想定外
思ったより書くのに時間が掛かってしまった。
フランさんの心の声は難しいな。
「来て早々ですが、帰らせて頂きます。この世界に長居するつもりもないので」
(想定外ですわ。
アタクシの想定では、快く騎士団に入ってくれる…その筈でしたのに。
カンナギ様は迷う素振りすら見せずに断ってきました。
アタクシの退屈を解消してくれる良い材料が…いえ、まだです)
奏慈の言葉に衝撃を受けるフラン。今までの反応から渋る事は予想できていた。
だが、ここまでハッキリ断られるのは想定していなかった。
フランは引き留めるべく、必死に話を続ける。
「衣食住全て揃っていますわ、給金も決して少ない額では」
「長居するつもりもないのに、騎士団という重要な仕事に就けません。
それに真面に戦えない奴が入っても士気が悪くなるだけでしょう」
(ここまで頑固なんて…お金の話を出せば、言う事を聞くと思ったのに。
…こうなったら仕方ありません、貴族の地位を利用して)
しかし、それでも奏慈が折れる事は無かった。
迷いに迷ったフランは、遂に最後の手段を使おうとする。
「そこまでにしておきなさい」
「お、お父さん…」
そこにフランにとって一番来て欲しくない人が来てしまった。
フランの父はフランに対して何か言いたそうな顔をしながら、二人の元に来る。
そして、そのままフランを無視して奏慈に頭を下げた。
「私はファルシオン家の当主、ハルベルム=フォン=ファルシオン。
娘が大変失礼な事を…申し訳ございません」
「そ、そんな、頭を下げられないで下さい」
ハルベルムは謝罪の言葉も口にし、さらに深く頭を下げる。
当の奏慈は大公に頭を下げさせてしまった事に慌てふためく。
その様子を面白くなさそうにフランは見つめた。
「フラン、後で私の部屋に来るように。分かったね」
「…分かりましたわ」
無視し続けたハルベルムであったが、謝り終わりにフランに声を掛けた。
ぞんざいな扱いであったが、断る権利は無い。
フランは了承し、逃げるように自室に退散した。
「はあ、最悪」
数刻後、フランは言われた通りにハルベルムの部屋を訪ねた。
ハルベルムは資料と睨めっこしていたが、フランを見るなら溜め息を吐く。
「来たか」
「それで何の用ですの」
「わざわざ言わないといけないのか?」
「………」
「まあいい。フラン、お前の性格上興味を持つのは分かる。
だが相手はこの世界に来たばかりだ、右も左も分からない。
そんな相手を悪戯に混乱させ、挙句の果てに脅すとはどういう事だ」
「脅してなどいませんわ。あれは親切心です」
「親切心? たちが悪い詐欺師と思ったぞ」
ハルベルムはフランを甘やかす気は一切なかった。
反論するよりも早く言い、フランが口答えするのを防ぐ。
そして、話は今後の奏慈の扱いに移った。
「カンナギ殿と話したが、暫くここに住みつつ帰る方法を探す事になった。
私としても放り出したくなかったからな、なんとか説得した。
だから分かるな、不快な気持ちにさせないように」
「…分かりましたわ」
「伝える事は以上だ、行っていい」
「はい」
ハルベルムの話は終わり、フランは部屋を出た。
フランは言いたい事が沢山あったが、そんな暇は全く無かった。
取り敢えず話はできるし、退屈する事は無い事を知って安心する。
「本でも読もうかしら」
だが、あれだけ言われたせいかフランは落ち込んでいた。今は素直に喜べない。
今は気分を変えるためにも大好きな読書をするしかない。
フランは足早に自室へと戻っていった。
「おばあちゃん、またいせかいじんのおはなしして!」
「ああいいぞ。そうだ、せっかくだから最初から話すか。
最初にこの世界にやって来た異世界人の話から」
「うん、おねがい!」
(これは子供の頃の? もしかして、夢ですの?
