そして迎えるエンドロール~僕~、の1
「Tank!」がテレビから軽快に流れた。
猫は、音楽が完全に終わるまで、みじろぎひとつせず、ジッと僕を見ていた。
誰も見ていないテレビ画面に、ブルースハープの音色とともに「第二十五話 ザ・リアル フォーク ブルース(前編)」のタイトルコールがされる。画面が、そこで止まる。
リモコンで、画面を止めたのは、僕だ。
猫がとんでもないことを口にした時に、万一にも聞き逃さないようにと停止ボタンを押した。
流れで口をついて出た言葉だった。
しかしその言葉は自分が今訊くべきだと思った言葉だ。はぐらかされてしかるべき内容では決してない。
猫は静かに語りだした。視線はテレビに向いているが、テレビを見てはいない。
「すまんな。実はもう目がほとんど見えん。テレビを繰り返し見ていたのは、実にその所為もあってのことだ」
こちらが黙っているのを察して、猫は続けた。
私はこの国の夏が終わるまでには死ぬだろうと言われていた。怪我をするしないにかかわらずだ。まあ、寿命――というやつだな。それがどうだ。いまや暦の上では秋を数えるではないか。
医療が進んでいるといっても、存外いい加減なものだ。
じゃあ――。言葉を絞りだした。しかし言葉が続かない。「もう大丈夫なんだろう?」の一言が、口から出ない。怪我をするしないにかかわらず、と猫は言った。どうしてそう見えないのかは知れないが、猫は怪我をしている。事件の時の大量の血は、やはりこいつのものではなかったのか。
そうなれば、健康に難ありというようなやつに、僕はこれまで揚げ鶏やらの油物を平気で与えていたことになる。しかもほぼ毎日だ。積算したら結構な量になる。「嘘だろ」と嘆息に似た声が洩れる。
「安心していい。死んだとしても突然死だ。美味いものをたらふく食って飲んで、見たいものを見たらもう、スパイクのような心境にもなる」
スパイク・スピーゲル。カウボーイ・ビバップの主人公だ。ちなみにビシャスというのはまあ、主人公の宿命のライバルと言ったところか。
「まだ物語の全部は見てないんだろ?言っておくがな、スパイクはビシャスと刺し違えで死んだりはしない。確か、そう、倒れたところに天使が降りてきて、犬に連れられて天国に、そう、天国に行くんだ」
でまかせにしてももっと上手くやれそうなものだ。が、僕の答えに猫は、クククッと笑った。
「逆にそこまで作品を愚弄できたなら、それはそれでアニメ史に燦然と歴史を刻むだろうよ」
作家の才もあるかと思ったが、見当違いかもしれん。猫はそう続けた。
そいつは聞き捨てならないな。この間ハローワークで受けた職業適性診断の結果だと、どうやら僕に向いている職業は、劇作家、シナリオライター、それに詩人なんだそうだぞ?
それはお前、ハローワークから見放されてるんじゃないのか?どこの世の中にそんな雇用先があるというんだ。そんなものを提示するハローワークもハローワークだ!紹介できる範疇を越えた適性を示してどうする。
猫は本当に死にかけているのか疑うほど、大笑いした。
「今世紀最大にウケたわ。お笑い芸人でも目指す方が建設的ではないのか?」
そういえば、コメディアンにも向いてるって、書いてあったな。
おい、正気か!貴様これで私が死んだなら立派な殺人犯になれるぞ!
猫は人には含みません。
私はいったい、遠足のおやつかなにかなのか!
猫は体を転がして大爆笑した。本当に瀕死なのかと疑うほどだ。
しかしこうして、そう考えてあらためて見てみると、よくわかる。
猫の動きに精彩がない。
これまで僕にそうとは気づかれないように配慮していたのだろう。
「今からでも医者に行くぞ」
いざとなれば力づくだ。
猫は見えているのか知れない目で、こちらを見た。
ひかえろ。私が包み隠さず話したんだ。己が満足のためだけに、私の覚悟を無下に晒してくれるな。
猫の声は静かだ。
「最後まで訊くつもりはなかった。だが、訊いていいか?」頭にそんな言葉が浮かんだ。しかしそれこそは猫の言う通り、僕自身の満足を満たさんが故の言葉でしかない。
治るかもしれないんだぞ?
ダメもとで、行ってみようぜ。
やってみなきゃわかんないじゃないか。
あきらめるな。あきらめたらそこで試合終了だ。
今まで幾多の主人公たちが放って、そして不可能とも思える現状を打破してきた言葉が過ぎる。
同時に痛感する。
それらの言葉はその物語を紡いだキャラクターたちが、それぞれの世界でそれぞれの立場をわきまえたうえで発した言葉だ。かじって吐いたように、今この瞬間、僕が使っていいものではない。
猫にかけてやる言葉は、僕自身のそれでなくてはならない。
頭では、理解だってきちんと出来ている。
言葉が出ないのは、自分自身の心の置きどころがまだ定まっていないからだ。
考えあぐねた末、僕の口をついた言葉は、
「よし、散歩にでも行くか」
だった。




