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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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戦いすんで、日が暮れて、の6

 地味に手の込んだ真似をするものだ。

 

 他人がおよそ見分けるであろう切り口を逆手にとった、実に巧妙なやり口だ。

 こういった真似、これが初めてじゃないでしょ?との問いかけに、くがねの扮した桃子は僕から慌てて視線を切った。


 「家にも帰らず、もしかすると来ないかもしれない僕を待ち伏せですか?」

 そんなことをして、いったい彼女になんの得があるのか。


 「家には帰ったわよ。ここ、実家からそんなに遠くないの」と、くがね。

 桃子は寝てるし、両親はいるしで、いたたまれなくなっただけ。


 「それで悪戯しようと」

 「そう」


 なんてたちの悪い。

 

 暇を持て余しているくがねはロクなことをしない。


 そんな僕の心情を察しでもしたのか「心配になったのよ」急にしおらし気に、くがねは言った。

 仕事をさ、さっさと決めた方がいいよ、みたいなことを言ったのは、(まず)かったかなって。


 ハローワークを前に、足が止まったのは間違いない。しかしそれはなにも彼女のせいではない。

 が、なにもやられっぱなしという法はない。口元がほころぶ。


 「いや、貯金がさ、少しづつ目減りしていくんですよ。今まで勝手に引かれてた保険料や税金なんかは、今度は銀行かコンビニで自分で払うようにって冊子みたいなのが送られてくるようになって。口座から引かれる分には気にもならないのに、わざわざ郵送で送ってくるんです。それにこの間、軽くショックだったこともあって」


 「なに?」


 「貯金がある程度あったときは、お金を下ろしに行くたびに『キャッシングできますよ、手続きは簡単なので申し込みませんか?』って画面が必ず出てきてたのに、ある時気がついたら、そんなこといっさい言われなくなってた。銀行はもう僕を見限ったのかも、とか……他にも」

 

 「まだあるの!?もうやめてよ、聞きたくないって!それにあたしだって、お金とかないからね?」くがねが目を剥いた。


 「ごめん」そう呟いて、笑う。くがねの顔が本気で引きつっていた。それを見れただけで、充分だ。

 さっきの仕返しをちょっとだけしたかっただけだったのだが、それは思ったよりも効果的で。


 笑いが止まらない。


 黒服の時のくがねは人形のような無表情こそすれ、人間らしく眉を動かしたり目を見開いたりはしなかった。今がオフの時間ということもあるのだろうが、受けたのは実に新鮮な印象だ。


 「いや。確かに今言ったような不安はあるし、事実このままいけば現実になると思うんですが」


 「おいー!やめろって言ったよね?」

 

 ごめんごめん、そう謝りながらも、僕は続けた。それは心配をしてくれたくがねに、どうしても言っておかなければならないように思えたからだ。


 「いや、正直このまま一生クレジットカードも持てないまま生きてくことになるかもだけど」


 強がりなのは半分以上ある。


 自分のことを非凡だと思うか?と他人に問われれば、謙遜でもなく「わからない」と僕は答えるだろう。なにかしらの才は持ち合わせていると信じているが、残念なことに、それはいまのところ未知数だ。


 「でも、()()()()()を怖がって、一生悔いの残る糞みたいな生き方をするくらいなら、ちゃんと自分の納得できる仕事にぶつかるまで、もがいてみようかなって。恥ずかしながら、今はそう思うんですよ」


 かつて、くがねは、今愛用している黒服を見知らぬ母親から託されたことがあった。

 数えきれない謝罪の言葉と併せて、娘が着ていたこの服を「どうか引き継いで着てほしいのだ」と書かれた手紙も添えて。

 その母親の娘は、とても年頃相応の娘らしくはなく、がさつで無頓着のうえ酒癖が悪かった。しかしそれらを補ってなお清廉で曲げない信念があり、まっすぐに生きていた。


 目の前の男の母親から、丁寧に直された黒服を渡された時、おぼろげながらその予感はあった。

 一見で、何の疑問も持たずに直すには、あの服は特殊に過ぎた。

 しかし黒服を作ったのがこの男の母親であるというのなら、すべてに納得はいく。


 くがねは、別れ際までその疑問を口にはしなかった。

 母親が「本当にありがとう」と言ってきて、そこで初めて、疑念は確信になった。


 ああ、この人たちは、あのヨーコの家族なんだと。


 いったん別れた後、どうにも気持ちのおさまりが悪いままだった。

 ヨーコの家族と知った以上、放置はできない。


 だから、くがねはここへ来た。

 

 『あたしと違って要領が良くて、適当に入った大学からそこそこいい会社に入って』と、彼女がよく口にしていた自慢の兄貴があんなヘタレのままであったら寝覚めが悪いにもほどがある。


 このままふらついた生き方を続けるようなら、その首根っこをひっつかんで「ふざけんな、あんたら兄妹全然似てねえな!」と蛇蝎に浴びせかけるような呪言を吐いてやろうと思っていた。


 それが、どうだ。


 くがねは思わず笑ってしまった。


 この兄妹は、やっぱり同じじゃないか、そう思った。



 


 


 



 


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