No.01 幼き花
⚠「No.Canaria」のアフターストーリーです。
本編を読んで居なくても読めるようには一応なっています
【プロローグ】
「戦場の般若菩薩」
それが戦場を駆け、敵味方関係無く治療し保護する医療団体「中立医師団-仏-」の創立者であり団長の私、アイリス・パーカーの通り名だ。
不満では無い、もとより私の医療用義肢は般若がモデルだ。そして敵味方関係無く医療行為を行う姿は慈悲深い菩薩を思わせるのであろう。
私が私であるために、理想の私になるために、一度見た夢を叶えるために、そして悲しむ人を一人でも減らすために。
このくだらない紛争を終わらせることは私には出来ない。隣国の内輪揉め、蒸気機関の独占と乱用による水不足と利益の一極集中、ニュースではそんな他人事の様に毎日放送される。私はその国の住人では無い。言わば部外者、傍観者、関係ない世界の住人。
しかし、それでも私は戦場に降り立つ。人が死ねば、人が傷つけば、誰かが悲しみ怒るのだ。それを見て見ぬふりすれば、再び血が流れる。悲しみが連鎖し、怒りが広がる。それを止めたい、終わらせたい、そんな夢を私は見たのだ。そんな夢物語を応援してくれる人達がいてくれたのだ。
だから私は戦場に降り立つ。
そして今日も私は戦場を駆けるのだ師匠に貰った最強の義肢と父に貰った医者としての志を胸に。
乗っている飛空艇が唸りをあげる。歯車と蒸気機関で動く巨大な飛空艇、これも師匠の作品。次の戦場までまだ時間がある。
なので少し、到着までのささやかな安息の時間で私の昔話をしよう。
医師であり技師である私の、幸せで豪快な夢物語を。
【あの雪の降る日】
私は医者の娘だ。決して裕福ではないが幸せな家庭、医師の父と栄養士の母そんな恵まれた家庭に私は生まれた。優しく賢い父ハワードと、優しくて厳しい母ローズ。そんな近所で噂のおしどり夫婦の一人娘として生まれた私はアイリスという花に由来する可愛らしい名前を貰った。
私は幸せに育った。美味しいご飯を食べ、よく遊び、良く眠り、沢山の本も読んだ。それがどんなに恵まれていたことかも知らず、悲しみも苦しみもちっとも感じること無くぬくぬくと育った。
五歳の時、家は少し貧しくなっていた。そして近所からの評判も悪くなっていた。数年後に知ったが父の経営方針、「人々を助け、全ての人が平等に医療を受けれる世界を作る」その極めて真っ当で、優しく正しい思いが空回り、むしろ逆転して牙を剥いたのだ。
「あそこはヤブ医者だ…診察料が安いだけで何もしてくれない」
妬み、嫉妬、八つ当たり。ただそれだけで周りの医者が噂する。近所の人が噂する。
その噂は確実に、ゆっくりと父の病院の経営を赤くして行った。私は幼いながらに「みんなはなぜパパを虐めるのだろう、なんでパパは暗い顔をしているのだろう」と思っていた。
そして、私はある人に手紙を書いた。「パパを救いたい、笑って欲しい」その一心でその頃大ブレイクした小説家が言っていた「工房の妖精」さんに。
住所も知らない、名前も知らない人に書いた手紙、届くはずのない思い。その手紙を母に渡すと何故か困った顔をされた。その時は分からなかったがその妖精さんは凄腕の義肢職人のことだった。義肢は高い、ましてやその義肢工房はオーダーメイド限定で下手をすると量産品の何十倍の値段がする。そんな所に、父を想い手紙を出そうとする娘を見て母はどんなに悩んだだろうか。
しかし、母は厳しくも優しい人だ。私に手紙を出してくれると伝える時、一緒に私にこう言い聞かせた。
「妖精さんはね?良い子にしか魔法を使わないの…だからアイリスが良い子にしてたらお返事が来るかもね」
そう言って母は私の手紙に自分の書いたお詫びと説明の手紙を添えて出してくれた。
返事はすぐに来た。難しい字と可愛らしい猫のマークが入った手紙。それを読んで母は驚き、戸惑っている様子だった。妖精さんから返事が来たことに喜び、すぐにでも父に喋ろうとする私を母は引き止め、父にバレないように私に耳打ちした。
「パパにはサプライズにしよっか、どんな魔法がいいか妖精さんが聞きたいからお家に招待してくれるって!」
