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No.Canaria-iris-  作者: 霞 奏
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二つの道

【成長と進む道】

私は十五歳になった。

 小学校中学校の勉強なんて余裕だった。たまに現れる分からないことなんて調べれば一瞬で倒せた。私には強い味方「知識欲」と頼れる知識人「猫ノ手技水工房」のオリヴィアさんとマスターがいる。学ぶことにおいて私に死角は無いと思っていた。

 しかし、私は知識だけでは倒せない敵に初めて会った。「進路決定」だ。

 進む道を選ぶ、将来目指すものを具体化する。

 それは言うだけなら簡単だが、私は決めあぐねていた。私には選べない。憧れのマスターと同じ道「義肢職人」、大好きな父の背中を追える道「医師」この二つから一つを選ぶことなど到底無理だ。私は悩み続けた。幸い成績は優秀だったので、先生方も急かすことはしなかった。むしろ、強制したら首が飛ぶとまで思っていそうな様子だった。

 五歳の時私の願いを叶えてくれた工房の妖精、私の夢の始まりである義肢職人のマスター。彼の作った父専用の義肢「AO-b2n2k3r1g4」はその後の医療分野に革命を起こした。それまで最先端の医療を受けるには多額の費用がかかっていた。当たり前だ、最新設備の維持や優秀な医師を雇うにはお金がかかり、それを捻出するためには医療費をあげるしかないのだ。そこに現れたのがポッと出の開業医ハワード・パーカー、私の父だ。

 あろうことか私の父は最新どころか新開発の医療用アームを備えた義肢を躊躇いなく、手頃な価格で提供しだしたのだ。最初は医師会も文句を言ってきた。しかし、その義肢が「猫ノ手技水工房」つまりマスターの作品とわかると一瞬で手のひらを返した。超有名な「隻腕の小説家ジャスティン・ハミングバード」が憧れる程の存在、美しく人を魅了しそれでいて機能的な義手の作者、誰もが欲しがる天才技師の作品。そんなものに喧嘩を売ればどうなるか、この世界のエネルギーを司る、技水珠に携わる技術者の半数を敵に回すと言っても過言では無い。「技水珠無しでは生活出来ない」そんな一般常識は医師会にとっても例外では無い。技水珠が無ければ医療機器はほぼ動かない。医師本来の技量だけで高度な医療を行うには限界がある。ほとんどの医師が技水珠を用いた機器頼りなのだ。そんな医師達が技水珠のメンテナンスを行う技術者に見放される。それはつまり廃業を意味する。もっと言えば、技術者に見放されるだけならまだ良い、別の技術者を雇えば良い。その大物小説家の読者にその医師を批判したことがバレるとそれこそ終焉だ。患者あっての医師、お客様あっての経営、その大切な患者達が悪い噂に染まれば病院を変えてしまう。皆、父の病院に行ってしまうだろう。技術者の憧れの品、あの大物小説家と同じ、美しいながらも機能的な医療用義肢 という名の作品、そしてそれを扱う心優しく志の高い医師、そんな非の打ち所が無い人物に石を投げれば自分に帰ってくる。むしろ隕石のごとく滅ぼされてしまうに決まっている。

 そして、医師会は共生の道、悪く言えば擦り寄る道を選んだ。父に今までの非礼を詫び、高い地位を与え、教えをこう。その態度はあからさまだったが、父はそれを無下にしなかった。地位があれば今の医療体制の根本を変えられる可能性が出るのだ。父の志は現実に一歩ずつ近ずいていた。

 そして工房のマスターの発言がさらに父の背中を、志の成就を後押しした。

「その義肢、他の技術者に見せて良いよ?要るなら図面も出す!まぁ真似出来ないと思うけどね!」

 その発言を聞いた父は自惚れや独占を考えることは一切なく、医師会と技術者達にその言葉をそのまま伝えた。技術者達は飢えた獣のように図面を求めた。新しい技術、革新的発想、天才の図面、真似出来ないという挑発への挑戦。そして技術者達はその全てを得た。そして天才技師の挑発に敗北した。マスターの真似が出来るはずが無いのだ。工業用ロボットアームの操作は常人であれば一台で十分、プロで二台出来れば上出来、天才ですら三台が限界そんな一般常識がある。マスターの使う専用義肢、マスターのお爺様が作ったマスターだけが扱える神機「H-sh3r1」はその一般常識から外れている。工業用アームを同時に四本扱うのだ。繊細さと豪快さ、剛と柔それを同時に行う規格外品。真似できるはずが無いのだ。単純計算でプロ二人が同時に息を合わせ、寸分の狂いもなく作業する。夢物語どころか地獄絵図になりかねない。

 しかしマスターはずる賢い顔でイタズラをするように言ってのけた。

「ね?無理だったでしょ?二本アームで作れるバージョンの図面あるけど…買う?」

 これも私の出世払いに入るのだろうか、その図面は飛ぶように売れた。技術者はもちろんのこと、小説家のファンがコレクションとして、一般人が興味本位で買っていった。もちろん大物小説家も飛びつくように買ったらしい。むしろ原画自体を買うために大金を積んだともっぱらの噂だ。一大社会現象となったその図面は、様々な方向に大きな影響を与えた。技術者の地位を向上させ、医療環境が劇的に進歩した。

