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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
95/100

そして迎えるエンドロール~猫~、の2

 ミニストップのチキンを、過去に一度だけ食べたことがある。

 まだ公園に居た頃で、たぶんホームレス仲間のシゲさんが買ってきたものだ。

 すっかり冷えてしまっていたそれは、鶏の脂が固まってしまっていたこともあり、味付けが少し濃かったことを覚えている。

 「美味い」

 ハードストレイキャッツに入ったばかりの頃で、公園を根城にしていたクールガイ以外に他の仲間はその場に居なかった。

 「私らだけで食べて良いのか?」遠慮がちに言った私にクールガイは、

 「夜中出歩けない不憫な飼い猫連中には味わえないものだ。なに、遠慮など要らんさ」と笑った。

 

 飼い猫は、この星の瞬きを見ることもなく、屋根のある窮屈なところで眠るんだ。やつらは猫生(じんせい)の半分を無駄にしている。


 野良であることをこよなく愛するクールガイの言葉だ。あの時のチキンが、香ばし醬油味だった。些細なことだが、猫生(じんせい)初に食したチキンがプレーンでなかったことが今さらながら悔やまれる。

 

 その頃のハードストレイキャッツは、まだオスが誰一匹(ひとり)去勢されてはいなかった。

 今ではメンバーのオスは私一匹だ。

 今になってこそ身近に思える剣桃子は、その頃からきちんと自分の仕事を進めていたことになる。これからもきっと彼女は微妙な矛盾を抱えつつも、今の仕事を続けていくのだろう。

 姉のくがねは、まあきっとあのままだな。だが彼女には良い相棒がちゃんといる。風彦ならあの雑な女の管理くらいは難なくやってくれる。


 「意外だな」

 ふん、と鼻を鳴らす。

 よもや自分がこんな感傷に耽る瞬間を持つことになろうとは。

 死が近づくという感覚を得ることとは、こんなにも滑稽をともなうものか。


 意外って、何がーー?

 同居人が何を気にしてか、訊き返してきた。

 

 ああ、これだ。美味いじゃないか。私にとっては揚げ鷄以上に、美味い。そう思ってな。

 私はミニストップのチキンを指して今度は整えて、笑った。


 ふ。と、同居人が笑った。


 その気楽そうな顔が、どうにも癪に障った。私がいなくなった後でも貴様は生きていかなければならないというのに。なんと呑気な面構えでいることか。お前は本当にこの先大丈夫なんだろうな?


 「なあ」苛立ちがわずかに混じった声が出た。


 「死んで終わるのだろ?」


 やつが、私の言葉の前に、冴えない言葉を紡いだのは、聞こえていた。しかしどうでもいい文字の羅列は今の私の耳に届かない。


 私が紡いだ言葉は、今考えても重かったように思う。


 互いを干渉しない。暗黙のルールだったと思っていたし、これまでお互いに多くあったろう疑問にも、あえてフタをしてきた。例えそのルールを破ることがあったとしても、それは私からではなく、同居人(やつ)の方からだろうと考えてさえいた。

 まさか、私の方が先に違えそうになるなんてな。

 らしくもない話だ。


 「……カウボーイ・ビバップのことだ。どうせ貴様のことだからネタバレがどうとかいう理由で口ごもったのだろうが、その態度でバレバレだと何故に気づかないのか私の方が疑問だ。隠すくらいなら口に出してハッキリ言ってみろ。その方が、ーー」

 

 伏せているのはカウボーイ・ビバップの話ではない。


 その方が?答えを乞うようにやつの唇が動いた。

 

 「ーーその方が、覚悟ができる。私も作品に集中できるというものだ。恐らくに、あのビシャスとかいう白髪と刺し違えでもするのだろう?」


 答えは、教えるつもりはない。そもそも教えていい答えではない。

 さっきのは、単に口が滑っただけのことだ。

 だから、


 「お前、もしかして、もう死ぬんじゃないのか?」


 だから、同居人(こいつ)がそう言った時、私は少しばかりこいつを侮っていたのだな、と感じた。


 なるほど。こいつもわかってはいたのか。

 


 

 

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