そう言って母は困ったように笑った。
それから三日後、私は母と妖精さんの家を尋ねた。雪の降る昼過ぎ、冷たいふわふわがその年初めて降ったそんな日、私は母とお揃いのふわふわの白いコートを着てご機嫌で妖精さんに会った。妖精さんの家「猫ノ手技水工房」の扉の前で雪をはらっていると、雪のように綺麗なお姉さんが出てきた。真っ白な髪を三つ編みにし肩からかけ、濃いピンクの瞳でこちらを見る車椅子のお姉さん。お人形さんだと思った。きっと妖精さんの魔法で動くお人形さんだと本気で思うほどその姿は美しかった。
「一人目の妖精さんが迎えに来たわよ」
そう言って母は私の雪をはらいながらお人形さんに会釈する。私はお人形さんだと思うが母は妖精さんだと思うほど、工房の助手オリヴィアさんは美しかった。
オリヴィアさんは無言で会釈し、工房の中へ私達を招き入れ暖かい紅茶とクッキーを出してくれた。そして私は初めて魔法の意味を知った。
私をチラっと見たあとお人形さんは最初の魔法を私に見せたのだ。
お人形さんは取り出した機械が沢山付いた本を開き、その一文を指でなぞる。すると不思議な声がした。
「マスターお客様がイっらっしゃイましタ」
本当に不思議な声だった。金属のような、水笛のようなそれでいて美しい女性の声。
再び私をチラっと見るお人形さんに私は幼い質問をしてしまった。
「それも魔法?ちいさな妖精さんの魔法?それともお人形さんの魔法?」
お人形さんは再び本をなぞり妖精さんの魔法だと教えてくれた。私はすかさず母に妖精さんの凄さを話した。妖精さんは不思議な声で喋るお人形さんも作れるのだと。
そうこうしていると工房の奥にある機械仕掛けの昇降機がガタガタと音を出し降りて来た。
不思議な妖精さんがそれに乗っていた。銅色の金属の翼をパタパタと動かしながら、魔法使いのとがった帽子を被ったお兄ちゃん。それが妖精さん、そしてお人形さんのマスター、この工房の主人、後に私が師匠と呼ぶ人との初対面だった。
「いらっしゃいませお姫様!どんな魔法にしましょうか?」
そう言って笑う妖精さんは綺麗にお辞儀した。
ぷるぷる笑いを堪えて震えながら母が名乗ると妖精さんは「銅田マサキ」お人形さんは「オリヴィア・フォレスター」とそれぞれ名乗った。
そこから私以外の三人が難しい話をしている間、退屈した私は椅子に座り工房の中をくまなく、好奇心旺盛に、細部まで眺めた。レンガで出来た大きな炉がドシッと構え、熱い空気を部屋全体に広げており、その正面に金床、右に溶接機や工具の山、左には大きな四本腕のロボットが置いてあった。奥には出来合いの機械類が並び、カラフルな技水珠が並んでいる。「技水珠」小型蒸気機関を用いた動力源、この世界の全てのエネルギーを司ると言っても過言では無い必需品。しかし、幼い私は「カラフルな水入りボトル」くらいの認識だった。そんな物達を眺めていると、突然マサキ、オリヴィアさんの言い方を真似て最初はマスターと呼んでいた人が、ボソボソから徐々に大きな声で叫んだ。
「クラゲが良いかな…蜘蛛が良いかな…うん!クラゲだ!種類はベニクラゲ!素敵でしょ?」
そう言って喜ぶマスターと困惑する母、苦笑いのオリヴィアさんをしりめに私もよく分からないながら話に参加しようと声を出す。
「クラゲさん可愛いよね!クラゲの魔法ってなぁに?ぷるぷるするの?」
今からすれば愚かな質問、てんで的外れな発言。しかし、それに対してマスターはマスターで絶対違うのに深く頷いていた。
その後、オリヴィアさんと母が話している間マスターは私に工房を案内してくれた。
大きな炉、沢山の本、作りかけの作品、試作品の残骸をクッキーをモグモグしながらマスターは案内してくれた。普通ならお行儀が悪いと怒られそうなその行動も、不思議とマスターがやるとユーモラスで様になっているから私はその姿に引き込まれて行った。
マスターに手を引かれ覗き込んだ試作品の残骸の中、私は金属の小さな鳥の人形に心踊った。私はこの人形を見たことがある。父の大好きな小説家、隻腕の新人小説家、「工房の妖精」を私が知るきっかけになった美しい義手を付けた小説家。
