恋人
「固まってるところ悪いが、説明して貰おうか。
マキは一体、何者だ?」
周囲が凍り付く中、ボーアは呆れた様子でそう言う。
散々他人の修羅場を見せられた挙句、新たな女の出現。
ボーアからすれば、どうでもいいし、面白くなかった。
それでも、この状況を変えるには聞くしかない。
一日中、奏慈を探して歩いたのだ。今日はもう眠りたい。
「分かりました……まずは私から説明します」
その言葉に、最初に答えたのは奏慈だった。
奏慈はゆっくりと喋り出し、皆はその言葉を黙って聞く。
――黒柳真妃。奏慈の幼馴染で、彼女だった人物だ。
その関係は長く、幼稚園から高校までずっと一緒だった。
また奏慈に好意を持ち、愛の言葉を囁き続けたという。
その為、奏慈は中学の時に折れ、晴れて恋人同士になる。
「それから……どうなったんだ?」
「……言わなくても分かるだろ?」
「あ、ああ……一応、聞きたくて」
そこから一線を超えるのも早く、深く愛し合うようになった。
これも真妃から誘われた物で、奏慈の意思ではない。
だが、嫌ではなかった。奏慈も好意を持ち始めていたのだ。
一心に自分の事を愛し、尽くしてくれる美しい女性。
好意を持つのは当然であり、断る理由も存在しない。
「だけど、その日々も長く続きませんでした」
「何があったんですの?」
「……突然、真妃が行方不明になったんです」
真妃は元々、真面目なタイプではなかった。
学校に行くのも奏慈に会う為で、授業中は眠っている。
それでも連絡が取れなくなった事は一度も無い。
寧ろ、しつこく連絡してくる方だ。これは可笑しい。
流石に心配になり、奏慈は真妃の家に行く事にする。
「でも、僕が目にした光景は信じられない物でした」
「……一体、何を見たんだ?」
「家が……家が無くなっていたんです」
奏慈は幼稚園の頃から、真妃の家を何度も訪れている。
その数は百を超え、自分の家のようによく知っていた。
そんな家がただの駐車場に変わっている。
家があった痕跡も無く、この世界から忽然と消え去った。
「勿論、すぐに周囲の人や役所に問い合わせしました。
でも、返ってくる言葉はそんな家は存在しない。
さらに真妃の事を覚えている人が僕以外居なかった。
つまり、幻想の存在だったんです……今までは」
「……成程、そういう事か」
イマジナリーフレンド……そういう言葉が存在する。
それは幼い時に見る空想上の友達で、実際には存在しない。
奏慈はその言葉を知った時、真妃はそれに似た存在だと思った。
思い返してみると、真妃はずっと奏慈の傍に居た。
他の人と喋ったり、遊んでる所を見た事が無い。
今まで疑問に思っていなかったが、それが可笑しかった。
真妃は空想上の恋人……これなら全て説明がつく。
「なのに、どうして真妃の事を知ってるんだ!?
真妃は僕しか知らない……唯一の存在だったのに!」
「奏慈……」
奏慈は真妃を空想上の存在として処理した。
そう思う事で、真妃を失った悲しみを消そうとしたのだ。
また、居なくなったのは自分のせいだと思わなくていい。
真妃は夢で、夢から醒めて消えてしまった。
ただ、それだけのこと……だったのに、現実に変わった。
それも恋人の手によってだ……奏慈は再び苦しみ始める。
「次はアイさんの番です。ボク達に教えて下さい」
「……分かった」
藍は奏慈を横目に見ながら、ゆっくりと話し出す。
話すべきか迷ったが、黙っていても前には進めない。
奏慈には酷だが、これが一番良い方法だと思った。
「夢の中で出会った創造神……不思議な話ですわね」
「ああ、オレもただの夢だと思っていたよ。
でも、このガントレットを見て、違うと気付いた。
オレは真妃に会い、これを受け取ったんだ」
藍は自身の右腕を見つめながら、そう確信する。
何もかも唐突で、荒唐無稽。あの時は夢だと思った。
真妃の名や容姿は初めて見たが、夢の延長なのだと。
しかし、現実だった。この右腕がその証拠だ。
「だけど、分からない事がありますわ。
マキは何故、カンナギの前に現れなかったのでしょう?
話を聞く限り、マキは今でもカンナギの事が大好きの筈」
「確かに……何でだ?」
同時に疑問も生まれる。真妃が創造神なら、その力は絶大だ。
藍に会えた以上、奏慈に会う事も難しくない。
何故、奏慈に会わなかったのだろう? 二人は頭を悩ませる。
「同姓同名の別人……いや、それは無いな。
カンナギを知るマキがそう何人も居る訳が無い」
「ううむ、何故なんでしよう?」
「もしかしたら……皆、オレの考えを聞いてくれ」
藍は思い出す。真妃は『時間が無い』と言っていた。
そして、また会った時に全て話すとも言っている。
奏慈の話と合わせると、何かに追われてるのかもしれない。
追われているのだとしたら、居なくなったのも説明がつく。
奏慈を巻き込まない為に、何も告げずに消え去ったのだ。
会わなかったのも、奏慈を巻き込まない為の苦渋の決断。
真妃は奏慈の為、今もどこかで戦い続けているのだろう。
「彼女はそんな女じゃないわ」
「えっ、何か知ってるのか?」
その考えに望結は待ったをかけた。望結は続けて言う。
「奏慈には悪いけど、真妃は最低な女よ。
そこまで人の事を考えたりしない」
「み、望結! いくらなんでも、それは!」
「……藍、大丈夫だ。そのまま続けてくれ」
「そ、奏慈……もういいのか?」
「ああ、平気だ」
ここで、奏慈も話に復帰する。藍の考えの御蔭で少し元気になったようだ。
しかし、顔色は変わっていない。まだ休んでいた方がいいだろう。
「その最低な女というのは、自分達の創造神だからか?
