不良聖女
今回から書き方を三人称に変えていきます。
読み難いかもしれませんが、よろしくお願いします。
他の話もこの書き方で揃えていきます。
「あー、かったる」
ダハルの宿で一番良い部屋。そこに青髪の少女が居た。
少女は本日何度目かの愚痴を言いながら、大の字になって寝転がる。
貴族や王族が眠るような豪華な造りで、ベッドも最高に良い部屋。
そんな部屋にも拘らず、少女の愚痴は止まらない。
「ソフィアにそそのかされたとはいえ、アルマまで来たのはやり過ぎたな」
アルマというのはファルシオン家が属している国家の名前だ。
帝国に次いで長い歴史を持ち、一番最初に帝国から独立した国でもある。
少女は創造神教の説教をするために、その帝国から旅をしてきた。
「とはいえ、面白い奴は見つけられたから一応感謝しとくか」
その説教中、少女はある青年を見つけた…そう、奏慈だ。
この辺りでは見ない黒髪と顔つき。それに対し、ファルシオン領の伝統的な服装。
そして、なによりも心の中で思っていた事に興味を惹かれた。
(だけど皆信じてるっぽいし、布教する意味なさそうだよな。じゃあ違うか。
ぜんぜん興味ないから、こういうのなんて言うのか知らないんだよなあ)
まるで自分は信じていないような心の声。そして、興味もないという。
この世界で創造神教を信じていない者など、片手で数えられる程度だろう。
「…まさかな、異世界人はもう何年も来てない。
でも、本当にそうだとしたら…オレにとって、この上ないチャンスだ」
そう考えれば、全て辻褄が合った。見ない髪色や顔つきは異世界人だから。
服装もここで調達した物。思っていた事も、この世界の住人でないなら尚更だ。
一転して真剣な表情で少女は考え出した。少女にはある目的があるのだ。
「あーもう、寝れねえ! 散歩でもするか」
しかし、少女は頭の良い方ではなかった。溢れる情報に頭がついていかない。
頭を掻き毟りながら少女はベッドから飛び起き、その勢いのまま部屋を出る。
歩きながら考えを纏める事にしたのだ。そのまま、少女は一言いって宿を出た。
辺りはすっかり暗くなっている。昼間はダハル特有の赤レンガが綺麗だったが。
夜になると血塗られてるように見えて、なんだが不気味に見えてくる。
「女一人で歩くには怖い夜だな…オレも女なんだけど」
そんな夜でも少女は軽口を叩きながら歩いていた。それを聞く者は居ない。
昼間は嫌でも人と会うのに、夜になると誰も居ないのは不思議に感じた。
決して真っ暗ではない。魔法の光によって夜でも明るいくらいだ。
でも、人が居ないのはその魔法の光でも照らせない闇があるからだろう。
「まあオレを襲っても割に合わないからな。もし襲われても返り討ちだ。
…うん?」
そうして軽口を叩いていると、女性が一人こちらに向かって走っていた。
女性の衣服は乱れ、顔も赤い。これはただごとではなさそうだ。
少女はすぐにその女性の元に駆け寄り、猫を被って優しく問いかける。
「どうかしましたか」
「あっ、あっちに暴漢が!」
予想通り、ただごとではない事が起きていた。歩いていた所を襲われたらしい。
女性は慌てながらも暴漢の居る場所を説明する。
少女は聞きながら心も探った。探る事で詳しい状況を知ろうと思ったのだ。
(オレを見てた男が戦ってんのか。噂をすればだな)
その中で件の奏慈の姿を確認する。少女はなんとも運命めいた物を感じた。
だが、今はそんな事はどうでもいい。少女は暴漢の元に向かう準備を始める。
「貴方はすぐ常駐する騎士団の元へ」
「あ、貴方は?」
「私は暴漢を捕まえてきます。安心して下さい、腕力には自信があるんです」
「わ、分かりました! 貴方も気をつけて下さい」
少女は女性と別れ、暴漢と奏慈が居るという路地裏に向けて走り出した。
口調こそ粗暴だが、少女は創造神教の教祖に認められた聖女の一人。
悪は絶対に許せない。動き易いように改造した聖女服で、夜の町を駆ける。
「タフだな、お前。向かってきただけはある」
「うっ、うぅ」
「それもこれで終わりだ!」
御蔭で間に合った。路地裏にはナイフを持った暴漢らしき男と奏慈が居る。
奏慈は暴漢にやられているが、まだ意識がある。だが、もう限界のようだ。
これ以上やらせる訳にはいかない。少女は拳を握り締めて、暴漢に殴りかかった。
「おらっ!」
少女は暴漢を殴って奏慈を助ける。その勢いで暴漢は炎の壁に激突した。
それを見て、少女は思わずガッツポーズするが…同時に大切な事も思い出した。
(やっべ、サモンウェポンに魔力込めるの忘れてた)
うっかり、先に殴ってしまった少女は急いで魔力を込める。
間も無くサモンウェポンはモーニングスターに形を変えた。
棒の先端に棘の付いた鉄球がある少女ピッタリの打撃武器。
その武器を持ち、少女の堂々とした佇まいを見た奏慈はほっとしている。
少女も自分を見て、そう思ってくれた事に鼻高々だ。