 言い方は悪いが父の義肢の劣化版「Dr.jellyfish」は医師達の標準装備として定着し、様々な医療現場で使われ白衣と同じ医師の象徴とまで言われるようになった。そして、それに合わせて父の地位も上がって言った。しかし、父はどこまで行っても私の「憧れのかっこいいパパ」だった。天狗にならず、常に患者を思い現場に立つ父の背中に私は強い憧れを感じていた。それと同時にある決意をした。

「技師ではなく医者になろう」

 私の夢の天秤は医者に傾いた。

 

【道の始まり】

私は医療系専門学校に進学した。医学部への進学率が高い専門学校、比較的近所の有名校「アスク医療専門学校」

 難関と言われたが私には関係ない。私は天才技師とその助手に勉強を叩き込まれ、導かれて来たのだ。入学試験が簡単過ぎて文句を言ってやろうかと思った程だった。私は容赦なく首席入学をもぎ取った。巷で噂の天才技師の弟子、医師会の大物の娘、満点合格の才女、様々な通り名がついた。

 私は天狗にならなかった。上には上がいると知っていたから、本物の天才とそれを支える才女、そして志は高くそれでいて謙虚な医師。この三人が「私はまだまだ上に行ける」そう教え、導いてくれるのだ。だから私は入学式の新入生挨拶を任された時、こう述べた。

「私は知っています。私にはひとつの才能があります。それは、努力する才能。私には誰にも負けない物があります。それは尽きることの無い探究心。私には願いがあります。この二つが皆さん、今日共に入学する学友、導いてくださる先輩方の心に届き、私がかけて貰った工房の妖精の魔法が皆さんの中で花開き咲き誇ること、それが私の願いです」

 反響は凄まじかった。教室に案内され私は女子達に囲まれた。かっこよかった、感動したそんな言葉を沢山かけられた。逆に男子達はちょっとよそよそしかった。遠くからカッコつけ、自意識過剰、調子に乗ってるなど語彙力の欠片も無い、幼稚な妬みを小さな声で呟いていた。

 その時だった。教室の角、廊下側の一番後ろに座っている男の子が突然立ち上がって顔を真っ赤にし、ちょっと涙目で声を張り上げた。

「やめなよ!…アイリスさんの言葉は勇気をくれるいい言葉だったじゃないですか!それを…それを悪く言って…かっこ悪いですよ!」

 語彙力の無いとてもかっこいいからは程遠い言い方、弱々しい背格好、細い身体に私より低い身長、伸びた赤茶色の前髪で目元は隠れ、髪の間から涙目が覗いているその小さな男子は泣く一歩手前で歯を食いしばっていた。

突然の出来事だった。一人の男子生徒が彼に近寄り髪を掴んだ。真っ赤な長毛をポニーテールにし、ピアスがバチバチと開いた耳、明らかに怒ったその男子は乱雑にそして脅すように掴み、顔を持ち上げさせ固く握った拳を腹部にめり込ませる。女子達から悲鳴があがる。腹部を押さえうずくまる細身の男子に追い討ちをかけようとするその赤髪を、腹立たしいそのバカを、幼稚なサルを私は掴む。そして驚いて止まったその赤髪を無視して、私はうずくまる細身の男子にさも当たり前のように声をかけた。「あなた勇気あるじゃない!お名前は?」

 彼はゼーゼー言いながらアーチー・スミスと名乗った。私はニヤッとどこかのマスターのように笑ってさらに続ける。

「OK…アーチー私のために後でもう一度勇気を出してくれる?」

 私のその問いに彼は涙を引っ込め決意を持った目でウンウンと頷いた。私は心を決めクルッと踊るように回っておバカさんの方を向いた。そして、綺麗に、わざとらしく紳士のようなお辞儀してみせた。その瞬間、戸惑って頭をヘコっと下げたおバカさんのおデコに向かって渾身のパンチを決めてやった。私の知っている限りの、人体についての知識、使えそうな物理学、そして工房のお手伝いでつけた筋力をフル活用した必殺の一撃、一応殺す気はないが必殺の一撃、それをまともにくらいそのおバカさんはひっくり返り気絶した。一発KOである。実は私は今回が初めての暴力だった。だから少し手が震えて、泣きそうだった。「泣いてたまるか」そう思って歯を食いしばりながら痛い手を、震える手を隠そうとした時、一人の女子生徒が私の両手を包み込んだ。

「やっぱかっこいいね!今の一撃心が痺れたぜ!」

 そう言って愉快そうに笑う女子生徒、長い不思議なグレーの髪をツインテールにし、白うさぎを思わせる真っ赤な切れ目の子。その子は誰にも見えないように私にウインクで合図して、私の両手をブンブンと振りながら大きな声で続ける。

「私はアゼリア!アゼリア・グレイ!手を痛めたでしょ!その細っちょいのも一緒に保健室行くよ!」

 そう言ってアーチーをひょいっと引っ張り上げ、私の手を握る彼女、アゼリアは頼もしくパワフルな女の子だった。「この二人と友達になりたい」私はそう思った。勇気を振り絞って私を庇ってくれた優しくてかっこいいアーチー、私の不安に気付き誰にもバレないように守ってくれるパワフルなアゼリア、この二人との学校生活はさぞ楽しいだろう。そんなことを考えながら保健室に向かっているとアゼリアが突然笑い出した。

