episode.0 プロローグ ー教典ー
聖星歴267年――。
ある日、一人の偽善者が大地に平和の絵を描いた。
直後、一人の愚者がその上に戦争の絵を描き、それを汚した。
偽善者はそれに怒り、愚者を咎めた。しかし、愚者はこれを知らんぷりする。
そこに一人の賢者が通り掛かった。
賢者は絵を見ると同時に状況を察すると、争う二人を背に絵の中に文字を書いた。
それを見た二人は、今度はその矛先を賢者へと向ける。
騒ぐ二人を無視して賢者は自身の手をナイフで切った。
その光景に偽善者と愚者はドン引きする。
賢者はそれを見て高らかに笑った。
そして、その血で絵に色を塗っていく。
するとどうしたことか――絵は光り輝き、そして世界に魔力がもたらされた。
これが、人類史上初めて描かれた魔法陣である――。
時は巡り、聖星歴874年――。
一人の炭鉱夫が光り輝く石を見つける。
炭鉱夫はそれを持ち帰り、鍛冶屋へ向かった。
炭鉱夫は鍛冶屋に『この石で指輪を作って欲しい』と依頼した。
鍛冶屋はこれを引き受ける。
数日して、鍛冶屋は光る石を細工して作った指輪を炭鉱夫へ渡した。
炭鉱夫はこれに喜び、愛する女性の元へと走った。
そして炭鉱夫は女性に告白し、指輪を差し出した。
女性は快くこれを受け入れ、そして差し出された指輪を左の薬指に嵌めた。
するとどうしたことか。指輪に嵌め込まれた石が一層光り輝き、二人を囲むように草花が咲き乱れた。
これが、人類史上初めて製錬されたルーンである。
更に時が巡り、聖星歴千年を超えた今日――魔法の発動に魔法陣を用いることはなくなった。
しかし、それは魔法が廃れたという意味ではない。
魔法の発動には、ルーンを使用するようになったからである。
ルーンの基本的な製錬方法は次の通りである。
①鉱山等から魔光石、もしくは魔物から魔素石を取り出す。
以下これらを魔石と呼ぶ。
②魔石を精錬炉に入れ高温で溶かした後、魔法鎚で叩く。
それを繰り返して不純物を取り除く。
③②でできたものを冷やす。
ゆっくり冷やすか、急激に冷やすかは、使用する魔石の品質や製錬したいルーンの純度や種類次第である。
基本的には、急激に冷やす方が割れやすく、また純度が高くなりやすいが、魔石の種類によってはそもそもが割れにくい性質のものもある為一概には言えない。
素材に応じて適切な冷却方法を選ぶことが重要である。
④③で冷やした源魔石(※1)を熱高濃縮エーテル溶液で溶かした後、溶液ごと真空下で再び冷却し、結晶化させる。(ここで純度が決まる。)
熱高濃縮エーテル溶液にはいくつか作り方があるが、純液体エーテル89%、固体状のペルグストリン10%、オルト―ジスチロジルタンゼン1%を加えた溶液を高温で熱し、濃縮したものを使うのが基本である。(※2)
⑤④でできた結晶の外装となっている分離した純エーテルの固体層を削り取り、源魔石と熱高濃縮エーテル溶液の結晶部分を取り出す。
もう少し詳しく言うと、源魔石を熱高濃縮エーテル溶液に入れると溶解し、溶液全体で化学反応が起きる。この時過剰量のエーテルは必ず分離する。
そのため、冷却して結晶化した際、それらは結晶層と固体エーテル層の二層構造を成す。
二層のうち、固体エーテル層部分は不必要となるため切り離す。(切り離した固体エーテルは液体に凝縮して再利用することも出来る。)
⑥できたルーン結晶(※3)をポリッシャー等で研磨して適切な形状に加工する。
⑦⑥で加工したルーン結晶に彫刻具でルーン術式を彫り込む。
⑧⑦で彫ったルーン術式の溝に魔力液(※4)を注入する。(ここで魔力充填率が決まる。)
⑨魔力液がルーン結晶に馴染むまで冷暗環境で保存する。
⑩魔力液が馴染んでルーン結晶が発光したら完成。(※5)
(⑪アクセサリ等にする場合は、完成したルーンに装飾を施す。)
※1……魔光石、または魔素石から不純物を取り除いたもの(③の工程を済ませたもの)を源魔石という。
※2……これの他にも、ペルグストリンの代わりに水銀を使うものや、オルト―ジスチロジルタンゼンの代わりにパラ―ジペンドロタンゼンを使って作る方法等もある。
※3……⑤の工程でできた結晶を〝ルーン結晶〟と呼ぶ。
※4……魔力液とは、ヒトや魔物の体内に流れる魔力のうち血液中に含まれる魔力成分を抽出し、濃縮したもののことである。
製錬する技師かルーンの使用者、もしくは魔素石の場合はその元となる魔物の魔力液を使用するのが好ましいとされる。
※5……これを〝ルーン〟と呼ぶ。
ここで示したのは、現代において最も代表的な製錬方法である。
ルーンの系統や種類、素材の違いでもっと最適な製錬方法も数多く存在する。
そのためこの製錬方法を熟知したからといって、製錬技師として一人前だと言える訳ではないことには注意して欲しい。
とはいえ、どの製錬方法も前述の製錬方法を基盤としている。
故に、この本を手に取った製錬技師を志す者にはまず前述の製錬方法をマスターして欲しい。
〝 愚者は偽善者を笑い、
偽善者は夢を語り、
賢者は夢を実行する――。 〟
これは、今日の製錬技術を確立してきた先人たちによる教訓である。
今日において、ルーンは様々な所でその性質を発揮している。
街の街頭も、冒険者達の扱う武器も、生活必需品に至るまで、あらゆるものにルーンが使用されている。
そのルーンを製錬する製錬技師とは、この教訓の賢者に位置する。
それはつまり、製錬技師は現代において最も重要な職業の一つであるということである。
この入門書が、どうか一人でも多くの製錬技師とそれを志す者達の道標となることを切に願う。
『製錬技師の在り方とその技法――ルーン製錬法入門』より
著:ダニエル・フリードマン