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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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戦いすんで、日が暮れて、の1

 警察が通報を受けて「あっちのでかい公園」、正式名称「野田町第二新緑公園」に到着したのは、公園の時計があと一回りで日付変更を告げる頃合いだった。


 連日の警察騒ぎに公園周辺の住民はまたも騒然とすることになったが、事件の犯人が捕まったと知れるや、声は歓喜を含むようにもなっていた。

 遠目から、僕とくがね、風彦が事態を見守る。まだ猫は寝ていて、起きる様子がない。スポーツバッグの中のミイコもここでいきなり放すというのは忍びないということもあって、寝かせたままにしていた。


 驚いたのは犯人捕縛後にくがねがおこなった一連の事後処理で、あっという間に男三人を手持ちのロープと強そうなテープでふん縛った後、公園に散らばったガラス片や諍いの痕跡まで、何もかも綺麗に片付けてしまったことだ。てきぱきと慣れた様子で動く姿は、彼女の印象からは程遠いものだった。すべて片づいたとみるや、どこかへと電話をかける。

 「どうして後始末まで?」電話を終えたくがねに問いかける。

 「明日この公園に来るかもしれない子供とかお年寄りが、血まみれで壊れっぱなしの公園を見たり、残った破片で怪我でもしたら、あたしがいたたまれないだろう?」

 まあ、できる時しかやらないし、ホントのことを言うと、いつもはここまではしない。今日だけは特別だ、と笑った。

 「いい顔してる」

 それは、いつもだ。冗談めかすくがねからは、何かを吹っ切った後の清々しさを感じる。

 「正直、もっと陰惨かつ凄惨な結末になるんじゃないかと思ってました」

 「お望みなら今からでもそうしようか?」

 彼女が本気でそんなことを言っていないのはすぐにわかった。

 ()()をするつもりならとっくにそうしている。少なくとも僕ならそうしている。行動に移さないのは、彼女の中で感情より優先することができるものを見出せているからだろう。

 「復讐は、いいんですか?」僕の問いに、

 「あんた性格良くないって言われないか?」と、くがねは笑った。


 警察の到着に合わせるように桃子と佐藤次郎の姿があった。

 「驚いた。これも彼女たちの仕事なんですか?」

 「いや、あれはあたしが連絡したのさ。立会人と発見者になってもらうためにね」

 立会人、と発見者?

 おい、まさかお前、犯人を捕まえたら金がすぐ貰えるとでも思ってたわけじゃないだろうな?自演自作でサイトから金なんて出ないんだぞ?

 魚を掲げて「獲ったどー!」という姿を想像していた己を恥じる。

 「ああして間に検証人を入れて、認定されたら、ようやく報酬金が入るんだ。振込みまでだってあと数日はかかる」

 アウトローなのに、思ったよりアウトローではないシステムに、苦笑する。

 ゲームじゃないんだぞ?と、くがねが念を押す。

 「桃子さんや、あの佐藤次郎が認定者なんですか?」

 「言ったろう?表の連中にも協力者はいるんだって」

 彼女たち(表の連中)は直接手は下せない。でも、赦せないものは赦せない。

 共通利害の一致ということか。

 

 まあ、()()()()は、あいつら(桃子たち)の仕事に違いないんだがな。くがねは楽しそうに笑った。自分の仕事だけを終わらせてさっさと帰る悪い先輩のようだ。


 約束通り温泉には連れて行ってくれるんだろうな、と風彦が言った。くがねは笑ってみせたが、勿論僕には「にゃあ」としか聞こえていない。


 猫が目を覚ましたのは、僕たちがいつもの公園に戻った、ちょうど時計の針が今日と明日の境を越えたあたりだった。公園はすっかり落ち着きを取り戻していて、警察の姿も、すでに無かった。くがねに付き合わされて後片付けをしている途中で鳴き声がして、ようやく起きたのだと気づく。猫はぐったりこそしていたが、抱きかかえて運んでいる途中も、僕の服に血の跡や汚れがつくことはなかった。

 一方で、気になることは残った。

 犯人たちの乗っていたワンボックスカーのトランクルームには乾ききっていない大量の血痕があった。

 今こうして清掃している公園にも、そのあちこちに血痕は残ったままだ。致死にまで及ぶかどうかは知れないが、一見するだけでも結構な量の失血に思える。この血が猫のものでないとするなら、これは一体誰の血であるのか。

 ひとりベンチで横になっている(同居人)の体を隅々まで調べてみるが、やはり傷口もなければ、骨にも異常はなさそうだった。

 「気持ちが悪い、男がべたべたと触るんじゃない」悪態も健在だ。

 杞憂であるのならそれ以上疑う理由もない。 

 そもそも普通一般の猫種は、一日の大半を寝て過ごすという。単に疲れて動きたくないだけなのだ、というなら、放っておいても問題はあるまい。そっとしておくことにする。


 スポーツバッグに入れられていたミイコにも目立った怪我はなく、チャックを開けると途端に目を覚まし、びっくり箱の人形のように勢いよく飛び出して、ひと鳴きしてそのまま立ち去ってしまった。


 ホームレスたちは、僕たちが「あっちのでかい公園」に行っている間にいったい何があったのかしれないが、近所の住民たちと話に花を咲かせていた。酒も多少入っているらしく、賑やかそうだ。足元にいて走り回っているのはキーマンとクールガイだろうか。


 いつもの公園の風景とは少し違っているが、平和な公園に戻っているように思えた。


 よし、これから軽く祝杯でもあげようか、と、くがねが言った。

 セブンイレブンが近いぞ、と、猫が呟く。

 揚げ鶏を二つ三つ喰わねば眠れそうもない。あとはビールも無くてはな。

 にゃあ、と風彦が鳴いた。

 風彦も揚げ鶏に挑戦するらしいぞ、十羽は買わねばなるまい。

 

 無職の人間に無茶を言う。


 報奨金が出るからあたしが奢ろう、とくがね。


 にゃあ、と不安げな声を出したのは風彦だ。

 

 鳥の数だけ皮算用、とは上手いことを言う。

 

 そんなことは言っていない、という風に、すかさず風彦がひと鳴き。




 夜は、ずいぶんと涼しくなってきていた。


 鈴虫が、どこかで音をあげた。




 

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