「それにしても見事なパンチだったね!アイリス…武術は苦手なんだね!でも流石だな〜素人のパンチであの威力は…フフフ…気絶してたもんね!」

 嬉しそうに言うアゼリアにつられてか、アーチーも笑い出す。

「そうですね…良いパンチでした!僕もあんな勇気が出るパンチを打ってみたいですね!」

そう言ってその細い腕をムキッと力こぶを出そうとしてみせる。面白くて、それでいてちょっと恥ずかしくて、私は頬を染めた。

 私の入学式当日の騒動は恐らく問題になるだろう。しかし、私はそんな些細なことなんてどうでも良かった。なぜなら、素敵な友達が出来たから。長い付き合いになる親友と出会えたから。

  

【問題児と寄り道】

入学式後に起きた私達の喧嘩騒ぎは、大きな問題として職員室で取り上げられた。

 新入生代表の、首席入学した生徒の問題行動、ましてやその生徒は医師会の大物の娘と来た。めんどくさく厄介極まりない議題、教師陣はその問題を教頭の手にゆだねることにした。アスク医療専門学校の教頭、ダリア・フローレス教頭。凄腕の医者であり教育者、そんな権威ある人が今回のしょうもない喧嘩の判決を下すこととなった。

 ダリア先生は次の日ふらっと、まるでお散歩ついでに立ち寄った喫茶店のように私達の教室に現れ、教卓の横の椅子に音もなくゆったりと座り、読書でも初めそうな仕草で皮の手帳をポケットから取り出し、そっと呟いた。

「アイリスさん…少しお話出来るかしら?」

 私は少し緊張した。恐らく昨日の喧嘩の件だろう。後悔はないし、言い訳をする気もない。しかし、少しやり過ぎた気もしていた。何を言われるのかドキドキしながら私は席を立ちダリア先生の元に近寄った。ダリア先生はそっとその丸メガネにかかった美しい白髪を払い、カーディガンの胸ポケットからペンを一本取り出した。気品溢れる所作だった。思わず見惚れる程の洗練された動作、知性と冷静さ、そしてなんとも言えない安心感を与える無駄のない動きだった。しかし、不意にダリア先生はペンをしまって少し照れたように、恥ずかしがり屋の少女のように仰った。

「あなたの万年筆をお借りしてもよろしいかしら?私その万年筆と同じ物を使う小説家がとっても好きなの…無理にとは言わないわ?こんなおばあさんのちょっとしたわがままを許してくれない…?」

 私の万年筆、私が常に持ち歩いている宝物、工房の妖精の最初の魔法。私は少し躊躇ったあとポケットからその万年筆をとり出した。小鳥の形をした美しい金色の万年筆、それはまさに教室全体がザワつく程の貴重品、超有名小説家と同じ万年筆だ。コレクターならウン十万だす程の芸術的価値があるものをクラスメイトがポケットから出すのだ。教室の生徒達も何故か黙りこみ、息を潜めてその万年筆がダリア先生に手渡されるのを見届ける。

「素敵な万年筆ね…少し試し書きしてもよろしくて?」

 そう言って嬉しそうに笑うダリア先生を見て私は不思議と、自然と、喜んで頷いた。

 その万年筆を優しく握り、ダリア先生はチラっと私を見てからメモ帳に目を落とし尋ねる。

「昨日は何があったのかしら?」

 名医の一刀、誰も傷つけず、誰もが自然に目線を自分に集める話術、それでいて当事者しか発言出来ない完璧な質問。私はこの心地良さすら感じる誘導にあえて抗うことはしなかった。

「私を守ってくれたんです。アーチーさんが陰口を言われている私を思って。勇気を出して守ってくれたんです。でも…それが気に食わなかったのか赤毛の彼がアーチーさんの髪を掴んで、お腹を殴ったんです。うずくまるアーチーさんを見て私は自分の怒りを抑えられませんでした。」

 そう言って少し黙りアーチーとアゼリアを見ると小さく頷いてくれた。それに勇気をもらい私は続ける。

「それで思わず手が出てしまいました。当たりどころが悪かったのか赤毛の彼は気絶してしまい、私も慣れないことをして手を怪我してしまったので保健室に行きました。」

 私はイタズラな紳士のお辞儀のことは黙っておいた。どうせ赤毛の彼が話すだろうと思ったからだ。話を聞いてダリア先生は落ちそうになった丸メガネを直しながら赤毛の彼を見る。そして確認するように、見定めるようにそっと聞く。

「ローランくん…?今の話になにか違う点や付け足すことはありませんか?」

 赤毛の彼はローランと言うらしく、少し不機嫌そうに、それでいて納得している顔でただ一言。

「はい」

 とだけ言った。それを見て隣の生徒がローランの肩を掴み不満そうに引っ張る。しかし、それをローランは振り払い自分の席にドカっと座った。

 不満そうにしていた生徒、緑髪のシュッとしたメガネの生徒に視線を移しダリア先生は尋ねる。

「バジル・サリバンくん…ですね?なにか知ってらっしゃるんですか?」

 バジル・サリバン、そう呼ばれた彼は少し戸惑った様子で口をモゴモゴするだけで何も言わなかった。アーチーと違って彼に熱い勇気は備わっていないようだ。モゴモゴするバジルを見ていた視線をアーチーに向ける。アーチーはかなり緊張しているようで服の裾をギュッと握り、それでも私との「もう一度勇気をだす」約束を果たすべく口を開く。

