そして迎えるエンドロール~猫~、の3
まだ見ていないカウボーイ・ビバップ第二十五話 ザ・リアル フォーク ブルース(前編)のオープニングが、軽快に流れている。
「Tank!」は、これから起こるであろう緊迫の時間を彩るのにはもってこいの曲であると思う。
意図的ではないにせよ、やつが手元のリモコンで画面を止めたのは、音楽が全部終わって、タイトルコールのブルースハープが鳴り終えた直後だ。
私は音楽が流れている間中、やつの顔を凝視していた。
やつは、眉間にしわでも寄せているかもしれない。
うっすらとぼやけて、はっきり見えない。
「すまんな。実はもう目がほとんど見えん。テレビを繰り返し見ていたのは、実にその所為もあってのことだ」
顔が見えないのは、私にとってはちょうどいい事かもしれない。相手に悲しげな顔をされても困るし、笑っているようなら、なお困る。深刻な顔なら、それはもう、願い下げというものだ。
「私はこの夏が終わるまでには死ぬだろうと言われていた。怪我をするしないにかかわらずだ。まあ、寿命――というやつだな。それがどうだ。いまや暦の上では秋を数えるではないか。……医療が進んでいるといっても、存外いい加減なものだ」
「じゃあ……」なにかを言いかけて、やつは言葉を止めた。言葉が止まったのは、希望的観測が意味をなさないことなのだと、わかったからかもしれない。
私の死はもはや避けられない。
あと私にできることは『スピードワゴンはクールに去るぜ』よろしく、格好よく消えていくことだけだ。
「安心していい。死んだとしても突然死だ。美味いものをたらふく食って飲んで、見たいものを見たらもう、スパイクのような心境にもなる」
「まだ物語の全部は見てないんだろ?言っておくがな、スパイクはビシャスと刺し違えで死んだりはしない。確か、そう、倒れたところに天使が降りてきて、犬に連れられて天国に、そう、天国に行くんだ」
慌てた素振りには真実味が欠けていた。失笑ものだ。
「逆にそこまで作品を愚弄できたなら、それはそれでアニメ史に燦然と歴史を刻むだろうよ。――作家の才もあるかと思ったが、見当違いかもしれん」
……まったく。お前の言うそれは「フランダースの犬」の最後のシーンだろう?相手の重い話に対して咄嗟にアドリブが使えないのなら、むしろ自分の正直な気持ちをぶつけた方がいい。もしくはもっとわかりにくいたとえを引用して、相手を煙に巻いてやるくらいしないといけない。それができない不器用だから、就職もままならんのだ。
「そいつは聞き捨てならないな。この間ハローワークで受けた職業適性診断の結果だと、どうやら僕に向いている職業は、劇作家、シナリオライター、それに詩人なんだそうだぞ?」
おいおい。それはもう就職というより、起業しろと言われていないか?「お前には就職は向いていませんよ」と烙印を押されたようなものではないか。笑いを取っている場合ではないぞ。
だがまあ、このうえなく笑えるんだが。
笑いで、咳き込む。血が、あらぬ場所に入りこんだ。
笑いが、体に堪える。まだ骨も折れたままなら傷も完全には塞がっていない。今現在、私の体は血の袋に等しい。
これ以上笑わせて、破裂でもしたらどうしてくれる。
「今からでも医者に行くぞ」
不意にそう告げたやつの顔は、真剣そのものだった。
だが、手遅れに差し伸べる手はもう意味をなさない。
それをわかれと言っている。
痛みをおして言葉を、振り絞った。
「ひかえろ!」
体中に激痛が走る。麻酔が切れかけている。青ざめた顔を見せてはならない。感情の起伏は傷口をも悪化させる。
「私が、包み隠さず話したんだ」
落ちつけ。深呼吸だ。
「己が満足のためだけに、私の覚悟を無下に晒してくれるな」
かろうじて息を整える。
「――よし、散歩にでも行くか」
結局のところどんな答えに行き着いたのか知れない。長い沈黙の後、やつは短くそう言った。
斜めに舞った雨が、窓ガラスを二、三度叩いた。




