責任
「――アウィンさん、大丈夫ですか!?」
時は奏慈がアウィンの胸に穴を空けた所まで遡る。
奏慈は急いでアウィンの元に駆け寄り、抱き起した。
ポッカリ空いた胸の穴……その穴からは止め処なく血が溢れる。
このままでは死んでしまう。奏慈は急いで穴を塞いだ。
「お、オレは……」
「意識が戻ったんですね!? すぐに治療を……」
そんな中、アウィンは目を覚まし、奏慈の手を握った。
驚く奏慈だったが、すぐに別の事で驚く事になる。
「……そ、奏慈、オレ思い出したよ」
「えっ、まさか記憶を!?」
アウィンが向ける眼差し……それが藍の物に変わっていた。
何度も見てるから間違いない。記憶を取り戻したのだ。
だが、驚いている暇は無い。奏慈は手を振り払い、言う。
「いや、そんな事はどうでもいい!
早く治し始めて下さい! このままじゃ!」
「奏慈、もういいんだ。オレを……死なせてくれ」
「……なに?」
それに対し、藍は消え入りそうな声でそう応える。
奏慈は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
本当にそう言ったのか? 奏慈は思わず動揺する。
それでも奏慈は気を取り直し、よく通る声で言う。
「何を言ってるんですか!?
貴方はここで死んでいい人じゃありません!
生きて、共にウルトルクスと戦いましょう!!」
「……全部、思い出したんだよ。してきたこと全てを!
そして、今もまた……オレに生きる価値は無い!!」
「藍……」
見殺しにしてくれ。藍はそう言いたいのだろう。
嫉妬から望結を殺そうとし、さらに今の今まで暴走していた。
罪悪感を感じているのだ。死にたくなるのも無理は無い。
「この……馬鹿野郎!!」
「うっ、そ、奏慈?」
そんな藍に対し、奏慈は言葉よりも先に手を出した。
突然の事に藍は目を丸くする。こんな事は初めてだった。
「君はこの世界でやっと幸せを掴んだんだ!!
それを簡単に捨てるんじゃない! 辛くても生きるんだ!!」
「……辛くても、生きる」
「一人で立てなければ、支えてやる! だから、生きろ!!」
「……生きろ、か」
怒号混じりに言う奏慈の言葉を、藍は繰り返す。
同時に奏慈の顔も見た。その顔は真剣その物だ。
藍に生きて欲しい。噓偽りの無い思いが伝わってくる。
「分かった……オレは、生きるよ」
「藍!!」
藍はそれを見て、その思いを受け取る事にした。
死にたいのは変わらないが、生きるのも悪くない。
藍の答えを聞いて、心から喜ぶ奏慈を見てるとそう思う。
またしても、藍は奏慈に救われた。
「でも、この傷は深い。治すまで時間がかかる。
先にボーアの所へ向かってくれ! オレもすぐに向かう!」
「分かった! ゆっくりでもいいから必ず来てくれ!
生きると言ってくれて、ありがとう!!」
「……ふっ、早く行け」
「ああ、行ってくる!」
しかし、そこは聖女……冷静に傷を分析し、奏慈に指示を出す。
いつもの感じが戻り、奏慈は安心してボーアの所へ向かった。
あとは知っての通りだ。藍が合流し、中光は撤退していった……
「落ち着いた?」
「……ああ、少しはな」
「ふふ、それは良かった」
そうして時は戻り、奏慈は力を緩めて藍を解放する。
強く抱き締めていたせいか、藍の顔が赤い。
悲壮感は無くなったが、落ち着きが無くなった。
その様子を見て、奏慈は笑みを零す。
「むう、なに笑ってんだよ」
「べっつに~、案外ちょろいなと思っただけだよ」
「はああ? あれだけ情けない姿を見せておいて、よく言えるな」
「むっ、仕方ないだろ……僕だって、辛い時があるんだから」
一転して、二人の間に流れる雰囲気が明るくなった。
言い争っているように見えるが、その実態は弄り合い。
仲の良い者同士がする物で、本当の意味で怒ったりしていない。
「あはは……やっぱり、オレはお前が好きだよ」
「……改めて、どうした?」
「事実確認だ。こうして話してて、そう思えた。
お前が居るから、オレは生きていこうと思える」
「そうか……」
奏慈に寄りかかり、藍は呟くようにそう言う。
そんな藍を奏慈は優しく受け止める。
「……でも、こんなオレが奏慈の傍に居てもいいのか?
そうも思う……オレは望結みたいになれない」
「藍……」
そう言うと、藍は奏慈から離れた。
好きという気持ちと、罪悪感が同時に存在するのだろう。
どちらも本心であり、簡単には解決しない。
藍もまた二つの気持ちに苦しめられていた。
「……藍にはもう、後悔しながら生きて欲しくない。
自分に正直に生きて欲しいんだ。
だから、自分が一番望んでる事を言って欲しい」
「自分が……一番望んでること」
「うん、藍が一番望んでる事はなんだい?」
「……オレは」
奏慈は優しく訊ねる。藍の答えは決まっていた。
奏慈と一緒に居たい……だけど、許されるのか?