「はい!間違いありません!彼女の代表挨拶に勇気を貰ったので…名に恥じぬ行動をしようと思って…でも余計彼女に迷惑をかけてしまって…」

 尻すぼみになりながら、それでも教室の最後尾からダリア先生が居る教卓に届くほど、アーチーははっきりと言葉にした。

 二度目の勇気、それはアーチーに大きな自信を与えるものだったようだ。それを感じてか満面の笑みでアゼリアがアーチーをバシバシ叩きながら声を張る。

「良いパンチだったよなぁ〜!まさに正義の一撃って感じでさ!見ててスカッとしたよな?」

 アゼリアはそう言って教室全体に同意を求める。クラスメイト達の大半は頷き、陰口を言っていた連中はバツが悪そうにしていた。

「アゼリアさん?少し発言がはしたないですよ?まぁ…この学校でそこもお勉強しましょうね…?」

 そうダリア先生にたしなめられてアゼリアはペロッと舌を出す。そしてダリア先生は最後にゆっくり立ち上がりながら丸メガネを直し、メモ帳をしまった。そして私に小鳥の万年筆を返しながら教室全体を眺めて言った。

「アイリスさん…素敵な万年筆を使わせてくれてありがとうね?皆さんも次は暴力で解決しちゃダメよ?それじゃ…皆さんお勉強頑張ってね?」

 そう言って扉を出ようとしたダリア先生は不意に振り返りイタズラっぽく笑って言った。

「チチンプイプイ!みんないい子にな〜れ!」

 そんな可愛い魔法をかけてダリア先生は去って行った。

 後ほど来た正式な通達には全員お咎めなしとなっていた。ダリア先生に感謝しつつ、私はその後しっかりローランに謝罪をした。ローランはローランで見た目に反してしっかりしているようで、耳のピアスを弄りながらではあったが、私とアーチーに頭を下げに来た。一人だけ不服そうなバジルはみんなでほっといた。

 そして謝罪し合ってどう解散するか迷っている私達に向かってアゼリアがはやし立てる。

「よ!アーチー!名前通りすっごく!勇敢な男!」

 私達はそれに乗じて一緒になってアーチーをつついた。また複雑な友達らしきものが出来た日だった。

  

【秀才とおバカさん】

私は個性豊かなクラスメイトに囲まれ、充実した学校生活を送っていた。仲の良い五人組、鬼才秀才の最強グループそう言われるのが何より嬉しかった。

「アーチー・スミス」彼は泣き虫で臆病だが、熱い勇気と強い正義感を持っている。見た目は細い身体に長い前髪のせいでかなり暗い印象を受けるが、前髪で隠れたその瞳は快晴の青空のように青く澄んでいて、目鼻立ちも整っているから「磨けば輝く」ともっぱらの噂だ。アーチーは大変器用で、宝石職人のご両親の影響で宝石細工を趣味にしている。その一方で入学式当日の騒動でローランにやられたのが余程悔しかったのか、細々と身体を鍛え始めたらしい。今度 、アゼリアと一緒に美容院に引きずって行って、その後に肉でも与えて太らせてみようと思う。筋肉をつけるにしても彼は食が細すぎるのでまずは食育からだ。

 次に「ローラン・ミッチェル」初めて私が殴った相手、喧嘩腰で短気で素直じゃない男。このいけ好かない色男はビジュアルが良いだけで女子にモテる。その真っ赤なポニーテールとピアスの大量に開いた耳、笑うと見える八重歯、そして紫色の大きな目。そして趣味の悪いネックレスと柄物のシャツ。荒々しい見た目に反して普段は優等生で、授業態度も良くテストの成績も常に上位にいる。その影響もあって余計に女子にモテているが、鈍感過ぎて女子からのラブレターをイタズラだと思ってすぐにゴミ箱に捨てている。きっといつか刺されるだろう、むしろ刺されてしまえとすら思っている。

 そんな彼の良き理解者であり、喧嘩騒ぎの時不満そうだったくせに何も言えなかった意気地無し「バジル・サリバン」彼は友達思いだが勉強は余り得意ではない。いつもローランに座学を教えてもらっている。しかし彼は物覚えが悪いわけではない。語彙力と理解速度が圧倒的に不足しているのだ。分からない所を上手に分からないと伝えられないたったそれだけ。理解すれば彼の実力はピカイチで実技の授業は常に完璧と言って良い。その彼自身の容姿、いかにも勉強ができそうなキリッとした黄色の目、シワひとつない紺色のブレザーに短くきった綺麗な深緑の髪、そして知性と威厳を感じさせるメガネ。そしてバジルという名前にちなんで「ポンコツ王子」と私達は呼んでいる。

 彼とローランは幼なじみらしくいつも一緒にいる。最初バジルは私を敵視していたようで、何かにつけて噛み付いて来た。勉強、運動、授業態度、家族のことだって色々言ってきた。しかし、ローランに注意され、私に言い負かされ、アゼリアに笑われ心が折れてしまったようだ。とどめにアーチーの何気ない「素敵なのに残念ですよね?ポンコツ王子って感じ?」という発言で完全に五人組のおバカさん枠に収まってしまった。