懐かしいですわ、子供の頃は毎日おばあちゃんに話をせがんでいましたっけ)
フランはいつのまにか眠っていた。疲れが溜まっていたのだろうか。
心地良い夢の中、フランは子供の頃の出来事を俯瞰して見る。
「遥か昔、人間が村々に分かれて暮らしていた時代。
その時代に一人の異世界人が現れた。後に女帝となる者だ」
「そのひとがエーデルていこくをつくったんだよね!」
「そうだ。国の無かった時代に人々を纏め上げ、国を興した英雄だ。
帝国ができた御蔭で、戦う力の無い者でも安心して暮らせるようになった」
「すごいひとだね!」
「そうだ、凄い人だ。世界を帝国の元に一つにし、今の世界の原型を作った。
そんな女帝でも終わりが近づいていた。女帝は後継者を選び、去っていった」
「しんじゃったの?」
「そう言われている。そして、帝国は今の世まで続いて多くの国の元になった。
これが一番最初にこの世界にやって来た異世界人の話だ」
「おばあちゃん、ありがとう! …う~ん」
「どうした?」
「そのじょていっていうひと、どういうひとだったのかな?」
「さあ、どんな人だったんだろうね。女帝は自分の情報を残さなかった。
名前は勿論、活躍も。子供も居なかったそうだ」
「はずかしがりやだったのかな?」
「そうかもしれないね。
でも最近の研究では存在しなかったのではないか、とも言われているんだ」
「えー、そんなのつまんない」
「そうだな、私もそれは面白くないと思う。
だけど、証明しようがない…難しい問題だな」
「う~ん」
「難し過ぎたかな。でも、こういう話があるという事は似た事実はあった筈だ。
火のない所に煙は立たないとも言うからね」
「つぎのおはなしして!」
「はいはい、じゃあ次は……」
(そうでしたわ、アタクシはおばあちゃんの御蔭で)
子供の頃の出来事を見て、フランは思い出した。
何故、自分は異世界人に興味を持つようになったのか。
女帝以外にも様々な異世界人が訪れ、この世界に変革を齎していった。
だから、自分も会いたかった…この世界に変革を齎す者に。
そうすれば、きっと。
「アタクシは退屈から解放される」
そこでフランは目覚めた。机に突っ伏した状態で寝落ちしていたらしい。
そのせいか頭がぼーっとするし、全身が痛い。顔にも本の後が付いている。
心の中でそれら全てを父のせいにしながら、フランは起き上がる。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「お父さんが? 分かりましたわ、すぐに準備します」
昨日あれだけ言ったのにも拘らず、ハルベルムはまだ言う事があったようだ。
フランは厭きれながらも、使用人を待たせる事なく父の元へ向かった。
「来ましたわ…って、カンナギ様?」
「おはようございます、フランさん」
「来たか」
そうして二日続けて、ハルベルムの部屋を訪れたフラン。
部屋には既に奏慈も居り、同じく呼ばれたのだろう。
奏慈も呼んで何を話すのか、早速フランはハルベルムに聞いた。
「今度は何の用ですの」
「そう急くな。カンナギ殿は元の世界に戻るために情報を集める必要がある。
そのために各地の図書館を巡る事になった。後は分かるな」
「カンナギ様の護衛ですか」
「そうだ、手が空いているのは今お前しか居ない」
「…分かりましたわ」
ハルベルムの頼みはフランにとって都合のいい物だった。いや、良すぎる程に。
だが、それについて色々言う訳にもいかない。
フランは何も言わずに了承し、笑顔で奏慈に話し掛ける。
「よろしくお願いします、カンナギ様」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
元の世界に帰すための手助け。フランは笑顔であるが、実際は邪魔したかった。
しかし、それは許されない。大人しく自分の仕事に専念する事にした。
「馬車は用意してある。それに乗って、ダハルへ向かえ」
「分かりました」
そのまま二人は馬車へ乗り込み、ダハルへと旅立った。
ダハルはファルシオン領内で唯一図書館のある町で人も多い。
そんな町なら答えに辿り着けなくても、道筋を見つける事はできるかもしれない。
「フランさん」
「んっ、どうかしましたの?」
「ああその…」
そんな旅路の途中、奏慈はフランに話し掛けた。
当のフランは窓から景色を眺めており、間の抜けた返事で応える。
しかし、話し掛けたのに奏慈は言い難そうにしていた。
「あの」
「そ、その喋り方です」
「喋り方?」
「別に敬語でなくても大丈夫ですよ。お世話になってるのはこちらなので」
「いえ、そういう訳には」
「それに普段の喋り方の方が喋り易いですよね。だから、いいですよ」
「…分かりましたわ」
「ありがとうございます。すみません、配慮して頂いていたのに」
フランは不思議に思っていた。
昨日あれだけ無理を言って困らせたのに、どうしてこうも優しいのか。
これが父の言っていた大人の振る舞いという奴なのか、と。
「それで話は終わりですの?」
「…はい、だいだいそんな感じです」
だが、言いたい事を胸に秘めて言わないのはよく知っていた。
一度落ちた評判は元には戻らない。言った事は取り返しがつかない。
フランはそれを、それだけはよく知っていた。
「あっ、あれがダハルですか! 綺麗な町ですね」
そうこうしている内にダハルが見えてきた。あと少しで到着だろう。
フランは何か面白い事が起きないか期待しつつ、揺られて過ごすのだった。
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