親友
「女帝? 最初の異世界人?
一体、何の話をしてるんだ?」
皆が黙り込む中、奏慈は声を荒げて言う。
奏慈だけが言葉の意味を理解できなかった。
いや、皆も正確には理解できていないのだろう。
理解できていれば、望結にこう聞く筈だ。
『貴方がエーデル帝国を建国したのですか?』と。
「ふむ、ここからは自分が説明しましょう。
その方が理解し易い筈です」
「えっ、イカリさん?」
「何か知ってますの?」
しかし、次に口を開いたのはイカリだった。
予想外の登場に奏慈は勿論、フラン達も驚く。
イカリはこの世界の人間で、望結との接点は無い筈だ。
代わりに説明する義理も理由も存在しない。
「黙って聞いてて、すぐに分かるわ」
「わ、分かった。
説明、よろしくお願いします」
だが、望結はイカリを後押しするようにそう言う。
その様子を見るに、心の底から信頼しているようだ。
二人は一体、どういう関係なのだろう?
「さて、話していきましょうか。
カンナギも居るので、まずは基本的な所から……」
それを聞く前に、イカリはゆっくりと話し始めた。
エーデル帝国。異世界人によって建国された始まりの国。
アルマ王国の北に位置し、千年以上の歴史と文化を持つ。
この国から多くの国が独立し、今の世界を形作った。
「ふむ、エーデル帝国は宗主国なのですか?」
「昔はそうでしたね。今は対等な関係になりましたが」
「……話を続けるわよ」
また、エーデル帝国を語るなら、忘れてはいけない話がある。
それは建国の始祖である異世界人の話だ。
その正体は謎に包まれており、資料も殆ど残っていない。
辛うじて分かっているのは女であり、子が居なかったということ。
そして、晩年は後継者に後を任せて去って行ったという事だけだ。
「その話はおばあちゃんに何度も聞きましたわ。
アタクシが異世界人に興味を持った理由その物ですもの」
その正体不明の女帝こそ、初めてこの世界に現れた異世界人だった。
女帝の登場以降、多くの異世界人がこの世界に現れるようになる。
「成程、やっと意味が分かった……そりゃ、驚く訳だ」
だから、望結の言葉を聞いた時、フラン達は自分の耳を疑った。
近年の研究では、女帝は存在しなかった。その見方が主流だ。
確実な資料が無く、名前も分かっていないのだから仕方ない。
しかし、望結は銀の扉を使った。目の前で使って見せたのだ。
それが何よりも雄弁に語っている……望結がその女帝だという事を。
「じゃ、じゃあ、イカリはもしかして!」
「はい、女帝に仕えた魔法使いです」
「やっぱり!」
となると、それを説明していたイカリもただ者ではない。
かつて、女帝の傍には凄腕の魔法使いが居たという。
その魔法使いは女帝の右腕と呼ばれ、力を揮っていたそうだ。
「アタシ、あれ大好きなんです!!
女帝に告白するも、今は止めておこうと振られる。
でも、思いは止まらず、抱き寄せて!」
「……すみません、今はその話はちょっと」
さらにその魔法使いは女帝と恋仲だったとも言われている。
詳しい事は分からないが、反応を見るにそうなのだろう。
「そういう事でしたか。
あの時、戦いを挑んできたのはそういう」
「……ご想像にお任せします」
「はあ、そんな事をしてたのね」
そして、初めてイカリと出会った時の事も今なら分かる。
あの時は示し合わせて、船に乗り込んだのだと思っていた。
でも、実際は告白された時の事を聞き、嫉妬したのが原因。
偶然同じ場所に居た結果、二人は出会ってしまったのだ。
「運命的ですわね!!
突然、自分の愛する女性に告白した男が現れる!
嫉妬の炎が揺らめき、冷静さを欠いて勝負を挑む!
正に男と男の戦いですわ!!」
そんな話を聞いたら、当然フランは興奮する。
さっきから興奮しっぱなしだが、収まる様子は無い。
その様子を横目に見ながら、奏慈とイカリは呆れる。
「……イカリさん、ごめんなさい。
フランさん、興奮するとこうなので」
「うん、だいたい分かりますよ……」
「すみません……でも、良かったです。
望結にそういう人ができて」
でも、奏慈は同時にホッとしていた。望結は今、充実している。
望結は歌が好きで、歌手をしてみたいと度々言っていた。
その夢は前の人生では叶えられなかったが、今は叶えている。
辛い事があっても、それを乗り越えて進んで行ったのだ。
「……僕は必要なかったのかもしれないな」
奏慈は自嘲気味にそう言う。それに対し、望結は一呼吸置いて答えた。
「ううん、そんな事は無いよ……奏慈が居たから、今の私がある。
奏慈は命の恩人よ」
「……そう言ってくれるのは嬉しい。でも、僕は一番悪い選択をしてしまった」
奏慈はそう言うと、拳を握り締める。
あの時の後悔を忘れた事は無い。
「奏慈、もう気にしないで……私はもう大丈夫だから」
望結はその握り拳を温かく包み込む。その表情は慈愛に満ちていた。
「奏慈……そして、イカリも改めて聞いて。
私にとって、貴方の存在は父その物だったの」
「父? 僕が?」
「ええ、親の愛を知らぬ私にとって、貴方が親だった。
辛い時は傍に居てくれて、何か言ったら返してくれる。
そんな小さな事がどれだけ有難かったか……」
望結の目から涙が溢れ始める。今まで照れ臭くて、ずっと言えなかった。
奏慈が支えてくれたから、どうしようもない世界でも生きてこれたのだ。
「だけど、同時に思ったの……私が縛っちゃいけないって!