 そして五人組の一番のおバカさん、それでいて最高に明るい私達の太陽「アゼリア・グレイ」

 彼女も容姿が美しい。彼女は俗に言うアルビノで、白い肌とグレーの長い髪、そしてピンク色の瞳が特徴のお人形さんを彷彿とさせる透き通た容姿。黙っていればそうなのだが、彼女はおしゃべりで天真爛漫でそしておバカさんだ。正しく言えば勉強は出来ないが、運動はすこぶる出来る。座学のテストはいつも後ろから数えた方が良い順位 、しかし体育のテストはぶっちぎりの一位、先生から「アゼリアは医療じゃなくてスポーツ分野に進むべきだ」なんて言わせる程の実技者。彼女は本当に運動なら何でも出来て、球技から武道、個人競技から団体競技までどんなスポーツにも対応し、圧倒的実技を発揮する。バジルやアーチーは運動は得意では無いのでいつもアゼリアにボコボコにされているが、彼女のその明るい性格、太陽のような笑顔、無邪気な喜びにあてられていつも楽しそうに彼女と遊んでいる。たまに彼女と遊んでいる途中で彼女がどこかの部活の助っ人に行くと、あからさまに二人がシュンとして捨てられた子犬のようになって可愛らしい。

 そんな愛らしい友達、四人の個性豊かな私の宝物達と過ごす学校生活は充実した物になる。そんな確信を私は持って学校生活に全力を注ぐのだ。


【言葉と変化と】

「私工房に行ってみたい!」

 アゼリアが唐突にそう言い出した。彼女の言う工房とは「猫ノ手技水工房」私が幼少期入り浸った場所、マスターとオリヴィアさんが営むオーダーメイド義肢専門の工房、そして私が魔法をかけて貰った思い出の地でもある。

 駄々をこねるアゼリアを見ながら私は悩んでいた。学校に入学してからあまり顔を出せていなかったからだ。入学するまでは製作の手伝いをしたり勉強を教えて貰ったりしていた。それなのに私は入学してから忙しいことを理由に行っていなかったのだ。正直言って気まずい、自分が恩知らずに思えてモヤモヤしていた。何か気づいたのだろうか、珍しくアーチーが声を大きくする。

「そんな!アゼリア…アイリスを困らせちゃダメだよ!工房の方も忙しいだろうし、その工房超有名店でしょ?迷惑かけちゃうよ!」

 アーチーはきっと私を助けてくれたのだろう。これがアーチーじゃなかったら惚れていた。残念ながら私のタイプからは大きく外れているので惚れることは無いが、それでも私は彼に勇気を貰った。

「みんな行きたい?それなら私からマスター達に聞いてみるけど無理だったらごめんね?」

 そう言って居ると、扉の所からダリア先生が飛び出して来て、興奮しながら手紙を差し出し歌うように、夢見る乙女のように言ってきた。

「アイリスさん!工房から!あの猫ノ手技水工房から名指しで工房見学のご案内が来てますよ!」

 そこまで言って、自分が興奮して取り乱していることに気づいてか、ダリア先生は一つコホンと咳払いして続ける。

「引率の教師一名、生徒の人数はアイリスさんが工房のサイズに合わせて選んで良いと…あと…追伸でいい加減友達を紹介しろと書いてあります」

 あの天才は千里眼でもあるのだろうか、それとも監視カメラでも私につけているのではないかと思いつつ、アゼリアの方を向く。期待を込めた目で私を見てくる彼女を見て私は人数は四人、メンバーはアゼリア、アーチー、バジル、ローランと名指しした。クラス全体からため息が漏れた。それはそうだ。誰だって行ってみたい天才の工房。有名小説家の美しい義手を作り上げた「工房の妖精」の住処、現代医療に革命を起こした医療用義肢「Dr.JerryFish」の生みの親。まさにそこらの遊園地なんかに行くより圧倒的に有意義な場所だ。しかし指名されたのは鬼才天才の集団、「アイリスの友達」皆諦めざるおえないのだ。そんなクラスメイトをしりめに欲望丸出しの大人気ない人が一人わがままを言う。ダリア先生だ。

「私を!私を引率に指名してください!話し合いはしたんですが…アイリスさんに任せようとなって…私は!私は絶対行きたい!」

 それは誰もが行きたいに決まってる。欲望丸出しのダリア先生に呆れつつ、私は喧嘩事件の恩もあるのでダリア先生を指名した。そして天才の、マスターの恐ろしい程の知性に再び驚かされる。招待の日付、それが明日なのだ。絶対にわざとだ、私を逃がさないため、迷う余地すら与えない策略、マスターのにやけ顔が目に浮かんだ。

 大喜びのアゼリアを見ながらマスターには敵わないと再び実感させられ、その唐突さに踊らされることにした。明日が楽しみであり、不安でもあったが、行くしか無いだろう。

 そして次の日、私は久しぶりに工房を訪れた。

 何ヶ月ぶりだろう、少し緊張して扉に手をかけようとした時私が開けるより先に中から人が出てきた。オリヴィアさんだった。いつもの歯車付きの車椅子、出会って十年経っても変わらない美しい容姿、細くて綺麗な白い指が扉を開いてくれた。

 オリヴィアさんはフフっと笑って膝の上に載せた本に手を伸ばす。通称「カナリア」それが本の名前、金色の小鳥が枝で休んでいる金属製のレリーフの施された本、過去の出来事で声を失ったオリヴィアさんの仮の声帯、それが「カナリア」マスターの最初の作品でありオリヴィアさん専用の本型擬似声帯だ。その本を開きオリヴィアさんがその細い指で文字をなぞる。同時に休んでいた小鳥のレリーフが口を開き、歌うような不思議な音で、声で、オリヴィアさんの言葉を代弁する。