その小さな金属製の小鳥は小説家のブレスレットと同じ物だった。よく見ると小鳥のクチバシは万年筆になっており、可変式の翼を畳むことで筆先が出てくる仕掛けになっていた。幼い私はその小鳥の人形が欲しくてたまらなかった。これを見せたら父は何と言うだろう。元気になってくれるだろうか。それだけで心踊り、期待に胸が膨らんだ。
しかし、幼い私でも知っていた。妖精さんの魔法はお金がいっぱい必要なのだと言うことを。我が家にそんな大金は無いということは母が事前に教えてくれていた。
父の幸せのため、大好きなパパを笑顔にするため私はその小鳥の人形を欲しがることはしなかった。
そんな私の我慢はマスターにはお見通しだったようで 、試作品の残骸入れからその小鳥の人形を取り出し私に渡そうとした。私はそれを断ろうとした。「私のわがままで妖精さんがパパに魔法をかけてくれなかったらどうしよう」そう思ったからだった。そんな心配など知ってか知らずかマスターは私に小鳥の人形を握らせて、イタズラっぽく紳士的なお辞儀をしながら言った。
「お姫様これが最初の僕の魔法です」
「最初の」っという部分をゆっくり念押するように言うマスターは紳士的でトキメキすら感じた。
いや、私の初恋と言っても過言では無いほどかっこよかった。
暖かい工房の炉のそばに座り、私は色々なことをマスターに話した。
パパのこと、ママのこと、好きなもの、嫌いなもの、楽しいこと、悲しいこと全部全部話した。
そして少しドキドキしながらマスターに聞いた。
「私も妖精さんみたいに魔法を使えるようになる?」
無知ゆえの質問、子供の夢物語、私の夢の始まり。それに対してマスターは笑顔で、それでいて世界の秘密を話すように私に耳打ちした。
「使えるようになるよ?じゃあ僕が二つ目の魔法をかけてあげる」
そう言ってマスターは私の両手を祈るように握り、一言たった一言の魔法をかけた。
「お姫様の夢が叶いますように」
それが私の夢の始まり、五歳にして貰った最強の魔法だった。
【夢の卵】
マスターは私に魔法をかけた。私の夢が叶う魔法、どんな可能性も自ら掴みに行く勇気、私が魔法と呼んでいた義肢職人という道、それを私が叶える魔法だ。
そんなささいで、それでいて強力な言葉は幼い私にすら大きな力を与え、ある決意を固めるきっかけになった。
私はドキドキしながら、それでいてはっきりした決意を込めてマスターに告げた。
「私が…私がパパの魔法のお金を払う…なんだってする!なんだってあげる!だからパパに魔法をかけてあげて!」
私の決意、幼い約束、何の保証も根拠もない言葉、それを聞いてマスターはちょっと考えたあとニヤッと笑った。そして優しい目とちょっと悪そうな笑顔で私に告げる。
「出世払いだね!知ってる?アイリスちゃんが大きくなって夢が叶ったらお金をもらうってこと」
私は少し不思議に思いつつマスターの確信めいた言葉に約束した。
「うん!約束する!」
ふと見ると母とオリヴィアさんがこちらを見ながら微笑んでいた。私は少し賢くなったつもり、ちょっとだけ大人っぽくなった気がしていたが母を見て子供に戻ってしまった。
母に小鳥の人形を見せに走った。母は驚いた様子で私の話しを聞いてくれた。だけど私は一つだけ隠し事をした。マスターとの約束、それは家に帰ってから母に言おうと決めていたのだ。
少し紅茶を飲みクッキーを食べた後、私の記憶はそこで途切れた。疲れて眠るなんとも五歳の少女らしい行動。そんな私を母はおんぶして出口に向かったそうだ。
オリヴィアさんとマスターとふたことみこと言葉を交わし、母は去り際にマスターの不思議な姿を見たそうだ。
薄暗い路地の街灯に照らされ、月明かりで少し光る金属製の翼を開いて魅せ紳士のような、それでいて無邪気な妖精のような、工房のマスター。
そしてその紳士的な妖精は美しいお辞儀をして、去り際にこう言ったそうだ。
「では、お姫様に素敵な夜を」
【幼き夢の始まり】
工房への依頼から二週間後、私は母と再び工房を訪れていた。本当は母一人で来る予定だった。しかし、私は意地でもついて行くとわがままを言い、怒り、泣き叫んでほぼ無理やりついてきた。