奏慈が救うべき人間は他に居る……だから!!」
望結はそう言うと、自身の背後に銀の扉を出現させた。
「もう、縛られないで」
そうして扉を開ける。その先には見慣れぬ世界が広がっていた。
走る鉄の箱、いくつも並ぶ石の塔、壁に取り付けられた動く絵。
フラン達の知らない物がそこに広がっている。
「も、もしかして!?」
「カンナギが居た世界か!?」
そこにあったのは紛れもなく、奏慈の世界にあった物だ。
銀の扉は世界さえも飛び越える凄まじい力を持っているらしい。
「……望結、どういうつもりだ」
「見て分からない? 元の世界よ。
奏慈が帰りたがっていた世界……その世界と繋いだの。
今なら、元の世界に帰るわ」
望結はそう言うと、扉を開け放つ。その御蔭でさらによく見えた。
扉の先に広がっているのは間違いなく、奏慈が前まで居た世界。
この扉を通れば、本来の目的である帰還を容易に熟せるだろう。
だが、奏慈の足は動かない。その先へ踏み出す気が起きなかった。
「望結、どうしたんだ? 何を隠している?」
その理由は望結の様子にある。何もかも突然過ぎるのだ。
「……べ、別に隠してなんて」
「唐突なんだよ。僕を親だと思ってるなら、隠せると思うな。
あの男は何者だ?」
「っ!?」
洞窟内で奏慈が戦った徒手空拳の男。
その男を見た時から望結の様子が可笑しくなった。
最初は上手く隠していたが、今は動揺を隠せていない。
奏慈は詰め寄り、優しい口調で言う。
「力になる。だから、言ってくれ」
「くっ、あれは……」
それに流され、望結が口にしようとした……その時!
「――オレが聞く」
「えっ、藍?」
今まで沈黙を守り続けていた藍がやっと口を開いた。
藍はそのまま奏慈を守るように立つと、望結の方を向いて言う。
「望結、久しぶりだな」
「藍……」
こうして再会するのは、一体何年ぶりだろうか?
お互いの生きてきた年数が違う為、よく分からない。
それでも再会できた以上、普通なら喜ぶべきだろう。
無二の親友と出会えた……これに勝る物は無い。
「一目見て、すぐに分かったよ。
姿は変わっても、望結は望結だな」
しかし、二人の間に流れる空気は冷たく重かった。
できる事なら再会したくない。それが二人の本音だった。
これは嫌いだから、そう思っているのではない。
会えば、お互いに自分が一番悪いと思い始める。それを避けなかった。
もう二度と傷付いて欲しくない……相手を思う純粋な気持ちだ。
でも、運命は二人の思いを嘲笑う。引き合わせ、苦しませる事にした。
「そう言う藍こそ、すぐに分かったわ。
清楚そうにしていても、人柄って出るものね」
「ふっ、なんだよそれ。オレがガサツな女だって言いたいのか?」
「そうよ。ティッシュ取る時、いつも複数枚取るじゃない。
ほんと信じられないわ」
「別にいいだろ、手が汚れるよりマシだ」
それでも場を和ませようと、二人は笑顔を見せ始める。
笑い合っていれば、お互いに傷つけ合う事は無い筈だ。
「……聞いたわ、中光のせいだったんでしょ?
全く、どこまでも汚い男ね」
「そうだな……でも、オレが嫉妬しなければ」
「嫉妬くらい誰でもするわ……藍は悪くない」
だが、それで済むなら苦労はしない。二人は傷つき始める。
「ふふ、駄目ね……早く本題に入りましょ。
何が聞きたいの?」
「……決まってるだろ。何故、帰らせようとする?」
「愚問ね。奏慈の事を思うなら、帰らせるのが最善でしょ?」
必然と言うべきか、空気は再び冷たく重くなった。
それも先程の比ではなく、二人の間に亀裂を入れていく。
「ああ、そうだったわね……恋人同士になったんだっけ?
また別れるのは嫌よね」
「……なんだ、挑発のつもりか?」
「ええ、そのつもりよ……自分の幸せの為に、恋人を縛る。
そういう女は最低だと思うわ」
「はっ、お前はどうなんだ? イカリに告白されたんだろ?
その気持ちに答えず、違う男の事ばかり考える。
そっちの方が最低だと思うぜ」
無二の親友の筈なのに、遂に二人はお互いを罵るようになった。
二人の思いは変わらない。なのに、気持ちは変わってしまった。
空気は増々冷たく重くなり、状況は悪くなっていく。
「ふ、二人とも落ち着け! 二人が喧嘩する必要は!!」
「そうですわ!! せっかく再会したのに、こんな……」
見かねた奏慈とフランが割って入るが、二人はそれに答えない。
自分達の世界に入り込んでしまっている。
「藍、奏慈の幸せを願うなら退いて……退かないなら」
「戦う、か? いいぜ、やろう!!
オレは言葉より、そっちの方が伝えられる!」
「……そう」
そして、二人は行き着く所まで行ってしまう。
二人はお互いに武器を出し、構えた。もう引き返せない。
望まない戦いを望んで始める……あの時と同じ事を、また始めるのだ。
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