怒りと殺意
「貴様、何者だ! どうしてイリディ様が生きている!?」
ボーアは混乱していた。自分の目の前で消えたイリディ。
そのイリディが生きて、目の前に居る……訳が分からない。
だが、復活にフードの男が関わっているのは間違いなかった。
ボーアは怒号を上げると、そのままフードの男に掴みかかる。
「止まりなさい。パンサス様に近付く事は許しません」
そんなボーアの前にイリディが立ち塞がった。
その動きは速く、誰一人として目で追えない。
「なっ、パンサスだと!?」
「じゃあ、あの人が例の!」
しかし、その事よりも男の正体の方が衝撃的だった。
パンサス……同姓同名で無ければ、神秘探求院の副学院長だ。
今一番会いたかった人物が、会えない筈の人物と共に現れた。
ボーアは勿論、奏慈達も混乱し始める。
「成程、どうやら訳ありのようですね。
ですが、ここでは迷惑になります……付いて来なさい」
対照的にパンサスは至って冷静だった。
顔をピクリとも動かさず、淡々と話を進めていく。
その姿はまるでロボットのようで、どこか不気味だ。
「……ボーアさん、どうしましょう?」
「決まってるだろ……奴を追う。
聞きたい事は山程あるからな」
そのパンサスの後を奏慈達も続き、歩き始めた。
間もなく、奏慈達は町を離れ、波止場に辿り着く。
「ここなら良いでしょう。さて、何から聞きたいですか?」
パンサスは振り向くと、無表情のまま語りかける。
言葉通り、質問には答えていくつもりのようだ。
これなら話は早い。ボーアは深く息を吐きながら、口を開く。
「最初に聞きたいのは、そこに居る聖女イリディについてだ。
彼女は消えた……ボクを救って、消えた筈だ。
その聖女が何故、貴様の隣に立っている!!」
ボーアは怒号を上げながら、イリディを指差す。
雰囲気こそ違うが、その見た目はあの時と何一つ変わらない。
時でも止まっているかのように、そっくりそのままだ。
年で見た目が変わり難いこの世界でも、明らかに可笑しい。
「ふむ、その答えはとても簡単です。
これは聖女イリディではありません」
「なに!? じゃあ、一体なんなんだ!」
「肉人形です」
「えっ、肉人形!?」
そうして返ってきた答えは、奏慈達に大きな衝撃を与える。
奏慈達は術者の情報を求めて、神秘探求院を目指していた。
肉人形である中光達を倒すには、術者を倒すしかない。
そんな中、肉人形の術者が現れた。
関係あるかは分からないが、もしそうなら渡りに船だ。
ここで倒せば、全ての問題を解決できる。
「で、でも、どうやって?
魂に刻み込んで覚えていても、似せて作るのは難しい筈……」
「通常ならそうですね。神聖魔法によって、彼女は消えた。
概念ごと消滅した彼女を再現するのは、並大抵の事ではない」
「なら、どうやって?」
「簡単な事です。我が天才だからだ」
周囲の空気が凍り付く。恐らく、冗談で言ったのではない。
本気でそう言って、実際に成し遂げたのだろう。
「そんな簡単に死んだ人間を再現するなんて……」
「し、信じられねえ……」
奏慈達にとって、その答えは何よりも許せない物だった。
イリディは自分の存在と引き換えにしても、ボーアを救った聖女だ。
そのイリディを軽い気持ちで再現し、使役するのは冒涜としか言えない。
「何故、怒っているのですか? 生憎、感情には疎い物で」
それに対し、パンサスは不思議そうに首を傾げる。
本当に分からないのだろう。奏慈達は増々、苛ついた。
「分かりました……理由が必要なんですね?