「おかえりなさい。アイリスさん、それとお友達の皆さん今日は沢山知って行ってくださいね…」

 そう言ってオリヴィアさんはお辞儀した。

 陽の光を浴びてキラキラ輝くオリヴィアさんの白い髪と赤色の目に懐かしさと憧れを感じつつ、マスターを探してみる。居ない。嫌な予感がしたが吹き抜けになっている上の階をみると明らかに悪い顔をしたマスターが飛び降りて来ようとしていた。オリヴィアさんも、そして他の先生含めた五人も、総勢六人の目線が集まった時、マスターは宙を舞った。背中にはマスター専用の工業用ロボットアーム、通称「阿修羅」を装備し空中で前転を決めながら降ってきた。凄い音がするだろうと思って構えていると、マスターは羽が落ちるようにロボットアームを使って静かに着地した。さすが天才、私の想像を凌駕する圧倒的な機械操作技術、まるで背中のロボットアームが翼なのではと錯覚するほどの衝撃吸収、機械内部まで熟知しているからこその正確な操作、長年見てきたがそれでもいつも驚かされてきた。

 オリヴィアさんはと言うと何事も無かったように、当たり前と言わんばかりに紅茶の用意をし始めていて、マスターのドヤ顔すら見ていない。

 さて、それに反して初見の五人はどうだろうか。ローラン、バジル、アーチーは感動と尊敬の目線を送ってまるでスーパーヒーローに出会った子供のような顔をしている。アゼリアはライバルを見つけたような闘志を感じる熱い目線と、恋する乙女の顔を同時に見せるという器用なことをしている。マスター被害者の会が結成されるのも時間の問題だろう。最後に、ダリア先生はもうダメだった。拝んでいた。何に感謝しているのか何を祈っているのか分からない程。熱狂的に拝んでいた。そんな私達を満足気に見ながらマスターが言葉を発する。

「ようこそ未来ある方々!さぁ!どんな魔法がご所望だい?」

 そう言って最後に私の方を見る。「魔法」あの発言は意地悪だ。幼い私はマスターの凄まじい機械技術を本気で魔法だと思っていた。「工房の妖精」の魔法、何でも叶えられる不思議な力、そして私が諦めた道。それを思い出した時、私の胸が少しだけチクッとした。

 そんなことを知ってか知らずか、マスターは私達を椅子に案内し私にそれぞれを紹介するように促す。

「友達から紹介するね?女の子がアゼリアおバカだけど運動神経抜群よ!もしかしたらさっきのマスターの真似ができるかもってぐらいすごいんだから!」

 私がいつも通りマスターと会話する調子で紹介し始めると、他の全員の目がバッと私を見る。私は「しまった!」と思った。それもそうだ。超有名人、「工房の妖精」、ベストセラー小説「bird&genius engineer」のモデル、医療環境の革命児そんな人に友達がましてや自分の学校の生徒がタメ口をきけば誰もがギョッとする。悪いことをしたと思いつつ私は何食わぬ顔で続けることにした。

「次に彼はアーチー、ちょっと暗い見た目だから今度美容院に連れてってみようと思ってるの!」

 アーチーがびっくりした顔で前髪をサッと抑える。私はニヤッとしながらアーチーに向かってハサミをチョキチョキする真似をしてあげる。

「あとこっちの赤毛がローラン、まぁ見たまんまね…あと私の次くらいに賢いわ」

 ざっくり過ぎる紹介に不服そうな顔でローランがこっちを見てくるので、最後に一言付け足してあげることにした。

「あと、一応モテてるけど気づいてないわ」

 ローランがキョトンとしたのに私は満足し、アゼリアとアーチーは手を叩いてキャッキャと喜んだ。だいぶみんな緊張が解れてきたようだった。

「最後にこのいかにも賢そうなのがバジル。見た目に反してアホよ。実技科目はできるけどアホの子。ニックネームはポンコツ王子ね」

 バジルが威嚇するようにこっちを睨んで来る。私は意地悪してやろうと思いマスターの方を指さす。マスターと目があった瞬間、マスターがニヤッとしながら彼に話しかけた。

「やあ!ポンコツ王子!後でアイリスの学校での様子を教えてよ!」

 次は私がギョッとする番だったようだ。バジルがマスターに私の学校での様子を報告する。最悪だ、一番嫌と言って良い、出来ればアーチー辺りに報告をお願いしたい気持ちだったがそれは叶わなかった。バジルが間髪入れずに、大喜びで、ここ最近で一番の笑顔で答えていた。

「はい!勿論です入学式から今日まで全部お話します!いっそ報告書をお作りしたいぐらいです!」

 後でバジルには超絶難しい問題集を解かせよう。泣いても解かせてやる。そう心に決めた。

 そして最後のメンバー、今回の引率担当、アスク医療専門学校の教頭、ワクワクして全く落ち着かない50代女性、ダリア先生を紹介しようとして私は遠慮した。本人が喋りたくてウズウズしてるのが目に見えたのだ。私はスっと手を伸ばしダリア先生に自己紹介を促した。ついに感極まっているダリア先生の自己紹介が始まると思うと少しワクワクした。興奮した先生はどんな話をするのか興味があった。しかし、さすが学校で教頭を務めるだけある。コホンっと咳払いを小さくして、ダリア先生は初めて話した時のあの優美で余裕のある女性に変身し、感謝を述べる。