「おま、うっうん…大丈夫ですか、お怪我はありませんか?」
だが、いつまでもそうしてはいられない。素が出つつも、奏慈に声をかけた。
清楚な表情と口調も相まって、奏慈はすっかり気を許している。
さらに少女は畳みかけるようにある魔法を掛けた。ある事を確認するのも兼ねて。
「あれ、い、痛くない?」
「痛消魔法です。それで痛みを消しました」
「す、すごい、そんな魔法があるのか」
(おいおい、痛消魔法なんてガキでも知ってる魔法だぞ。それを知らねえのか。
じゃあ、やっぱりコイツは…)
奏慈の反応を見て、少女は改めて異世界人なのではないかと思い始める。
実際そうなのだが、今はそれを聞いている暇は無い。
「いってぇなあ、おい」
暴漢は頭を振りながら起き上がる。ゆっくりしている暇は無くなった。
さあ、どうするか。少女は奏慈を見て、ある決断をする。
「お名前は? 私の名前は『アウィン=ビタリサ』と言います」
「えっ? えっと、旭凪奏慈です」
「カンナギさんですね。いいですか、私の指示に従って戦って下さい」
「は、はい」
(よし、これでいい。物分かりのいい男で助かったぜ)
そう、協力して暴漢を倒すのだ。少女ことアウィンはニヤリと笑う。
あとは暴漢を片付けるだけ。暴漢はそんな余裕そうな二人を見て激昂する。
「うぜえうぜえ、誰だか知らねえが殺してやる!」
暴漢はナイフを振り回しながらアウィンに迫る。
奏慈であれば当たってしまうだろう高速攻撃だ。
「ふっ、遅いですよ!」
「ぐぉお」
だが、その攻撃は当たらない。アウィンは華麗に躱し、反撃の一撃を腹に与える。
暴漢は痛みで悶え、隙を晒した。
「今です! 続けて攻撃を!」
「は、はいっ!」
そこに奏慈が斬りかかり、暴漢にさらにダメージを与えていく。
暴漢はあまりのダメージに膝を突く。もう終わりかとアウィンは一瞬思った。
「死ね!」
が、暴漢は最後の一撃を二人に放とうとしていた。
炎の壁を出現させたように、暴漢は火炎魔法を扱える。
暴漢は最後の力を振り絞り、路地裏中を燃やし尽くす炎を。
(おせえよ)
撃たせなかった。アウィンは男の手を叩き潰し、詠唱を阻止する。
勿論サモンウェポンを使った攻撃なので怪我はしないし死にはしない。
だが、暴漢にとって忘れられない痛みになるだろう。
「今です!」
「くらえ!」
「うっ、おぅ…」
最後に奏慈が一突きし、暴漢は気絶した。そのまま、音を立てて倒れ込む。
拍子抜けするくらい、アウィンにとって雑魚な相手だった。
「はあ、はあ…:
しかし、奏慈にとっては初めての実戦。それも強敵だった。
痛消魔法で痛みは消えているが、疲労までは消えない。奏慈も膝を突く。
「えっ、お、おい」
「すみ、すみません、限界が…」
そのまま、奏慈は倒れてしまった。流石のアウィンもこれには慌てる。
同時に遠くから踵を鳴らす音が聞こえてきた。
恐らく女性が呼んだ騎士団がやって来ているのだろう。
アウィンは急いで奏慈を担ぎ、サモンウェポンから魔力を抜く。
そして、路地裏から出て騎士団の誘導を始めた。
「こっちです!」
あとは全て騎士団が解決してくれた。暴漢は捕えられ、連れて行かれる。
倒した二人に騎士達は感謝しながら、後日お礼をするというのも約束して。
「さて、コイツをどうするか」
背に奏慈を担いだ状態で思案するアウィン。放り出す選択肢は存在しない。
そうなると、選択肢は一つしかなかった。
「連れてきちまった」
アウィンは宿に戻った。奏慈が起きるまで面倒を見る事にしたのだ。
奏慈を自身のベッドに寝かせ、その寝顔を見る。童顔のせいで年下に見えた。
だが目の下にクマがあり、手足もボロボロで苦労してきた事が見て取れる。
今は穏やかに寝ているが、他に出来る事はないか。アウィンは考え始めた。
「うっ、ああ…」
「お、おい! どうした!」
しかし、その寝顔が歪み始めた。奏慈は身悶え、何かを求めるように動き出す。
アウィンは声を掛けるも、起きる気配は無い。苦しみ続けている。
「仕方ねえ、こういう時こそ力の使い所か」
アウィンは深く息を吐き、集中し始めた。すると、胸の谷間から光が漏れ出す。
彼女はシンガン族と呼ばれる魔族であった。彼らは人の心を読む事ができる。
人の心の声を聴けていたのはそれが理由だったのだ。
「見えてきた…やっぱり、悪夢を見てんのか」
胸の谷間にある第三の眼を介して奏慈の夢が見え始め、音も聞こえ始める。
徐々に見え始めた悪夢。それは奏慈の凄惨な記憶でもあった。
「くそ、どの世界でも」
それを見たアウィンは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをする。
彼女は何を見たのか…それを今から明かしていく。
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