大人
「ですが、その優しさ故にボーアさんは苦しんでいます」
「……どういう事ですの?」
その言葉を聞き、フランは思わず聞き返した。
奏慈は理由も無しに古傷を抉る人間ではない。
悪に対しては容赦しないが、善人寄りの人間だ。
そんな人間が抉ってでも聞いた理由は何なのか?
怒りはあるが、フランはそれを知りたかった。
その理由がようやく語られる。フランは次の言葉を待った。
「今、ボーアさんの気持ちは二つに分かれています。
一つは僕と藍を許せないという気持ち。
もう一つは、そう思ってる自分を許せないという気持ちです」
ボーアも頭では分かっている。藍の暴走は、中光のせい。
奏慈を恨むのも見当違いで、二人は寧ろ被害者だと。
しかし、ボーアの知る聖女はイリディただ一人。
その為、他の聖女にも彼女のような高潔さを求めてしまった。
これが藍に怒りを向け、奏慈を恨む事に繋がる。
「だけど、藍も立派な聖女です。高潔な所はあります。
例えば、ハルベルムさんを治す為、神聖魔法を使いました。
ボーアさんもその現場を見たから、分かってる筈なんです。
でも、許せない……自分の中の聖女像を穢されたから。
そして、同時にそう思ってしまう自分を許せないんですよ」
「……そうだったんですのね」
奏慈が眠っていた一か月もの間、フランはずっとボーアの傍に居た。
それは文字通り、ボーアの傍を片時も離れなかったという意味だ。
なのに、その気持ちに気づけなかった……ずっと、近くに居たのに。
対して奏慈は気づいた。僅かな時間でボーアの苦しみを理解したのだ。
「だから、私の事を憎んで欲しかったんです」
「えっ? そ、その為にわざと聞いたんですの?
あれだけ怒りをぶつけられて、殴られもしたのに……」
その言葉にフランは愕然とした。奏慈は憎まれ役を買って出たのだ。
自己嫌悪で苦しんでいるのなら、そう思う必要が無くなればいい。
相手が悪人なら人は罪悪感を感じなくなる。奏慈はそれを利用した。
「時に大人は恨まれても、子供の為に道を示さなければなりません。
藍を憎ませず、僕にだけ怒りを向けさせる方法はこれしか無かった。
でも、これが最善だったとは思いません……ボーアさんには悪い事をしました」
「カンナギ……」
フランは拳を握り締める。怒るべきは奏慈ではなく、自分自身だった。
本当は聞きたくなかったのだろう。でも、苦しんでいると気づいた。
気づいてしまったから、奏慈は心を鬼にしてボーアの心を抉ったのだ。
自分が憎まれても、ボーアが救われればいい。本心からそう思って。
「アタクシ、やっぱりボーアの後を追いますわ!
きっと、もっと良い方法がある筈ですもの!!」
「……分かりました。フランさんの思うようにして下さい」
「ありがとうございます……行ってきますわ!」
フランは奏慈に頭を下げると、ボーアを追って走り出した。
このまま、憎んで終わって欲しくない。二人は分かり合える筈だ。
その思いを胸にフランは走り、奏慈は静かに見送るのだった……
「――イカリさん、フィーさん!」
「おや、目覚められたんですね」
「おはようございます、カンナギさん!」
フランと別れた後、奏慈はイカリとフィーの姿を見つける。
二人は話し込んでいたようだが、奏慈の姿を見ると話を止めた。
「何の話をしてたんですか?」
普段なら人の話など気にならない奏慈だったが、今回は違う。
何故か好奇心に駆られ、どうしても知りたくなった。
「まあ、ちょっとした事ですよ。カンナギは何の用でここに?」
「私ですか? 明日の予定を聞く為ですね。
でも、もう決まったと聞いたので遊びに」
「成程……そういえば、寝てる間に決めてしまいましたね」
だが、イカリはその問いを軽く躱し、話題をすり替えていく。
「決まったといえば……私も明日、アルマ王国行きの船に乗りますね。
復興が終わり、船を出せるようになったんですよ!
だから、私も最後の休みを満喫していたんです!」
「おお、そうだったんですね!」
それにフィーも乗っかり、意識を逸らすのを手伝う。
「ああ、言い忘れていました……自分も旅に同行します」
「えっ、イカリさんも!?」
作戦は見事成功した。奏慈は乗せられ、聞きたかった事を忘れる。
それを見て、イカリは畳み掛けるように言葉を続けた。
「はい、ウルトルクスを放っておけませんから。
それに神秘探求院は私の母校なんです。だから、案内もできますよ」
「そうだったんですね……それは心強いです!