「本日はお招き頂きありがとうございます。御高名な銅田様の工房にご招待頂き感激しております。本日はどうか我が学び舎の生徒達にその技術と知識をご披露いただきたく思っております。」

 さすがだった。さすが教頭を務めるだけあると私は失礼にも関心してしまった。しかし、そんな表向きの挨拶がマスターに通用する訳が無い。マスターはその全てを見透かしていそうな目をダリア先生に向け、その後私達に向けパンっと手を叩いて見せた。そして今までのダリア先生の努力も虚しく一言で片付ける。

「固いのはお煎餅だけで良いよ〜話は柔軟に、アイデアは溢れるように、そして知識は貪るように!それが一番さ!ねっ?オリヴィアさん!」

そう言われてお茶を入れて来たオリヴィアさんを見ると、当たり前のように微笑み頷いている。阿吽の呼吸というか、示し合わせたように緑茶とお煎餅を出して来るあたりオリヴィアさんは相当なマスターオタクだと思った。マスターは紅茶とクッキーが好きだ。それが今日に限ってお煎餅の例えをしたのだ。普通の助手ならいつも通り紅茶とクッキーを出すがオリヴィアさんはお茶とお煎餅を事前に用意してきたのだ。テレパシーか未来予知能力があるのか、もしくはマスターへの愛がそうさせているのか。私はそんな二人に呆れながら小さく「結婚すれば良いのに」と呟いた。

 私は気を取り直してマスターに質問する。今回の目的、工房見学をなぜ提案して来たのか、なぜ私に友達を連れて来るよう言ったのか、そしてなぜ私の家でなく学校に手紙を出したのか。

 マスターは再びニヤッとしながら答えてくれた。

「だってだって!アイリスが僕達を避けるから!家に手紙送ってもどうせ学業が忙しいって行って逃げるかな〜って思ってさ!なら学校行事にしてやろうと思ったわけ!それに友達と先生がこればアイリスの学校での様子が分かるからね!」

 子供っぽく、駄々をこねるようにそう言ったマスターは最後に私を見て見透かすように言った。

「それにアイリスが夢を追わなくなった理由が知りたくて」

 私はハッとした。いやそんな気はしていた。当然なのだ。私は私の夢を十年前話したのだ。幼く、無知で、愚かな夢。わがままで、無理で、夢物語。そう思って捨てた夢。父とマスターに憧れた幼い頃の夢。それは「技師と医師、両方になること」それを私は諦めた。理由をつけて逃げたのだ。きっとそれが私の心がさっきチクッとした理由、大人な決断という幼稚なフェイク。それを見透かしマスターは今、このタイミングで私を呼び出したのだ。私に付いた逃げ癖をなおすために、夢の天秤を修理するために。

「アイリスの本当の夢ってなんなの?」

 アゼリアが私を安心させるように、いつもの笑顔で、それでいて私ではなくマスターに聞くように問う。

 マスターは自分の指を口元に添え、シーッと噂話をするようにアゼリアに教える。

「アイリスはね?小さい頃、技師と医師両方になるって言ってたんだよ」

 バラされた。私の恥ずかしい過去、諦めた夢、笑顔の生活に刺さる小さな棘。そうなのだ。私はその可愛らしい夢物語を捨てたのだ。現実は厳しいのだと自分に言い聞かせて。

 アゼリアは不思議そうに私を見る。おバカだからではない、私の本心を聞くために、一人で抱えた心の棘を一緒に抜くために、その真っ赤な目は私の目をしっかりと捉えて逃がさなかった。

 私が言い訳しそうになった時、アーチーが言葉を挟む。

「それは難しい夢ですね…でもアイリスが諦める理由が分かりません…彼女なら出来るのに…」

 私はびっくりした。アーチーは私の夢を、幼い頃の夢物語を「出来る」と断言したのだ。最初の頼り無い彼はもう居ない。彼の言葉は確かに、確実に、一瞬で私を変えた。勇気をくれたのだ。

 私は知っている。私には才能がある。それは、努力する才能。私は私の夢物語を叶えるために努力するべきだったのだ。それから逃げない勇気を私はアーチーから貰った。私は言葉にした。

「マスター!私に…魔法は使えるようになりますか?医師と技師両方の夢を叶える魔法は使えるようになりますか!」

 マスターは当たり前のように、最初から知っていたように、そして何年も前にしてくれたように私に一言で魔法をかけた。

「なれるさ!魔法なんか必要ない!アイリスなら出来る」

 再び私は夢を追う。夢の天秤をひっくり返し両方を握りしめて走り出すことが出来る。

 