それとも他の理由があるからか?」
だが、ボーアは単刀直入に聞く。奏慈を気遣う様子は全く無い。
「……そこまで分かってるなら、話すしかないわね」
「ボーア、どういう事だ?」
「はあ、まだ分からないんですか?
カンナギを帰そうとした理由……それがマキだったんですよ」
「な、なに!?」
衝撃の事実だ。全て、真妃から始まっていた。
藍は驚き、次の言葉が出てこない。それでも望結は続けた。
「そもそも、この世界の創造神がどうなってるか知ってる?」
「えっ? た、確か、邪神との戦いの後、眠りに就いて」
「なら、どうやって異世界人に加護を与えているの?
眠っていたら、できないと思うけど?」
「そういえば、そうですわね……」
こうして、話し出した望結は皆に疑問を投げかかる。
確かに考えた事は無かった。どうやって与えているのだろう?
「その答えは、起きているからよ」
「お、起きてる!? で、でも!」
「正確に言うと、未来の……起きている創造神が与えているの」
「未来の創造神?」
「ええ、そうよ。この世界の創造神は時間や空間を超越する。
遥か未来から私達を見守っているという訳ね」
「……銀の扉に、カンナギの時空間魔法。確かに納得ですわ」
信じられない話だが、二人に与えた魔法を見ると本当のようだ。
この世界の創造神は未来から干渉し、人々を見守っている。
藍達は息を飲みながらも、その優しさに心が洗われた。
「だからなのか、創造神を愛した者が居るの」
「……まさか」
「そう、私達の創造神……真妃よ。
真妃はこの世界の創造神を起こす為、奏慈を必要としている」
「どういう事だ? 何故、カンナギが要る?
未来の起きている創造神も居るだろ」
「真妃は未来に干渉できないの。だから、今を起こすしかない。
そして、起こすには二つの物が必要……一つは銀の扉。
隔離された空間に創造神の本体があるの」
「じゃあ、もう一つは?」
「……異世界人の魂よ」
「なっ!?」
藍達に衝撃が走る。魂……それは生き物にとって、命その物だ。
真妃は創造神を起こす為、奏慈を犠牲にしようとしている。
「ま、待て! なんで奏慈なんだ?
異世界人なら、今までも一杯居ただろ!?」
「そうよ、一杯居た……だから、奏慈が最後なのよ。
最後の一人である奏慈の魂で創造神は目覚める。
奏慈がこの世界に来たのも偶然じゃないの」
「くっ、くそ!」
異世界人の多くは自殺した者で、他も悲惨な死を迎えたもの。
この世界の創造神がそういう者達の為に世界を開いていた。
真妃はそれを利用し、今まで多くの異世界人は送り込んできたのだ。
奏慈はその最後の一人……奏慈が創造神と会う事で、目的は達成される。
「この世界の創造神は……何もしてないのか?」
「してない、というよりできないのよ。
自分が起きたのは、真妃が魂を送り込んだから。
それを変えると未来の自分は消え、今に干渉できなくなる。
止めたくても、創造神にはどうしようもない」
「ちきしょう! 掌の上って事かよ!!」
起きる事が確定している以上、真妃の勝ちは決定的だ。
あと、どれくらいの時間を稼げるか? それだけに過ぎない。
「でも、今は動きを止めてくれてる。
だから、チャンスは今しかないの! 言う事を……聞いて」
「望結……オレからも頼む! 元の世界に早く帰るんだ!!」
望結の話を聞き、藍は考えを改めた。
離れるのは辛いが、死んで欲しくもない。
二人は奏慈の方を向き、頼み込んだ。
「……つまり、あの男は真妃の部下だったのか?」
「そ、そうよ……腹心の部下の一人」
「そうか……なら、僕は帰らない」
「えっ!?」
予想外の言葉に二人は絶句する。本気で言ってるのか?
二人はすぐに口を開き、捲し立てるように言う。
「この分からず屋!! ここに居たら、死んじゃうのよ!?」
「そ、そうだぞ! だから、早く元の世界に!!」
「分かってる! 正直、混乱してて、夢を見てる気分だ!
だけど、これは変わらない……僕はこの世界に残る!!
残って、真妃と戦う! これ以上、犠牲者を出させない!!」
「……奏慈、お前って奴は」
奏慈が駄目なら、別の人間……真妃なら、そうするだろう。
そして、次の犠牲者は二人かもしれない。
二人も異世界人だから可能性はある。なら、帰る訳にはいかない。
ここで真妃を倒す……それが最善の手だと、奏慈は思った。
「運命は……運命は変わらないのね」
その決断に望結は歯ぎしりする。こうなったら変わらない。
意気込む奏慈を余所に、望結の心は沈んでいった。
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