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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
90/100

戦いすんで、日が暮れて、の10

今にも泣きだしそうな曇天が、空一面を覆っていた。猫の言った通り今にも雨が降り出しそうな空気が充満している。

 道路には水たまりがあちこちにできていて、たまに気まぐれのように落ちてくる雨粒が、表面に小さく波紋を立たせた。


 ミニストップには思ったよりも早く着いた。時間的なものなのか、はたまた便不便の問題からなのか、客は自分以外おらず、駐車場に停まっている車の姿もなかった。


 ひととおり店内を歩き、目新しいものを探す。コンビニエンスストアは数あれど、その実、店ごとにはそれぞれ偏りがあり、個性が存在している。アイスに重点を置き常に多種を揃えている店舗や、フードロスを考慮して半額提示をする時間が他店に比べて早い店、経営方針によるところが大きいのだろうがその差異は注意して見てみるとかなり目立つ。


 買い物のほとんどをコンビニに依存する片田舎の住人だからこそ気づく、とてもつまらないことだ。そしてそんなことを楽しみに店を回る自分の行動範囲の狭さに苦笑する。


 しかし、ここまでコンビニ依存の自分が最も近いこの店をどうして多用しなかったのか。

 なにかしら理由があった気がするが、思い出せない。覚えているのはチキンの種類が多かった、それだけだ。

 店内で、はた、と足を止める。

 猫と食べるためのチキンが見当たらない。レジ横のホットショーケース前に立ち止まってしげしげと中を見ても、チキンの姿がかけらもない。単に売り切れているのならチキンの置き場くらいはありそうなものだが、どっこいそれも見当たらない。


 僕は元来、ホットショーケースの前で立ち止まる行為が好きではない。

 レジに並んでいるようにも見えるし、通行の邪魔にもなっているようで嫌だったからだ。

 だから当然、人がレジに並んでいるときは遠慮もしたし、たとえ店に誰もいないときであってもその場所に十秒以上とどまることはしなかった。


 かつて妹が、ホットショーケースの前で何を買おうかと思案を巡らせていたことを思い出す。普段直感で生きているような妹がしばらくその前から動かなかったとき、恥ずかしさから「そんなに悩むなら全部買え。いつまでもそんなところにいたら他の人の邪魔になるじゃないか」と言ってしまったことがあった。

 あの時の妹の顔を、今、思い出した。

 「兄ちゃんは意外と気にしいなとこあるよね。こんなものいくら時間かけて選んでたって、誰もなんも思わないっての」


 そうか、あれはこの店だったんだな。


 あの時もチキンを買いに来て、それでチキンが見当たらなかった。

 ホットショーケースの下。小さな棚があって、袋に入ったチキンがいくつも並んでいる。袋を、ヨーコが指をさしてにやついていた。


 兄ちゃんは図体がデカいから足元まで気がまわらないんだね。こういうの、なんて言ったっけ?

 


 妹は、猫が好きだった。

 妹がまだ小さいときに、道路にふらふらと飛び出した猫をかばって怪我をしたことがあった。怪我自体はたいしたことはなかったものの、その時の猫は治療のかいもなく死んだ。

 原因は事故そのものにはなく、多頭飼育された環境から逃げ出した猫がすでに衰弱していたことが原因だった。妹が動物を、ことさら猫を病的にまで気にかけるようになったのは、それがきっかけだったのかもしれない。


 その妹は、死んだ。公園で、雨の中血まみれで。

 看取ってくれたのは、数多くの猫だったと、母親が話してくれた。


 帰郷して、このもっとも近場のコンビニから足遠かったのは、妹との思い出のあるこのコンビニを無意識に避けていたのかもしれない。

 足元ににやついた顔をしてチキンの袋を指さす妹はもういない。

 だがその時の記憶は生きていて、今ではミニストップのチキンがホットショーケースの下の増設された棚に並んでいるのだと知っている。僕は袋に入ったチキンのうち、そこにあった普通のもの(プレーン)と、チキンステーキ香ばし醤油をビールと一緒に買い、店を出た。


 自分のことを大男であると評したことはなかったが「総身に知恵が回りかね」という部分にだけは妹に同意せざるをえない。だからといってホットショーケースの前に長尻することをきっと僕はこれからもしないだろう。


 


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