母は困った顔をしたが、迷惑をかけないことを条件に連れて行ってくれた。工房に着くと母はマスターと真剣な話をし始めた。私がお目当てのマスターと遊べなくてしょげていると、オリヴィアさんがその綺麗な白い手で手招きをした。
「マスターに頼まレましタ。夢を叶えるお手伝イいをしろと」
その不思議な声に導かれ、私はドキドキしながらオリヴィアさんの車椅子について行った。連れて来られたのは我が家とは比べ物にならないくらい大きな本棚がある部屋だった。オリヴィアさんが言うにはここはマスターの「資料室」であり、ここの本は全て読んでいいということだった。
その大きな本棚の端、ちょうど私の目線の高さぐらいの所にピンクの画用紙で「アイリスちゃん用」というスペースが作られていた。私はドキドキした。そしてワクワクもした。ここは工房の妖精さんの本棚、そんな凄い所に私専用のスペースが生まれていたのだ。私は綺麗な背表紙の本を一冊取ってみた。美しい昆虫の図鑑だった。次に少し背の低い本を引っ張り出したら絵本だった。私は夢中で読んだ。面白かった。次から次へと手が伸びるほどその本棚は魅力的で私の好奇心を刺激して、それでいて私の知識に合わせてあった。オリヴィアさんはそんな私をちょっと自慢げに眺めながら、たまに分からないことが無いか尋ねてくれた。後から知ったがオリヴィアさんはこの膨大な本の位置を全て把握しており、私用にカスタマイズしてくれたのも彼女だったそうだ。私が本を引っ張り出して読み漁ってる間に母が戻ってきており、私を見て少し困惑していた。大量の本が詰まった書庫、美しい義手を作る天才技師の知識の真髄、恐ろしい程に価値のある場所に娘のスペースが設置されているのだ。普通ならお金が発生しても文句は言えない。母が訴えるように、願うようにマスターの方を向くとマスターは呑気に紅茶を飲みながら手をヒラヒラさせ、お金は要らないことを伝えた。母はホッとしつつ昼食のために私を本から引き剥がそうとした。私は貪欲に本に手を伸ばし続けた。困った顔の母にイタズラするかのようにオリヴィアさんが膝にサンドイッチを載せて車椅子を転がして来る。至れり尽くせりの対応に困惑しながら、諦めたように母も書庫の椅子に座りマスターと談笑しながらサンドイッチを食べる。私も一旦本を読む手を止め母の隣に座る。美味しいサンドイッチだった。
サンドイッチを食べ終え再び本に戻ろうとする私を見て、母がパッと私の手を掴んだ。帰る時間のようだ。私が不服そうに頬を膨らますと、オリヴィアさんが一冊の読み書きの本を、マスターが一冊の植物図鑑をそれぞれ渡してくれた。私に貸してくれるということだった。母が激しく遠慮するのをしりめに私はその本達を抱きしめ離さなかった。大事な本を抱きしめ家に帰る私はどんなに満足げだっただろうか。私が本を好きになり、知識を貪欲に求めるきっかけになったのはきっとこの妖精の本棚のおかげだろう。成長した今でもあの本棚が恋しくなるほどだ。
私は家に帰ってからその本を読みふけった。嫌いな勉強が好きになるほど私に合ったセレクト、一度しか会ってないオリヴィアさん達から手渡された不思議な本達、私を知り尽くしているとさえ思う程の天才的なチョイス、私は再び二人の妖精から魔法をかけられていた。
「知識欲」という夢に向かうための魔法を。
【学ぶ花】
私は週に一回工房に足を運んでいた。幸い工房は家から近く、母が買い物に出かける少しの間だけという約束で工房に預けて貰っていた。私は自分の本棚を見るのが楽しみだった。私が分からないこと、もっと知りたいことを聞くと、オリヴィアさんは次の週までに本棚にそれ関連の本を入れてくれるのだ。私はオモチャより本が好きになり、読み書きをどんどんできるように練習した。「もっと知りたい」私を突き動かすその気持ちが読める字を増やせ、書ける字を増やせと私の背を押すのだ。私はどんどん知って、学んで、そして体験した。オリヴィアさんは私の興味が向いた物をたまに用意してくれた。料理、お菓子作り、機械のこと、動物のことそしてマスターとオリヴィアさんのこと、色々話す中で私はもっと知りたいと思った。私の知らないことがこの世に無くなるまで知り尽くしたいとさえ願った。私が本を読む間マスターは遠くで作業をしていた。父の、私の大好きなパパの義肢、人を幸せにする魔法の機械、私はそれにも興味を示した。図面をひき、仮組みし、試作品を試す。その風景は力強く、それでいて繊細で美しいものだった。
