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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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戦いすんで、日が暮れて、の5

 ――あ。

 それが僕の第一声だった。


 今朝、くがねと別れたばかりだ。


 同じ顔をした違う人間に遭うというのは、なんとも奇妙な気分だ。

 たとえそれが知っている人間であったとしても、身内でもなければその奇妙さは拭いきれないことだろう。

 双子を育てる親は毎日混乱しないのだろうか、と思う。


 異なる残像の連鎖。


 同じ顔をしていても、それらは別個体なのだ。言葉も考え方も、同一では多分に、ない。


 「姉が、くがねちゃんが大変お世話になりました」


 あ、いえ。こちらこそ大変貴重な経験をさせていただきまして。


 言葉にきちんと出来ていたか、自信はなかった。桃子が笑ったのを見て、多分通じたのだろうと、勝手に思っただけだ。

 言葉が過去形になっていたから、桃子はすでにくがねが僕の家を後にしたことは知っているようだ。


 「昨日遅かったのに、今日も仕事ですか?」

 昨日の事件の立ち合いに警察と居合わせたのを僕は見ている。くがねに使われて「立会人」か、「発見者」のどちらかをさせられていたはずだ。

 

 僕の問いに、桃子は、「今日は仕事じゃないんです」と首を横に振った。


 じゃあ、なんでこんな場所に。ハローワークなんて、裁判所と同じくらいのレベルで知り合いに会いたくない場所なんですが?

 旧知にも会いたくなければ、知り合いの、それが女子であるならばなおさら、この場所での邂逅など望まない。この場所は鬼門でしかない。


 「私の目から、あなたを見てほしいと、言付(ことづ)かってまして」


 誰などと訊くまでもない。くがねだろう。と、するならば、くがねは僕とのやりとりで決した通り、一度は家に帰ったのかもしれない。

 それはいい。

 問題なのは、そのくがねがどうして妹をこんなところに寄越してまで僕に会わせたかったのか、ということだ。面倒ごとの臭いしかしない。

 顔に出たのだろう。あからさまに桃子の顔が険しくなる。

 「私だって、好きこのんで休みの日にこんなところに来たわけじゃないんですよ?」

 変なところで意気投合する。


 僕だって心底御免被りたい。


 仕事、していいかどうかで、悩んでるんでしょう?


 妙な言い方を、桃子はした。

 らしくなく、障らず、微妙に的をかすめた言い回しだ。こんなことができるタイプだとは思わなかった。思わず言葉の続きを聞きたくなる絶妙の()()だ。


 「お給料がそこそこもらえて。できればボーナスも年に二回くらいはあって。きちんと休みがもらえて。人間関係が面倒じゃなくて残業も出来れば無くって。退職金もあてにできる職場をお探しなんでしょう?」


 言葉の端々に、ずいぶんと鋭い険が感じられる。


 逆説が後に来るよ、という予告をしているようなものだ。

 こちらが身構えるのを待っている。嫌な言い回しだが、心を防御する時間をくれるあたり、彼女のいくばくかの思いやりを感じさせる。


 桃子が笑った。それは彼女一流の、宣戦布告だ。

 次の瞬間、怒涛がたたみ掛けてくる。


 「そういった職場があなたを選ぶと本気で思ってます?選ぶのではなく、選ばれる立場だってこと理解してます?玉石混交だなんてハローワークに登録している事業所が思っているとでも?いかに安く、右にならう人間をダースで揃えられるか。()()、文句の出ないだろう水準で求人出してるってわかってます?できれば髪色は黒で、禿げてもなく、七三分けか真ん中分けの短髪で、多少気温が高くても上着にネクタイをして、少しでも頭を良さそうに見せるために眼鏡の着用をこころがける。そういう人材をこそ、欲してるんです」


 どうだ。と、言わんばかりに、言い終えた桃子が、こっちを見た。


 目元が、ひくっと動く。


 「お前、くがねだな?」


 地味な格好で騙そうとしてもそれは通らない。


 さっきの口上は、かつて僕がくがねにしたそれだったからだ。


 


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