人形に肩を貸し、奏慈達は歩き出す。
これ以上、悲劇が起こらない事を祈って。
「――損傷が少ないですね。
腹に穴が開いた以外、どこも壊れてない」
「パンサス、後にしろ……カンナギ達に説明する」
「了解しました」
銀の扉の先は広々とした寝室だった。
内装は豪華で、王様が寝るようなベッドもある。
そのベッドに肉人形を寝かせ、奏慈達も腰かけた。
ベッドは柔らかく、温かな日の匂いもする。
奏慈達の心は少しだけ明るくなった。
「単刀直入に言います。パンサスは自分の父です」
「なっ!?」
だが、それもイカリの一言で終わりを告げる。
共通点はあった。喋り方とか使う魔法だとか。
それでも親子とは思わないだろう。
奏慈達は開いた口が塞がらず、驚く事しかできない。
「とは言っても、それは形式上の話です。
パンサスを父だと思った事は一度もありません」
「同じく、我もイカリ様を子だと思った事は一度も無いです。
復活のお手伝いをした……ただ、それだけ」
「復活? どういう事ですか?」
「器ですよ。そこの肉人形と同じ」
イカリの転生は予め計画された物だった。
転生自体は時を待てば、誰でもできる。
しかし、力を維持するとなると難易度は段違いだ。
その時の力は努力と才能からなる一点物。
才能が伴わなければ、かつての力は再現できない。
「そこで考えたのが器の製作です。
力のある魔法使いとして復活できる器。
自分の弟子だったパンサスの先祖に頼みました。
子を作り、いつか器を完成させてくれと」
「と、とんでもねえな……まるで悪役だ」
「倫理的に問題があるのは分かっています。
それでも世界を守る為、こうするしかありませんでした」
真妃……そして、新たに出現したウルトルクス。
その二つと戦うには、どうしても力が要る。
イカリは全て承知の上で、器の製作を決定した。
遠い未来の為、全てを捨て去る覚悟を持って。
「その話はもういい。
お前はパンサスが父である事を隠していたのか?」
だが、今のボーアにとって、そんな事はどうでも良かった。
聞きたい事は他にある。一つ目は言わなかった理由だ。
おぼつかない足取りで、ボーアはイカリに詰め寄る。
「その通りです。
ですが、あの場で言っても混乱するだけでしょう。
だから、連れてきてから説明する予定でした」
「だが、パンサスは外に居た。
気付かなかったのを見るに、魔力を隠していたのか」
「はい、隠していました。
ウルトルクスに気付かれる訳にはいきませんからね」
パンサスは調査の為、魔力を隠して動いていた。
肉人形も当然隠しており、探知できないようにしている。
結果、そのせいで入れ違いが起こってしまった。
「お前にも聞こう。この肉人形は何だ?
何故、聖女イリディを再現している?」
それが分かると、ボーアは次の話題に移る。
近くに居たのなら、肉人形の存在を知っていた筈だ。
また、製作に関わっていた可能性もある。
聞かない訳にはいかない。ボーアはさらに詰め寄った。
「夢を叶えさせる為です」
「夢? どういう事だ!?
パンサスは子を産ませる為だと言っていたぞ!!」
「それは本題ではありません。あくまで、できればの話です」
「では、その夢とは一体?」
「彼女の夢……それは聖女として、世界中を旅する事でした。
誰かの為に働き、笑顔を増やす……それを一生続けたいと」
「は、初めて聞いた……」
イリディらしい素晴らしい夢だ。
本人の性格を考えると、嘘とは思えない。恐らく、本当だろう。
しかし、その言葉を信じたくなかった。嘘吐きのイカリの言葉だ。
ボーアは嘘を暴く為、続けて聞く。
「どうして、イリディ様の夢を知っている! お前達は他人だろ!?」
「違います。聖女イリディは……自分の母です」
「えっ」
周囲の空気が凍り付く。一瞬、何を言ったか分からなかった。
だが、これで全て繋がる。そっくりに作れたのは母だから。
夢を知っていたのも、家族なら聞く機会はいくらでもある。
パンサスはその夢を実現する為、イリディを再現して作った。
倫理的に問題はあっても、パンサスは悪人ではなかったのだ。
「嘘だ……嘘だ!!」
真実を目にし、ボーアは声を荒げて否定する。
ボーアにとって、それは余りにも残酷な真実だった。
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