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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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戦いすんで、日が暮れて、の3

 その日の夜、家を挙げての送別会があった。

 くがねは頑なに送別会の参加を断ったが、僕の両親のあまりの強引さに、最後には彼女が折れた。

 宴席の中で父親が「もうここは自分の家だと思っていつでも帰っておいで」などと口走ったこともあって、そのことがさらにくがねを困らせたようだった。酔った勢いとはいえ、無責任な話だ。


 いつの間にか、猫は家に居た。何処に行っていたのか、と訊いてみたが「私の親でもあるまい?放っておいてもらおう」と不機嫌に突っぱねられた。

 今は風彦と猫にしかわからない言葉で、なにかやりとりを交わしている。


 縁側で腰を下ろし、夜風を浴びる。あの灼くような猛暑はもはや過去であったのか、庭には涼しい風が吹いている。

 雨が続いた日から明けて季節が変わったのだと、テレビの気象予報士が話す声が聞こえてくる。いつもその日の降水確率を逆張りして報じるその気象予報士を、僕は結構気に入っていた。

 彼はたとえほかの局が降水確率二十パーセントだと報じても、「今日はこのあたりは雨」と断じる変わり種だ。もちろんそんな予報がそう当たるわけもなく、他局の予報通りその日が一日晴天になるなんてことはざらで、彼のことを「反逆の気象予報士」と揶揄する者も多い。

 よくそんなギャンブルめいた仕事をしていてクビにならないものだと苦笑したこともあったが、もしかするとそういったことも含めて、彼は周囲に一目置かれているのかもしれない。

 色に合わないとすぐさま排除に向く職場が多い中で、多様性への理解があるというのはうらやましい限りだ。なにより「反逆のルルーシュ」みたいな通り名がカッコいい。


 やわらかい石鹸の匂いがして、くがねが静かに隣りに座る。

 反逆の気象予報士が、明日は雨だと言っているぞ?「クスリ」と、くがねは嗤った。

 じゃあ、きっと晴れますよ。彼の予報は逆の意味で正確ですから。

 ――違いない。艶めいた髪が、風に揺れる。

 「結局、最後まで世話になってしまったな」と、くがねは言った。

 そんなことは、と口に出しかけて、止まる。

 充実した時間だった。

 僕のこれまで過ごしてきたどの時間よりも、濃密で張りつめていた。

 「いざとなると、言葉って出ないものなんですね」

 下手な言葉だと崩してしまいそうなこの気持ちを、どうしても上手く口に出せない。


 そういうのを、『楽しかった』って言うんじゃないの?


 僕の困った顔を見て、くがねは笑った。



 これからどうするのだ?と、猫が視線を回す。目の前の皿に同居人(やつ)が注いでいったビールがあるが、いっこうに進んでいない。

 さてね。まず温泉に行って、それからどうするかは彼女次第だろうな。風彦はクリームチーズをざらりとした舌で堪能しながら、猫に返す。

 温泉はいいな、ぜひ私も行ってみたい。

 まだ体が利くうちに、そうした方がいい。灰色の猫は淡々とした口調で告げた。視線が猫と交差する。

 そういえばまだこの国を隅々旅行もしていなかった。飼い主の財布が心細いというのはこういうところで痛い。風彦、その点お前は恵まれているな。

 良し悪しさ。屋根も壁もあるところにいつも居れるわけじゃないんだぞ?


 そういうものか。

 そういうものさ。


 それきり二匹は黙った。

 互いが、本音を切り出すギリギリのところで会話を止めていた。

 それは共に戦った戦友へのそれぞれの配慮からだ。

 なにも、口に出してまで言葉で曝け出す必要はない。

 言いたいことが相手に伝わりさえすれば、それでいい。その先は、その先に進んだ者がしかるべき時に自分で決めることだ。

 

 次の朝、くがねと風彦は予定通り僕の家を去った。

 母親が「本当にありがとう」と、くがねの手を握って別れを惜しんでいた。どうして母が彼女に礼を言ったのか僕にはわからなかった。 

 わかったことがあるとすれば、くがねの黒い服がまるで彼女にあつらえたように新しくなっていたことくらいだ。


 「とっとと就職しなよ」と、くがねが去り際に言ったのが聞こえた。となりで灰色猫の風彦が短く窘めるように鳴いた。

 くがねさんこそ、ちゃんと家に顔出しなよ。

 言い返そうとして、やめた。

 

 それはたぶん、下手な蛇足だと思えたからだ。

 

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