殺意
「はあ、はあ……くっ、届かない!
イカリ、なんとか隙を作れないか?」
「無理ですね。アインスは守りに入っています。
ここから先程のような隙を作るのは難しいでしょう」
「ちっ、何か切っ掛けが必要か……」
ボーアは息も絶え絶えに舌打ちする。戦いは続いていた。
予想通り、アインスはツェーンを守りながら戦っている。
怪我人を庇いながらの戦いは、隙が生まれる戦い方だ。
その隙を突けば、致命傷を与えられる……そういう算段だった。
しかし、アインスは隙を一切見せない。
それどころか動きを更に洗練させ、ボーアを寄せ付けなかった。
結果、戦いは千日手になり、今に至る。
「もう終わりか? 残念だな」
「くくく、フランが起きてりゃ突破できたのによお!
全く、情けない奴らだぜ!!」
「……ボーア、分かっているとは思いますが」
「挑発に乗るな、だろ? それくらい分かってる。
下手に動く訳にはいかないからな」
だが、二人はそれで構わなかった。今、外にはフィーとズルフィが居る。
その二人がここにやってくれば、形勢逆転。アインス達に勝ち目は無くなる。
それはアインス達も分かっている為、挑発して向かわせようとしていた。
でも、それに乗るほどボーアとイカリは馬鹿ではない。
あとは時間を稼ぐだけで勝てる。もう戦う必要は無いのだ。
「――随分と楽しそうだな? 僕も混ぜてくれ」
「そ、その声は!?」
「どうやら、そちらは終わったようですね」
そんな中、わざとらしく足音を鳴らしてやってくる者が居た。
声の主はそのまま四人の間に割って入り、アインスの方へ向き直る。
聞き覚えのある声に、その容姿は四人のよく知っている者だ。
「ソウジか。アウィンを無事、倒したようだな」
「そうだ。そして、次はお前の番だ」
奏慈はそう言うと、剣先をアインスに向ける。やって来たのは奏慈だった。
しかし、その様子は普通ではない。
全身を血で濡らし、剣を握ったその手は黒く染まっていた。
放たれる殺気も鋭く、怒りで満ち満ちている。
「ま、まさか、殺したのか? あ、アウィン様を……」
「ボーアさん、後は私がやります。手出しはしないで下さい」
「なっ、何を言って!?」
「本気のようですよ? ここは下がりましょう」
「くっ、分かった」
その殺気に押され、ボーアとイカリは後ろに下がった。
もう戦う必要は無い。今の奏慈にそう言う勇気は無かった。
それでもツェーンだけは奏慈を指差し、声を荒げる。
「おいおい、たった一人で戦う気か?
種が分かれば、時止めなんぞ怖くねえ。
それを分かって来てるんだろうな?」
「……それがどうした? 命乞いのつもりか?」
「な、なに!?」
奏慈はそれに対し、深く息を吐きながら歩き始めた。
その歩みは遅く、一歩ずつツェーンに近づいて行く。
ツェーンは焦った。奏慈が自分に近付く度に、全身が震える。
寒いのではない……恐怖だ。今の奏慈を見てると、恐怖を覚える。
ツェーンは今までただの一度も、恐怖を覚えた事は無かった。
「さて、どう殺されたい? 言ってみろ」
「く、来るな!」
にも拘わらず、今の奏慈を見てると言いようのない恐怖を覚える。
ツェーンは恐怖から後退りを始め、自身の周囲に黄金の柱を展開した。
「な、舐めるのも好い加減にしやがれ!
オレ達をあのとち狂った女と同じだと思ってんのか!?」
「……同じ? 今、なんて言った?」
「あ、ああ? 同じだ! それがどうかしたのか!?」
「同じ、か……酷い冗談だな」
しかし、その奏慈の足が突然止まる。
どこか遠くを見つめ始め、一歩も動かなくなった。
ツェーンはそれを見て、ニヤリと笑う。
「そうか、お前とあの女は恋人同士だったそうだな!
お前は恋人を殺した! さぞ辛かろう!!」
ここぞとばかりにツェーンは奏慈を責め始めた。
今ならただのサンドバッグ。なんでも言い放題だ。
「言葉も出ないか? そりゃそうだろう!
自分をあれだけ愛してくれた女を殺したんだ!
自分の無力さが嫌になるよな?」
「ちっ、言わせておけば!!」
だが、その様子を見ていたボーアは黙っていられなかった。
誰が好き好んで恋人を殺せるものか。頭に血が上る。
ボーアはそのまま槍を出現させ、強く握り締めた。
「待って下さい。もう少し様子を見ましょう」
「止めるな! カンナギに代わり、ボクが奴を!!」
「よく見て下さい! カンナギの様子を!!」
「様子だと? 一体、何が……」
イカリに言われ、ボーアは奏慈の方を見る。
すると、奏慈はツェーンに向かって走り始めていた。
「い、いつのまに!? それになんだあの速さは!!
あれなら、もしかすると……」
「ええ、加勢する必要はないでしょう。
ボーアさん、後ろに下がりますよ」
「……ああ、そうしよう」
その奏慈を見て、ボーアは納得した様子で頷く。
「な、なんなんだ!? い、言いたい事があるなら言いやがれ!