二つの気持ちがぶつかり合い、藍は答えを出せない。
「……前にも言ったけど、僕は元の世界に戻るつもりだ。
罪を償う為、警察に自首する」
その背中を押す為、奏慈は言葉を続ける。
「なっ、自首だって!? お前はオレ達の為に戦ってくれた!
罰を受ける必要は無い!!」
「それでも罪だ。償う必要がある。
まあ、この世界に来たばかりの頃は死にたかったよ。
暴漢や守護者との戦いの時は、諦めた」
「なら、どうして?」
その言葉に藍は乗ってきた。
口ではああ言っても、帰って欲しくないのだ。
奏慈はそれを見て、さらに言葉を続ける。
「悪を見たからさ」
「悪を?」
「ウルトルクスを見て、僕は許せないと思った。
でも、それはあくまで僕の目線だろ?
他の人の目線なら違うかもしれない」
「まあ、確かに……」
誰が見ても悪いと思うような存在は実は少ない。
その人の立場によって、悪人でも善人に変わる。
「それと同じ事が僕にも言えるんだ。
藍から見れば、僕は悪い奴じゃないかもしれない。
だけど、何も知らない人からすれば僕は悪人だ。
罰を受けないと、同じ罪を犯す者が現れるかもしれない。
そういった者が現れないようにする為、僕は罰を受ける」
そういった物を超越して罰を与えるのが法だ。
法は立場など関係なく、罪に応じて罰を与える。
そして、法があるから人は罪を犯さない。
もし罪を犯せば、こうなるぞと法に書いてあるからだ。
「それを元警察官だった僕が破る訳にはいかないだろう?」
「……戻る必要なんか無い。お前はこの世界で暮らせばいいんだ」
「ふむふむ……それが君の本音か」
「うっ、お前わざと!」
「どうする? 僕は君を置いて行くぞ」
「くっ、オレは……」
奏慈は藍の答えを待つ。ここまで言えば、出せる筈だ。
「オレは……お前と一緒に居たい!
他人に何を言われても、お前と一緒に居たいんだ!!」
「……ありがとう」
藍は覚悟を決めた。許される事ではないと思っている。
それでも決めた以上、もう変えるつもりは無い。
何があっても、奏慈の横に居る。
「へへ、あの時と逆になったな」
「そうですね、あの時は僕が落ち込んでいた。
裁くのは法に任せるべきだとも言われましたね」
「ふっ、懐かしいな」
二人はそう言うと、お互いに笑みを零した。
天井を落とした理由を藍に問われた時の話だ。
そんなに昔の事ではないのに、随分と昔のように感じる。
あれから二人の関係は逆転……いや、元に戻ったようだ。
「……だけど、僕は元の世界に戻らなければならない。
罪を償わないといけないからね」
「奏慈……なら、オレも戻るよ!!
姿形は変わったけど、少しは証言できる筈だ!
それでお前の罪を軽くしてやる!」
「藍、ありがとう……でも、藍を巻き込みたくないんだ。
元の世界には辛い記憶も沢山あるだろう?」
「そうだけど……じゃあ、オレはどうしたら」
一緒に居たいのは、奏慈も同じだった。
藍が幸せに暮らす事が奏慈の夢。
しかし、罰を受けると決めた以上、変える訳にはいかない。
頑固なようだが、奏慈は一度罪から逃れようとした。
また逃げれば、一生後悔するだろう。
「そうだ! この世界で償えばいいんだよ!
世界は違っても、罰を受ける事はできる!!」
「この世界でか……成程、それは良い考えだ」
「じゃあ!」
「それでも僕は戻るよ。あの世界で罪を犯したんだから」
「そんな……」
藍は肩を落とし、膝を突く。
もう何も思いつかない。絶望感の中、空しく拳を握る。
そんな藍に奏慈は他人事のように言った。
「……まあ、責任を取る必要が出てきたら分からないけど」
「責任?」
「そうだ……例えば、子供ができるとかな」
「えっ、それって!?」
藍は顔を真っ赤に染める。つまり、そういう事だ。
「で、でで、でも、オレでいいのか?
オレ、そんな良い女じゃないぜ……」
「何を言ってるんだ? 藍は綺麗だし、可愛いじゃないか。
それに性格も良い! 藍以上の女は居ないよ」
「そ、そうか」
藍は増々顔を真っ赤に染め、顔を手で隠して照れる。
奏慈にここまで言われるとは思わなかった。
「さあ、どうする?」
照れる藍に、奏慈は畳み掛けるように言う。
「……何度も何度もしつこいんだよ!
オレの答えは決まってる……お前の横に居るよ!」
「分かった……これで正式に恋人同士、だな?」
「ああ、そうらしい……よし、城に帰るか!」
「ええ、帰りましょう!」
二人はそう言うと、手を繋いで城へ向かって歩き始める。
随分あっさりと決まったが、元々そういう関係の一歩手前に居た。
これで関係が大きく変わる事は無いだろう。今まで通り、言い争う事も多い筈だ。
「あっ、オレ経験ないから上手く……」
「それなら大丈夫! 僕がリードするから、安心してくれ!」
「……つまり、お前は経験豊富なのか?」
「うん? あれ、マズったかな……」
「ふっ、責任取って貰うからな」
それでも二人なら乗り越えられるだろう……そう、二人なら。
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