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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
98/100

そして迎えるエンドロール~僕~、の3

 アスファルトに残った雨は道路のへこんだ部分に小さな水たまりをつくっていて、下り坂を駆け下りていく自転車がそれを踏みつけるたびに、白鳥が川から飛び立つ際に広げる羽のように優雅に弾けた。

 顔に当たるからスピードを落とせ、この馬鹿が!と叫ぶ猫の言葉を、僕は無視した。

 「とっとと帰って、ビバップの続きを見るんだろ?だったら美味いつまみと冷えたビールを買って早く見よう。劇場版のストックもある。終わったら――」

 

 終わったら、僕は。


 猫のくせに本当にこいつはいいことを言う。

 なにをするかを、これから決める。


 いい歳をして夏休みの宿題を先送りする子供のような気分になっているが、悪くない。

 何の解決にもなっていないと頭ではわかっていながらも、漠然とした感情だけが僕の体を包んでいて、内からあふれるこの衝動をどうにも止められない。


 水分を含んだ重い空気が顔に当たる。しかしヒートアップした今の僕の頭には、それくらいでちょうどいい冷却材だ。


 ふもとに着いたのはそれからすぐのことだ。まだ体に爽快感が残っている。

 猫にここから一番近いのはミニストップだと伝えると、顔をこっちに向けることもなくいつものように鼻を鳴らす。


 馬鹿が。同じものを食してどうする。セブンイレブンまで行け。自転車ならどうということもあるまい。

 

 本当に口の減らない猫だ。


 そう言いながらも自転車をセブンイレブンに向ける。事件のあった公園がここからでも見える。自分の人生一、稀有な体験をした場所だ。猫と出会ってからこのかた、そういえば退屈をしたためしがない。


 セブンイレブンの入口に自転車を止め、念のため鍵をかける。

 猫に、大人しく待っていろよ、と伝えると、

 「そういえば新作のカップ焼きそばが発売になったとテレビで言っていた。ゆっくり見て探してくるがいい。あと、つまみとビールは多めに頼む。劇場版も見ることになれば間違いなく足りなくなるからな」

 気の利いた返答が返ってきた。


 わかった、と頷く。


 店に入ってすぐ、剣桃子の姿を見つけた。相変わらず地味な作業着を着ている。

 桃子もこちらに気づいて「こんにちは」と挨拶をしてきた。

 こんにちは、と返したものの、昨日のこともあって猜疑心が抜けず、

 

 「桃子さんですよね?」と思わず口に出してしまった。


 はい?


 当然の反応だ。僕は昨日桃子の仮装をしたくがねにからかわれたことを話し、もしかしてまた騙されてるんじゃないかと思って訊いたのだと打ち明けた。


 姉のやりそうなことで、すみません、と、桃子はいつも通り過剰なくらいに頭を下げた。

 「でも、今日お会いできて良かったです」


 え?


 今度は僕の方が狼狽えた。


 「よかったら、私と一緒に働きませんか?」

 桃子の口から飛び出したのは、思ってもいなかった言葉だ。



 それは今の僕にとっては横槍で、それでも固めたつもりの土台が揺らぐほどに魅力的な提案だった。



 




 




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