この意気地なしが……」
「お前達が藍と同じだと? ふざけるな!
お前達のような屑が藍を語るな!!」
「ひ、ひぃいい!」
対照的に、ツェーンは恐怖を覚えた。
もう奏慈を止められない。このままでは殺される。
そう確信したのだ。
「あ、アインス! オレを助けろ!!
このままじゃあ、殺されちまう!」
ツェーンはアインスにしがみつくと、身体を揺さ振り始めた。
この間も奏慈は迫り、ツェーンの首を狙おうとしている。
その事実がツェーンを焦らせ、恥も外聞も捨てて頼み込ませた。
だが、アインスはそんなツェーンを見て、心底残念そうに言う。
「はあ、君にはガッカリしたよ。さっきまでの勢いはどうした?
まさか、何の作戦も立てずに煽っていたのか?」
「な、何を言っているんだ? オレ達は仲間だろ?
アイツが来るまで、オレを守ってくれてたじゃないか!」
「それは君の実力を評価していたからだ。仲間とか関係ない。
だが、もう守る必要は無いな。自分の身は自分で守れ」
「そ、そんな……」
ツェーンは完全に見放された。
しかし、落ち込む暇は無い。奏慈が目の前まで迫っている。
「と、止まれ!」
ツェーンはツルハシを振り、周囲の柱から無数の針を飛ばした。
針は一本一本太く、それでいて人ほどの長さを持っている。
そんな針が奏慈に向かって真っすぐ飛んでいく。
「遅い!」
「な、なに!?」
奏慈はその針を全て弾き返した。
そして、その勢いのままツェーンに向かって剣を振り下ろす。
ツェーンはすぐに黄金の障壁を出し、その剣を受け止めに入った。
「脆いな」
「ば、馬鹿な!? くくく、あはは!」
だが、奏慈はその黄金の障壁をたった一振りで叩き割る。
黄金の障壁は今まで一度も、正面から破られた事がなかった。
それを剣の一振りで叩き割る。こんな事は有り得ない。
ツェーンはもはや笑うしかなく、向かってくる剣を受け入れた。
「がはっ!? えっ、これは血か?
な、なんで? なんでオレから血が!?」
それに驚いたのも束の間、ツェーンの身体から血が噴き出る。
斬られたら血が出るのは当たり前だ。でも、この世界では違う。
サモンウェポンで怪我をしたり、まして血が出る事など無い。
しかし、確実に血は出ている。ツェーンは咄嗟に身を翻した。
「ツェーン、まだ分からないのか?」
「えっ、な、なんだ? お前は分かるのか?」
そんなツェーンを哀れんだのか、アインスは静かに語り出す。
「あの血塗れの姿を見て、疑問に思わなかったのか?
ソウジのあの血はアウィンの血だ。なら、それをどう出したのか?
決まっている……ソウジ自らがアウィンから流させたんだ」
「そ、そんな事ができる訳が!?」
サモンウェポンは長い歴史を持つ魔装具の一つだ。
その性質上、後から性能を変える事はできない。
ウルトルクスの使っている物も、そういう目的で作られた物だ。
その為、今の奏慈のように突然性能を変える事はできない。
「成程、そういう事ですか」
「イカリ? お前も何か分かったのか?」
「ええ、分かりました。あの黒い腕は神聖魔法で間違いありません」
「し、神聖魔法だと!? あ、あれは聖女にしか」
「はい、それは疑問ですが、今触れるべきはそこではありません。
カンナギは神聖魔法を使い、サモンウェポンを狂わせたんです。
人を傷つけられる凶器になるように」
「う、嘘だろ……」
ボーアは言葉を失う。神聖魔法は聖女だけが使う事を許された魔法だ。
その神聖魔法を使い、サモンウェポンで人を殺そうとしている。
そんな事が許されていいのか? ボーアは頭を抱える。
「あ、アインス、助けてくれ! 今の奴は化け物だ!
神聖魔法をあんなに使って、平気なのは狂ってる!」
真実を知り、ツェーンは完全な逃げ腰になった。
もう戦う気力は残されていない。
「……はあ、君には本当にガッカリだ。もう必要ない。
死ね」
「えっ、がは!? ど、どうして……」
アインスはそんなツェーンを見捨てた。熱線を放ち、その頭を貫く。
今のツェーンにそれを防ぐ力は無く、そのまま絶命した。
「いいのか、仲間を殺して? 貴重な戦力だったんだろ?」
奏慈は剣に付いた血を払いながら聞く。
ツェーンが死んだ事に対し、特に何も思っていない。
単純に何故戦力を減らしたのか疑問に思って聞いた。
それに対し、アインスは溜め息混じりに応える。
「構わない。あんなのが居ても、こちらが不利になるだけだ」
「そうか……なら、始めよう」
「ああ、来い」
こうして、戦いは奏慈とアインスの対決に移る。
もう邪魔は入らない。二人だけの世界だ。
残された二人は、その戦いを静かに見つめる……
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