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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
94/100

そして迎えるエンドロール~猫~、の1

 もう、すぐそこまで私の個体としての死が近づいてきていた。


 同居人も風彦も、よく見ている。

 

 気づかれないよう細心していたはずだったが、やはり不自然なことに対する他人の目というものは敏感なのだろうか。


 視界がぼやける。

 それを補うように、最近、耳と鼻の感覚が鋭くなってきていた。

 音だけなら、カウボーイ・ビバップはもうほとんど見終えていた。

 各三回ずつ、時には遡って、ようやく次で第二十五話だ。

 目がもっとしっかりしていればとも思ったが、これはこれで悪くない。

 初めてこの街に来た時、ゼン爺のところで聴いた落語のテープを思い出す。小さい音でひっきりなしになっているそれは、今思い返せば念仏のようであったが、それでもそれは今の私の言葉のベースになっている。

 

 もうすぐ降りだすだろう雨はおそらく驟雨だ。

 だが、止むまで待つなどと気の利いたことをあの同居人はすまい。

 最近はハローワークにも行かず家にいることが多い。雨が続いているせいもあるのだろうが、どうもそれだけではない気がする。

 いい方向に舵を向けた、そんな、なんとなくの吉兆を感じる。


 そんな思案をしているうちに少し雨がぱらつく音がしたかと思うと、玄関のドアが開く音がして、階段を上がってくる音が聞こえてきた。同居人の刻む独特の足音だ。住人に配慮した比較的静かな音。こいつも風彦同様、些細なところに不要とも思える心配りをする。


 二十四話の「THE REAL FOLK BLUES」が流れていた。

 とりあえず寝たふりをすることにする。

 外であれこれ考え事をした頭で、いきなり核心をつく質問をされてもこちらが困る。

 

 荒い呼吸を隠しもせず、やつ(同居人)は部屋に飛び込んできた。犬に追い立てられでもしたのかと心配になって、つい、寝たふりをやめて「おい」と声をかけてしまった。

 どうにか表情が見える距離になって、心配が杞憂であったことを知る。

 単に運動不足なだけだ。最近ズボンの最上段のボタンを外して履いているのを私は知っている。

 かけておいてなんだが、言葉は行き場を失ってしまっていた。

 「このカウボーイ・ビバップというアニメは本当に面白いな」

 そんなことは重々知っている。ほかに気の利いた言葉が急に浮かばなかっただけだ。

 だが私の言葉にやつは気を良くしたようだ。口角が上がるのが見えた。

 「スペース☆ダンディみたいに第二期はないのか?」

 首が横に振られた。

 「確か劇場版があったはずだが?」

 「劇場版はあるけど第二期はないんだよ」

 第一話の肉なし青椒肉絲を語るジェット・ブラックのように、ぶっきらぼうな返しが戻ってくる。

 

 ははあん。


 こいつがこういうひねた回答をするときは、決まって言いにくいなにかを抱え込んでいる時だ。

 話の流れを考えるに、これ以上私にカウボーイビバップの話題を突っ込まれたくないのだろう。

 その行動が逆に相手に対しての大きなヒントになっているなどとは微塵も思わないのか。


 お花畑なことだ。


 流れから察するに、スパイクは好敵手のビシャスと相打ちで死んで終わりか?

 まあ、それならやつが突っ込まれたくないことへの説明もつく。「ああ、あのアニメね。あいつが死んで終わりだから第二期ないんだ」とはこの同居人は死んでも言わない。

 そう言った意味でこいつは『いいやつ』なのだ。


 なら、しばらくは黙っていてやろう。


 買ってきたチキンをレンジで温めなおし、ビールをあらかじめ冷蔵庫で冷やしておいたものと交換してきた、やつ(同居人)の気遣いに免じて。


 ただ、ビニールに入ったままのチキンをそのまま寄越す馬鹿がいるか。私は猫だぞ。紙ならまだしもアツアツのチキンが入ったものをそのまま食えるわけもない。ビールのフタを開けてくれたことは感謝するが、どうにも詰めが甘い。


 減点だ。まったく。どこかがいいと、どこかが抜ける。

 そういうところだ、お前の良くないところは。


 とりあえず皿を持ってきてもらおうか。あいつが一人で食おうとしている香ばし醤油味も半分もらわなければならんしな。


 


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