ラジオ朗読『犬讐峠』
夏のホラー2022には間に合いませんでしたので、未参加作品です。
小説やドラマなどで、夜中に誰も通らないような真っ暗な山道を行くヤツは、たいてい事件に巻き込まれる。
そんなところ、通らなきゃいいのにと思ったものだが。
私は今、外灯も無い真っ暗で曲がりくねった山道を、車を走らせている。
どうしても時間内に目的地に着くためには、この道しかなかったのだ。
スマホの電波も圏外のようだ。
カーナビアプリも、さっきから表示が狂っている。
音楽を聴くより、こういう時は人が喋っているラジオ番組を聞きたい。
ラジオのスイッチを入れて、スキャンボタンを押す。
自動で受信できる周波数を探して止まるのだが。
やはり、こんな山奥では無理か。
ザザッっというノイズの後で、突如クリアな声が聞こえた。
『ラジオ。朗読の時間です。本日は健次郎少年作、タイトル「犬潰し」の第二回をおおくりします』
私はぎょっとして思わずハンドルを握り直した。
なんていう偶然と、そして嫌な題名だろう。
私はラジオの再度スキャンボタンを押した。
だが、受信できるのはそのラジオ局だけらしい。
朗読が始まった。
『そんなわけで僕はうちの犬が嫌いでした。でも、もう平気です。あの犬は死んでしまったからです。圧し潰されて』
そんな馬鹿な。
『僕が庭の木に登っていた時でした。登っていはいけないと言われていたけど。下ではわんわん犬が吠えてうるさい。そしてポキッと音がして枝が折れました。僕は落下します』
落下した先には。
「僕の背中の下で、ぎゃんって凄い声と骨がばきっと折れた音がしました。でも、僕は無事でした」
背中の嫌な感触。
『地面には、潰れた犬がいました』
圧し潰されて血を吐いている犬。
痙攣して。
僕を恐ろしい目で見て。
私はスイッチを叩くようにして、ラジオを切った。
どうして子供の頃のことが、ラジオから流れているんだ。
私はブレーキを踏んでいた。
真っ暗な山の中。
私は荒い息を吐いていた。
背筋が冷や汗でべっとりとしていて、それがまたあの時のことを思い出させる。
犬は死んだ。
ただ、どうして死んだのか親には言えず、外に出て車に引かれたことにした。
両親は嘆き悲しんだが、交通事故だと信じていた。
だからだれも、知らない筈なのに。
何故ラジオから。
時間が無い。
何より、早くこの山道を抜けたい。
私は震えながらも、再び車を走らせた。
ヘッドライトに映るアスファルトは荒れていて、時折ガードレールがひしゃげていたり、無い区間もあった。
照らされていない部分は、真黒な闇だ。
ヘッドライトが照らす明かりは僅かで、その以外は全てが暗闇だ。
私は一刻も早くと、アクセルを踏む。
そんな曲がりくねった道を、焦りながらスピードを出したのだ。
『ワンッ!』
突然の犬の鳴き声に私はブレーキを踏んだ。
車が滑っていき、止まった。
そして気がついた。
私は見誤って、道から外れて跳び出そうとしてたのだ。
もしブレーキを踏んでいなければ。
車が停止した向こうは、崖だった。
ドアを開けて外に出る。
体が震え、そのまま道の反対の山側へ行くと座り込んだ。
もし犬の鳴き声がしなければ、そのまま崖の下に車ごと落ちて死んでいた。
助けてくれたのか。
私を。
その時、音がした。
上の方から。
翌日、ラジオからニュースが流れていた。
『犬讐峠での落石事故で無くなられたのは、S県在住の会社員、N田健次郎さんXX才で――』