これから、よろしくお願いします!!」
「ええ、よろしくお願いします……さあ、行ってあげて下さい。
自分達を気にせず、アイさんの元に」
「うんうん、アイを待たせちゃ駄目ですよ」
「……そうですね、そうさせて貰います! では、また!」
奏慈はそう言うと、その場を後にする。
流石に引っ掛かりを覚えたが、聞く事はしない。
そのまま奏慈は人混みに紛れ、その姿を消した。
二人はそれを確認すると、フィーから話し始める。
「言うと思ってたわ、正直」
「……言って意味があるなら言いますよ。でも、言う意味が無い」
その内容は先程の続きで、傍から聞くと何を話しているのか分からない。
お互いに言葉を濁し、二人しか分からないように話している。
「そう……なんにせよ、これから忙しくなるわ。
『オールドゼロ』を復活させ、お住まいになる場所を探さないと」
「大変そうですね」
「ふふ、創造神様がお目覚めになられるんだから、当然でしょ」
「……これも、運命ですか」
しかし、最後の言葉だけは誰でも分かるだろう。創造神が目覚める。
この世界の住人なら、誰もが振り向くレベルの言葉だ。
でも、その言葉を聞く者は居ない。イカリ、ただ一人を除いては……
「――っと、やっと見つけた!」
「えっ、奏慈!? 起きたのか?」
「ああ、さっきな」
数時間後、奏慈は町を一望できる広場で藍を見つける。
藍は声をかけられるまで遠くを見つめ、佇んでいた。
「全く、探したぞ。見つけるまで何人に話しかけた事か」
「ご、ごめん……久しぶりの休みだったから、一人で居たかったんだ」
藍はそう言うと、溜め息を吐く。昨日とは打って変わって元気が無い。
「……どこか遊びに行くか。気も紛れるぞ」
「そうだな……うん、行こう。それでどこに行くんだ?」
「足の向いた方さ。ほら、ついて来い!」
「ちょ、待てよ!」
そんな藍を見て、奏慈は手を引いて遊びに誘う。
乗り気ではなかったが、藍は導かれるまま町へと飛び出す。
「これなんか似合うんじゃないか? 藍の雰囲気に合ってるし」
「……うん、とても綺麗だ」
そうして最初に立ち寄ったのが宝石店だった。
つい先日開店したばかりで、ショーケースの中で宝石達が輝いている。
奏慈はその中から青い物を指差して、藍に言う。
「今は買えないが、全て終わったら買いに来よう」
「いいよ、別に……」
「遠慮するな。藍は綺麗なんだから、もっと着飾っていいんだよ?」
「き、綺麗か」
藍はそう言われ、まんざらでもないのか頬を赤く染めた。
その様子を見て、奏慈は嬉しそうに言葉を続ける。
「そうだ、腹が空かないか? 起きてから何も食べてないんだよ」
「……そういえば、オレも昼飯食ってないな。食いに行こう」
「決まりだな! 実は来る途中で良い店を見つけたんだ。
そこに行くという事でいいか?」
「ああ、構わない」
「よし、行こう! お金を持ってないから、支払いは任せるけど」
「おいおい……」
こうして二人は宝石店を離れ、奏慈の言う店を目指すのだった。
「結構いけたな、サボテンステーキ」
「そうだな……あんなに美味しいとは思わなかった」
二人はそう言いながら、先程の広場に戻ってくる。
奏慈の言う店とは、サボテンステーキが名物の店だった。
興味本位でそれを頼んだ二人だったが、思いのほか美味しい。
野菜特有の青臭さは全く無く、溢れる果汁が喉を潤す。
それは肉汁のようだったが、オクラのようなネバネバさもある。
肉の偽物ではない正真正銘のサボテンステーキだった。
奏慈は満足そうに腹を叩く。他の皆にも食べて欲しい味だ。
「ふう、なんか眠くなってきた。このまま寝ようかな」
「はあ、もう十分寝ただろ……オレに世話させるな」
奏慈はそう言いながら、長椅子に横たわって眼を閉じる。
そんな奏慈に突っ込みを入れながら、藍はその横に座った。
「……ごめん、気遣ってくれて」
「えっ?」
同時に藍は話し始める。その顔つきは来た時と同じ物だった。
どこか遠くを見つめ、心ここにあらずの生気のない顔。
奏慈はそれを見て何か言おうと思ったが、次の言葉を待った。
「今なら分かるよ。ずっと、強い大人を演じてたんだろう?
オレ達を不安にさせないように、気軽に頼れるようにして」
「……何の事やら」
「誤魔化すな。お前の弱い所は、アウィンの時に全部見たんだぞ」
「そうだったな……でも、気にしないでいい。大人はいつでも子供の味方だ。
そうあるべきなんだよ。だから、気に病む必要は無い」
奏慈はそう言うと、藍の頭を優しく撫でる。
しかし、藍は頭を振って、言葉を続けた。
「奏慈、もういい……もういいんだ。オレは罪を犯した。
お前に気遣われるような人間じゃない」
「……そんな事は無い。藍は良い子のままだよ」
「奏慈……」
奏慈は起き上がり、そう言う藍を強く抱き締める。
その間も藍は心ここにあらずで、遠くを見つめたままだった。
それでも奏慈は抱き締め続ける……今はそれしかできなかった。
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