私は三ヶ月ほど読書だけをしていたが、そこからオリヴィアさんに頼んでマスターの作業を見学させて貰うようになった。マスターは天才と呼び声高いが、一つ弱点を私は見つけた。作業に熱中すると一般生活がまともに出来ないのだ。その度にオリヴィアさんが食事を与え、休憩を促し休ませている。どんなに凄くてかっこいい人でも弱点や欠点がある。私はマスターからそれも学んだ。
【父の苦悩と娘の秘密】
冬が終わり暖かくなった頃、花々が咲き乱れるのを待ちわびる時期。父は初めて工房に連れて来られた。父はかなり緊張している様子で、母や私がマスター達と親しげに話すのを見て余計に不安そうな表情を見せた。それもそうだ、当たり前だ。愛しき妻子が自分の知らない所で工房に入り浸り、家庭教師のようなことをして貰い、あろうことか高級な、もっと言うなれば天才と名高い技師の最高級品の、オーダーメイドでお願いしていたのだ。さぞ請求が怖かっただろう。私はそんな不安を知る由もなくマスターとキャッキャとお絵描きに励んでいた。私が描いてマスターが試作用のパーツで組み上げる。この遊びが最高に好きだった。自分の思い描いたものが隣で一瞬で出来上がり、そして崩れさらに素敵になって復活する。まるでおとぎ話のフェニックスを見ているようだった。私がマスターと遊んでいる間にオリヴィアさんが父に新しい義肢の説明をしていた。いよいよ父はオーダーメイド義肢を着せられ顔が患者のように青ざめていた。家に帰ったあと父が「生きた心地がしなかった」という程だった。
父の義肢の名は「AO-b2n2k3r1g4」医療用でポンチョのように頭から被る不思議な義肢、かわいいクラゲさんがモデルの世界で初めてのオーダーメイド品。ポンチョ全体はレインコートのように透明な膜で覆われており、その内側に複数の細いアームがクラゲの触手のように格納されている。腰には動力源の蒸気機関である技水珠と熱湯殺菌用の機械がぶら下がっていた。
父は唇まで青くしながらボソボソ言っている。
「最先端過ぎて…こんな凄い代物を…国立病院で使えそうな設備を…代金が…娘の出世払いなんて…なんと言ったら良いのか…」
今考えればごもっともだ。私は青くなる父の気持ちなど知らず、素直な気持ちを言った。
「パパ可愛い!本当にクラゲさんみたい!これ着たらパパも魔法使えるようになるんでしょ?」
マスターはあくまでも自分の技術を魔法だと言い張っていた。そこに配慮出来る五歳に私は成長していた。私と父のやり取りを見てマスターがニヤニヤしながらやって来る。踊るように、軽快なステップを踏みながら、そして大切な秘密を少しだけバラした。
「勝負ですねハワードさん!僕の魔法とハワードさんの魔法どっちがアイリスさんをキラキラさせれるか!」
私は迷っていたのだ「マスターのような技師になりたい」「大好きなパパのような医師になりたい」二つの夢を天秤にかけて、そのふたつはメトロノームのようにリズミカルに揺れ動いていた。そんな私の悩み、父に話していない秘密、それをマスターがちょっとだけバラしてしまったのだ。私はちょっとプリプリしながらマスターを呼び、耳元でお説教をした。「まだ秘密、パパには内緒、バラしちゃダメ」そういったことを言うとマスターはちょっと反省したように、それでいて舌をぺろっと出してペコペコする。
その後マスターはパッと私の隣を離れオリヴィアさんと並んで私達家族に向き直った。そしてこう続けながらお辞儀する。
「お代はまだ、結構です。未来あるお姫様に素敵な夢を」
そう言ってお辞儀するマスターはまさに凄腕の天才技師であり、紳士的な妖精、美しくかっこいい私の理想像だった。
少しだけ、ほんの少しだけ私の夢の天秤が傾く音がした。