理由も簡単です。我の子を産ませる為だ」
「こ、子供!?」
パンサスはそれに気付かず、さらに爆弾を放り込む。
ボーアを一人で救出したイリディは、聖女の中でも優秀な方だ。
天才を自称するパンサスからしたら、優良物件なのは間違いない。
しかし、イリディは消えてしまった。だから、作ったのだろう。
「でも、これは失敗作です。見た目や中身は再現できました。
ですが、魔力や性格までは再現できていない。
再現するには彼女の魂が必要になる……本当に惜しいです」
パンサスは肉人形の頭を撫でながら、本当に残念そうにそう言う。
人の生き死にを気にしていない。もしくは分からないのだろう。
分かっていたら、作ろうとは思わない……本当にロボットのようだ。
「……もういい。よく分かった」
「おお、分かって頂けましたか!」
「ああ……お前をぶっ殺す!!」
ボーアは信じたかった。似せて作ったのは、何か理由があると。
確かに理由はあった。だが、それはボーアの神経を逆撫でする。
パンサスは死を冒涜し、イリディの尊厳を損なった。
許す訳にはいかない! 怒りは解放され、殺意に変わる。
「ううん? どういう意味ですか?」
「こういう意味だ!!」
それでも分からないパンサスに向かって、ボーアは槍を投げた。
槍は空気を切り裂き、嵐を起こす程の風を巻き起こす。
その威力は絶大だ。当たれば、ただでは済まない。
「成程、怒っているんですね」
「くっ!?」
そんな槍を肉人形は片手で受け止め、パンサスは涼しい顔で立っていた。
流石にフードは弾け飛んでいるものの、どこも傷ついていない。
イリディに似せてるだけあって、実力も相当高いようだ。
そして、それを操るパンサスの実力も高いと思っていい。
「全員、武器を構えろ! コイツはここで倒す!!」
「言われなくてもそのつもりです!」
「アタシ達の気持ちは同じですわ!」
「ああ!!」
だが、怖気づくつもりは無い。奏慈達も戦う決意をした。
二人の実力はどれほど高くても、ここでパンサスを倒す。
「パンサス様、お下がり下さい。この者達の相手は私が」
「いえ、一人で相手をします。彼らの怒りの矛先は我です。
その怒りを処理してあげるのが今の我の仕事でしょう。
それに君が傷つくのを、彼らも見たくない筈です」
「……了解しました」
それに対し、パンサスは一人で戦うと言う。
肉人形は渋々、少し離れた所から戦いを見守る事にした。
相手は四人……肉人形を入れても、数だけ見れば不利だ。
にも拘らず、さらに数を減らした。余裕の表れなのだろうか?
「さあ、来なさい。魔法使いの戦いという物を教えてあげましょう」
「ほざけ!」
こうして、奏慈達とパンサスの戦いは始まった。
しかし、パンサスは腕を組んで立ち、全く動かない。
先程の言動と合わせ、完全に奏慈達を下に見ている。
これなら先制攻撃し放題……どんな攻撃も当たりそうだ。
「そう見せるのが魔法使いの戦い方です」
「うっ、身体が!?」
そう思った瞬間、奏慈達の足が突然動かなくなった。
夢幻魔法ではない……物理的に何かに押さえつけられている。
「い、一体、何が?」
「全く動けねえ……」
奏慈達はすぐに足元を見ようとするが、今度は首が動かない。
パンサスは目の前に居る。さっきから一歩も動いていない。
あの距離から拘束するのは不可能な筈だ。
「少し緩めてあげましょう。よく見て下さい」
「こ、これは!」
奏慈達は今度こそ足元を見る。そこには氷があった。
それも足をすっぽりと覆った長靴のような氷だ。
首も見れば、マフラーのように氷が巻き付いている。
何故か冷たさを感じない。気付くのに遅れたのは、そのせいだ。
「どうして、我が波止場まで来たと思う?
