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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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戦いすんで、日が暮れて、の4

 戦争や行方不明、大量殺人、政府与野党の政策批判や過去最大規模の台風情報、そういったわかりやすい題目が落ち着いて、ネタもちょうど切れた頃だったのだろう。

 民放のワイドショーやニュースはアニマル・キラーの模倣犯逮捕の話題をこぞって取り上げていた。そう多くもないチャンネルをひととおり流し見するが、落ち着いていたのは国営放送の二つだけだ。

 こういう時、子供への教育番組や客観的見地からの偏りの少ない放送がされていることはある意味好ましい。

 

 犯人グループは過去にも複数回動物虐待での逮捕補導歴があり、リーダー格の矢内ケンジ容疑者二十三歳は「仕事でストレスがあり、交際していた女性ともうまくいかず、むしゃくしゃして犯行に及んだ」と供述しました。また、「長靴を履いた猫」が人の言葉をしゃべったとの証言もしており、詳しく事情を訊いています。

 これは薬物摂取の可能性もアリですかね――。

 猫の骨格では、人の言葉は話せませんよ。常識です。

 過去の殺人の疑いも浮上していて、今後の捜査状況が気になるところです。

 なお同市では、猫を救おうと犯人たちに立ち向かった勇敢なホームレスたちを公園管理人として雇用していく方針を市長を中心にすでに打ち出しており、ホームレスの雇用確保とホームレス減少を同時に行う施策として期待が高まっています――。


 ついテレビに目がいってしまう。当然と言えば当然だが、事件の概要のどこにも、くがねや僕の話題は出ることはなかった。まあ僕はともかく、くがねの話題まで出ないところを見ると、それなりに強い箝口がどこかでなされたのだとは思った。


 主犯の男が住所不定の美容師として顔が公開されると、まず母親が頓狂な声を上げた。

 この人、アレよ。あの三◯一の、アパートの、金髪美容師!あら~、いつかなんかやらかすと思ってたのよね。彼女さんの彼氏がね、変わったからおかしいと思ってたのよ~。クスリやってたんですって。ああ、やっぱりね、なんか粗暴だったもの。怖いわ~。まさかこんな近所でねえ~。いやね、これ高校の時の写真かしら?悪いことする人って顔が若いままって本当なのかしらね。

 今にも井戸端に飛び出す勢いだ。

 どこまで本当なのかわからない噂はこうして作られ、巷に無責任に流布されていくのだろうか。


 身支度を整える。ここ数日、バタバタしていたこともあってハローワークには行っていない。別に連日通ったところで求職情報に大して差があるわけではないが、世間さまの目というのは本当に手厳しいもので、昼日中に学生でもない年の男がふらついていたり家から出ずにいるだけで、井戸端のあてにされてしまう。

 これ以上親の肩身を狭くしてしまうのは子供としてもつらい。


 しかし今回の一件は、僕自身にも考えさせられるものが大いにあった。

 悪い意味での心境の変化といってもいい。


 世の中にはいろいろな仕事があって、それぞれ環境も思惑も違う中で、人はそれこそ毎日働いている。しかし今回の犯人のように、ちゃんと地に足のついた職に就いていても、ストレスがもとで犯罪を犯すなんてことを間近に体験してしまうと、仕事選びさえもどこか慎重になってしまう。

 

 ため息を吐く。


 はたして、僕のように未来になんの期待もしておらず、特に目的もなく生きている人間にとって、この世界はどう生きていったら正解と言えるのだろうか。

 この国が万人から税金を取り立てる背景には、きっと僕のような考えの人間を少しでも減らしていこうという切なる目論見があるのかもしれない。


 「働かないと食っていけないんだぞ」なんて言葉は、戦時中の「欲しがりません、勝つまでは」の現代版プロパガンダなんじゃないだろうか。


 ハローワークの目の前まで来て、ふと立ち止まってしまう。


 どうしていいかわからない人間がこんなところに来てどうするっていうんだろう。来られたから仕方なく職員は対応してくれるだろうが、それは平行線を延々と続けていくだけの不毛な作業で、本当に目的を持って来る人間の邪魔になっているだけになりはしないか?


 「弱ったな」口に出ていた。これ以上足が前に進みそうにない。


 何が、「弱ったな」なんです?


 声の方を見ると、剣桃子が居て、訝しげにこちらを見ていた。



 

 

 

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