【工房のイタズラ】

私は夢物語を叶える決意をした。

 私の決意を聞いたあとマスターはまたニヤッとして突拍子もない提案をしてくる。

「みんなさ?うちで働こうよ!お給料も出すよ〜名目はそうだね〜部活動ってのはどうだい?医療義肢技術研究部なんていい名前だね…」

 そう言って一瞬ダリア先生を見る。その後驚くダリア先生を楽しみながらマスターはさらに続ける。

「そうすればアイリスは工房に来るしかないし、他の子達は色々勉強出来るし、僕は僕で医学について直接最前線の先生から聞けていいんだけどな〜」

 ダリア先生は再び大人気なくワクワクしている様子だった。誰も損をしない話、全ての学校が提案されたらYesと答える提案。「工房の妖精」を外部顧問に迎えた部活、それこそ夢物語だ。学校の知名度は爆発的に跳ね上がり、生徒の学習意欲を駆り立てる最高の餌となる。そして何よりダリア先生はこの天才と語り合ってみたいのだ。教育者として、天才に憧れる凡人として、一人のファンとして。

「その提案私が責任を持ってお受けいたしますわ!学校がなんと言おうと私が許可します!させます!面白そうですもの!」

 少女のように目をキラキラさせてダリア先生は熱弁した。そしてやっと落ち着いた頃、オリヴィアさんがいつもの声とは違う声、かすれるようで、それでいて透き通った耳に心地いい声で、私達を迎えてくれた。

「ようこそ…工房見学へ」

 オリヴィアさんの本当の声、本物の声帯、失われた美声それが私達を迎えてくれたのだ。みんながキョトンとしている中、マスターと私はもう泣きかけだ。オリヴィアさんはいつも擬似声帯で喋り、たまに擬似声帯と自身の声を交えて話すことがある程度だった。十年間、私はその間こんなに長い単語を喋るオリヴィアさんを見た事が無かった。マスターなんて二十年近く寄り添って来たがこんなに長い文を聞いたことが無かったのだろう。我慢できなかったのかオリヴィアさんに抱きついて目をウルウルさせている。オリヴィアさんは抱きつかれてちょっと照れくさそうに、それでいて嬉しそうに、マスターの背中をポンポンしながら本を取り出す。いつもの声、擬似声帯「カナリア」で一言。

「サプライズですマスター。夢を諦めなイ事を思い出したので」

 その一言。たったそれだけでマスターはボロボロ泣き始めた。きっとオリヴィアさんのひざ掛けはびちょ濡れになっているだろう。私とマスターとオリヴィアさん以外が状況を理解出来て居ないだろうと思い、私は涙を袖で拭ってオリヴィアさんに尋ねる。

「みんなに二人の生い立ち話して良い?」

 オリヴィアさんは静かに深く頷いた。マスターはボロボロ泣きながら小刻みに頷いた。

 それから私は知りうる全てを話した。二人の過去、事故で両親を失った事、軍事実験で両足を奪われたこと、心が壊れ家族の幻影を求めて彷徨ったこと、心が壊れ希望と声を失ったこと。そして私が十年間、オリヴィアさんがしっかり喋っている所を見たことがないこと。

 みんな静かに聞いていた。皆マスターの涙の意味を知り、アゼリアはポロポロ涙を流し、アーチーは袖で目元を抑え、バジルとアーロンは上を向いて目を閉じ耐えていた。そしてダリア先生はハンカチで涙を拭きながら言葉を紡いだ。

「素敵な瞬間に立ち会わせて頂きました…一生で一度しか経験出来ないであろう奇跡ですね…今はいっぱいお泣きください…工房見学よりずっとためになる経験をさせて頂きました…」

 そう言って涙ぐむダリア先生は私達に囁くように、それでいて力強く教えてくださった。

「いいですか?これが本物の愛です…人を思う心、思いに答えようとする心…そしてそれが起こす感動…私も今、学びました…これこそが人の真の原動力なのですね…」

 私達の涙が収まる頃、マスターはズビズビ鼻をすすりながら振り返る。

「ごめんね?工房見学始めよっか」

 この状態で見る工房は新鮮だった。作りかけの義肢、バリアフリーの床、低い位置に置かれた食器や道具、整理された本達、その全部から人を思う心が伝わって来た。二人の何気ない思いやり、相手を思っての行動それらが工房全体に散りばめられ、本物の愛とは何たるかを私達に教えてくれた。私はそんな医師になろう、そんな技師になろう。私が心に決めた時、不意にアゼリアが呟いた。

「あんな夫婦になりたい…」

 深く頷くみんなに私は衝撃の事実を伝えた。

「あの二人…結婚してないよ…」

 私とマスターとオリヴィアさん以外の、驚きの声が工房に響いた。ダリア先生すら唖然としていた。一方マスターとオリヴィアさんは仲良く寄り添いつつ、何を当たり前な事を言っているんだと言わんばかりにこちらをキョトンっと見ていた。そうなのだ、この二人は夫婦じゃない、ましてやカップルでもない、この二人の関係それは「愛しき家族」なのだ。

 情報量が多過ぎたのかアゼリアが混乱し始めたので私は工房見学を終える事を提案した。他のみんなも同意見だったようでウンウンと頷き、ダリア先生は悔しげにそれを承諾した。

 こうして私達の波乱の工房見学は終了した。玄関で私達を寄り添って見送る工房のマスターとその助手はあまりに美しく、尊く、愛に満ちており、言葉に出来ないくらいお似合いだった。

 私達は帰り道に決めた。明日クラスメイトに何を見聞きしたかを聞かれたらこう答えようと、「愛を学んだ」そう答えようと決めた。

 こうして私は静かに、それでいて断固たる決意を持ってこの日決めたのだ。技師と医師を両立しようと、人を思い行動出来る人になろうと。

 これが私の夢物語への始まりだ。

 

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