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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
89/100

戦いすんで、日が暮れて、の9

 その日からしばらく雨の日が続いたこともあって、僕は家から出ることをせず、ひたすら家にある本を片っ端から読み耽り、それに飽きたら部屋を掃除するといったことを繰り返した。

 猫は当初自分の睡眠とテレビを見る時間を阻害されたことを疎ましそうにしていたが、そのうちに慣れたのか、あるいは僕の行動に思うところができたのか、僕が掃除をはじめると知れず部屋を出て、掃除の間だけは一階に避難するようになった。


 家にいる時間が長くなったことで気づく。


 猫がよく眠るようになっていた。まあ、猫は大概一日の七割は寝て過ごすのだから珍しいことでもないのだが、それはあくまでも普通の猫の話だ。人語を話す常識外には当てはまらない。

 夏の終わりぎわに下がった気温が、猫の身には堪えるのだろうか。

 「冬眠でもする気か?」僕の言葉に、

 「うるさい。秋眠暁を覚えず、だ」と答える。

 それを言うなら『春眠』だろう。まあ、寒さの風物詩で『炬燵に猫』というのがあるくらいだ。あながち猫にとっては的外れなことでもないのかもしれない。

 気がつけば立秋はとうに過ぎ、暦も九月を跨いで数日経っていた。やがて山が色づき、急激に寒くなっていくのだろう。


 猫はすっかりカウボーイビバップにはまっているようだった。暇さえあれば部屋のテレビからは、主題歌の「Tank!」が聞こえてくる。起きている時間のほとんどを視聴に充てていると言っても過言ではない。

 「あれ、その話、昨日も見てなかったか?」順当に見ていれば、とうに物語の後半戦に入っている頃合いだ。しかし画面に映っているのは多分に第三話、当作ヒロインのフェイ・バレンタインの登場話だ。

 「見てたがどうした?」猫は律儀にも映像を一時停止して、答えた。画面に釘付けの顔はこちらに向きもしない。

 「せっかくDVDで最後まで揃ってるのに。続きが気にならないのか?」

 猫は鼻を鳴らした。不思議なことに最近、こいつが鼻を鳴らすことがさっぱり気にならなくなっていた。

 「気になるさ。だからこそ、繰り返し見ている」

 なんだよそりゃ。

 首を傾げた。僕なら矢継ぎ早に次々見て、見返すのは、最後まで見終わったその後だ。

 「牛みたいなやつだな」

 猫がじろりとこちらを睨んだ。肩をすくめる。

 猫は反芻しないことくらい僕だって知っている。冗談だ。


 「貴様にはまだわからんよ。もっとも、そんなことがわかる時が来なければ、それに越したこともない」

 「酔ってるのか?」

 ふっ、と猫は笑ったようだった。尻尾で器用に缶を弾いてみせる。空のアルミ缶特有の軽い音がフローリングを鳴らす。

 「続きを見るにも、揚げ鶏とビールが要るタイミングだ。今ならあと三十分くらい天気ももつだろう」

 カーテンを少し開く。閉まった窓の外からは雨の匂いはしてこない。曇ってはいるが、一時的に雨は止んでいる。猫の言う通りなら、買い出しに行くなら今が好機なのかもしれない。

 「今まで行ったことのなかったミニストップに行くという手もある」時間内で往復出来る距離の店は少ない。ミニストップはいつも利用しているどの店からも近かった。

 ほう?猫の目が輝く。

 「チキンの種類が多いらしいぞ?」

 「ではなぜ今まで行かなかったのだ?」

 ミニストップといえばハロハロのイメージだ。なんのことはない。酒のアテがある印象が薄かっただけだ。

 「さあ。なんでだったかな」

 億劫な説明はこの際省く。


 よし、ではひとっ走り頼む。


 なんだよ、お前は行かないのか?


 「足の裏が濡れるだろうが。雨はたまたま、今の間やんでいるだけなんだぞ?」

 配慮の薄いヤツだ、と顔に書いてある。


 「買い物を失敗したからって、僕のせいにはしてくれるなよ?」


 「それは保証しかねるな」


 猫は、今日見せた中で一番のいい顔で、笑ってみせた。

 



 


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