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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
99/100

そして迎えるエンドロール~猫~、の5

 やつ(同居人)がコンビニに入ったのを見届けて、自転車の籠を抜け出す。火照った体に水分を含んだ地面は有難かった。

 ふらつく足取りで公園を目指す。

 雨上がり、道行く人の数は少しずつ増えてきていた。

 人目を避けるようにして物陰から物陰へと体を寄せるが、思った以上に体力は無くなっていて、不覚にも倒れ込む。かろうじて歩道から入った茂みに入れたおかげで、歩行者たちの向ける視線からは外れることができた。

 情けないことだ。

 息が切れ切れになっている。起き上がる気力は残っているが、体を起こすには多少の時間が必要そうだった。

 コンビニからやつが出てくる時間には、間に合いそうもない。


 参った。


 目を閉じる。このまま望めば、最悪この場でも、自然に自分自身を淘汰出来そうだ。

 カウボーイ・ビバップで見ていない話が残り二話あるうえ、劇場版もまだ見ていないというのに、死ぬのか? 


 ふ、ふふ。笑いがこぼれた。未練が、よもやアニメとは。私も随分と染められたものだ。

 笑うたびに痛む傷口が、どうしてか心地いい。


 横の茂みががさりと動く音に続いて小さな気配がして、茂みから茶トラの猫が顔をのぞかせた。


 「なんだ。誰かと思えばジョン・ドゥ。こんなところで何を寝ている」

 

 タイガーだ。同い年くらいの猫に比べても大柄な見栄えは巨大な毛玉を彷彿とさせる。猫は頭が入れば狭い場所も抜けられるというが、とても彼には無理そうだ。見知った顔を見、その安堵も手伝って思わず笑ってしまった。うちのリーダーはいつも平和そうで羨ましい。


 「生憎、寝ているわけじゃない」息をこぼすように言葉を絞る。


 「ではなんだ?門を探してでもいたのか?」


 ――門?


 「まあ、そんなわけもないか。まだ若いお前がくぐるには、いささか早いしな」


  なんのことだ?


 「門は、門だ。猫として生まれたからは、死ぬ際にたいていその門をくぐることになる」


 「初耳だ」


 そうか。

 頷いた後、タイガーは続けた。


 「およそ猫というものは、自分の死期が近づくと不意に見かけなくなると言われている。これはお前でも知っていることだろうが、ではそれがどうしてなのか、についてまでは考えたことがあるか?」


 「いや?」と首を振る。


 「皆、門をくぐって次の世界に行くからなのだ」得意げにタイガーが鼻を鳴らす。


 確かに猫は他人に自分の死を晒さない。猫が孤高の存在と言われる所以だ。しかしそんな美談をよもやタイガーから聞かされるとは。それにしても、「門をくぐる」それについてはこれまで聞いたことはなかった。


 「リーダー。あんた、木天蓼(またたび)でも食っているのか?」


 知らん方がどうかしているんだ。猫として生を受けた時、それは天啓として授けられる。

 多くの猫は門から門への旅を繰り返す、いわば旅猫(旅人)だ。

 死期を悟った猫は大抵、次の世界への門をくぐって、新しい世界で生まれ変わる。


 タイガーは本当に木天蓼を食っているのかもしれない。酔っ払いのように次々に言葉を並べていく。


 しかし猫の輪廻転生か。以前やつ(同居人)とそんなやりとりをしたことを思い出す。


 だが猫として生を受けた折り、私はそんな天啓を受け取った記憶はない。


 己が出自ゆえと言ってしまえばそうだが。


 「すまないがリーダー、少しの間放っておいてくれないか。どうにも眠くて仕方ない。体が重いんだ。ここで少し眠ったら、落ち着きもするはずだ。あんたがその調子で喋り続けると、おちおち眠れもしない」


 まだ語り足りなそうにしているタイガーを、そう言って体よく追い払う。


 少し経ったら移動して、麻酔を打ちに戻ろう。そして、何気ないふりをして自転車の籠に滑りこんで、家に帰ってカウボーイ・ビバップの残りを見るのだ。


 冷えたビールを飲んで、温かい揚げ鶏をほおばる。


 劇場版も楽しみだ。


 でもその前に、少しだけ、ほんのちょいの間、本当に眠ってもいいだろうか。


 



 

 



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