こうなる事を予め予想していたんです。
町の中とここでは空気中の水分量が違う。
勝敗というのは、準備の段階で既に決まっている」
「だ、だけど、凍ったら気付く筈……」
「それも簡単な事です。冷たさに慣れてしまったんですよ」
パンサスはここに来る道中で、既に奏慈達を凍らせていた。
とは言っても、それは目に見えないような小さな物だ。
太い血管の近くに氷の結晶を作り、徐々に慣らしていく。
「ですが、頭は冷えなかったようですね」
「き、貴様!!」
そうして戦いが始まる頃には、かなり慣れた状態になった。
後は好きな時に凍らせるだけ……完全に掌の上だ。
「ま、まだですわ!」
それでも、やられっぽなしという訳にはいかない。
フランは爆発魔法で氷を吹き飛ばし、拘束を解除する。
これで自由だ。奏慈と藍は走り出し、一気に距離を詰めた。
「今度はこっちの番だ!」
「食らえ!!」
正面から藍が向かい、側面からは奏慈が斬りかかる。
どちらかに対応すれば、もう一方は防ぐ事はできない。
息のあったコンビネーション攻撃だ。
「それも読んでいますよ」
「は、柱が!?」
だが、その攻撃は氷の柱によって阻まれる。
パンサスを囲むように生えたそれは、どこかで見た事があった。
「まさか、これはイカリさんが使ったのと同じ!?」
「おや、学院長をご存じなのですか? なら、話は早い。
この氷の塔は時と時の間に打ち込まれた楔。
崩壊すれば、時も巻き込んで崩壊させます。
貴方達に攻略できますか? 無理なら諦めて下さい」
「へっ、冗談キツイぜ……」
氷の塔の恐ろしさはよく知っている。奏慈達は過去の記憶を辿った。
初めて使用されたのは、奏慈とイカリの戦い。
その時は、イカリが引き分けを宣言し、戦いが終わる。
次に使用されたのは、イカリとフィーの戦いでのこと。
フィーは魔力切れを狙い、何度も何度も塔を破壊した。
「でも、今のアタクシ達に何度も塔を破壊する火力はありませんわ。
魔力切れを狙って、長期戦できる体力も無いし」
「それに例え攻略できても、戦いが終わる訳じゃない」
「ああ、次の策を用意している筈だ」
しかし、その戦法がパンサスに通用するとは思えない。
イカリとフィーの戦いでも、結局負けてしまっている。
氷の塔はあくまで、時間稼ぎの魔法で攻撃魔法ではない。
パンサスなら攻略を予想し、次の罠を仕掛けているだろう。
「……『槍戯』を使う」
それに対し、ボーアが取ろうとした行動は槍戯だった。
――槍戯。フォチャード家に伝わる呪文の一つだ。
自身の魔力を全て消費する代わりに、必ず相手を倒せる。
氷の塔で守られていたとしても、貫通して倒せるのだ。
「な、何を考えてますの!?
あの魔法は当主しか使えない! それを今使うのは!!」
「他に攻略手段があるのか!? 無ければ、黙っていろ!」
だが、全ての魔力を消費するのは自殺行為に等しい。
マナによって身体を蝕まれ、二度と槍を握れなくなる。
「……フランさん、やりましょう」
「か、カンナギ!? ほ、本気で言ってますの?」
「本気です。ボーアさんは覚悟を決め、その選択をしました。
なら、共に戦う私達も覚悟を決めるべきでしょう」
「か、覚悟を……」
いつもなら止める立場の奏慈も、今回に限っては手伝う。
ボーアの怒りはパンサスを倒すまで続く。
抑えつけても悪化するだけだ。なら、共に戦うべきだろう。
それが今のボーアを救う唯一の方法になる。
「ふん、今だけは感謝してやる……さあ、行くぞ!」
「はい!」
二人は走り出した。奏慈が前に立ち、ボーアが後ろに付く。
槍戯が発動するまでの間、奏慈が盾になる戦法だ。
これなら確実に発動する。パンサスを倒せる筈だ。
(時戻しは自分で解いても発動するのですよ。
それを見せてあげましょう)
しかし、それすらもパンサスは読んでいた……戦いはまだまだ続く。
そう思われた。
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