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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
80/100

決戦、の12

 車の中に充満する臭いは、本人たちが良かれとつけている香水に車の臭い消し、さらには川の水の濡れた臭いがが混ざって頭痛を引き起こすほどに強烈なものだ。

 が、当の本人たちは車の中での酒盛りと、ある種の解放感からくる興奮状態でそんなことにはまるで気づいていない。

 後部座席に男が一人乗っていて、その隣りにガサガサと音を立てるスポーツバッグが置いてある。

 カーステレオから大音量で、激しくかき鳴らすだけのエレキギターともはや何語かも知れない叫ぶだけのボーカルの声が流れている。平日の夜だ。公園の中、奥まった場所にある駐車場には車の姿が一台もなく、外までばらまくように響く騒音にも険を示す者は誰一人いない。

 動く音が気になったのか、マスクを外した後部座席の男がスポーツバッグを蹴り飛ばす。ギャッ、という甲高い声がしたが、最高音程で続くエレキギターの音がそれをかき消した。動かなくなる。

 

 「警察も凡骨だよな。こんな近くにテレビや新聞を騒がすアニマル・キラーがいるってのに、まるで気づきもしないなんてな」

 「ケダモノにまわす労力があったらほかの事件に人を割くっての。俺たちはボランティア精神にのっとって、すすんでカンキョーセービしてやってるんだぜ?」

 「そのうち感謝状とかもらえたりしてな」

 興奮冷めやらぬといったテンションで、男三人が大声でわめいている。音楽がうるさいせいで、彼らの出す声もつられて大きくなる。時折聞きにくい箇所があっても気にならないようで、めいめいが好き好きにおのれの話したいことだけを口にしている。誰が何を言ったのかわからなくなってもお構いなしで話は続く。


 「そろそろ本格的にデカい獲物が狙いたいな。犬猫ばっかりじゃ最近味気なくってよ」

 「捌きかたにも慣れてきたし、そろそろもっとデカいセントなんちゃら犬とかいっちゃう?」


 セント・バーナードだろ?


 ばっかおまえ、犬は駄目だろ犬はよ!犬は人間の善きリンジンだ。


 一昨日、斧で犬の足一本ずつちょん切っていったやつがそれ言う?


 俺はホント、犬には甘いんだぜ?タトゥー中に逃げようとしなきゃ、ぜってーあんなことしなかった。あれは逃げた犬がヒャクパー悪ぃ。

 タトゥーと言っても、犬を多勢で押さえつけ、ナイフで「天中」と刻み込んだだけだ。勿論正しく刻むなら「天誅」であり、最初のアニマル・キラーは殺した動物に「成敗」と刻んでいたから、これは行動を模倣しただけの愉快犯がしたお粗末な行動でしかない。


 じゃあ、次はどうすんだよ。


 決まってんだろ。次は浮気もんのメスネコだ。


 おお、ついにホモサピいっちゃう?


 人間様の歴史は狩りの歴史だっつの。


 かー!ミナトちゃんカワイソー!鬼畜の元カレ鬼やべー!

 

 ビールの空き缶が車の中で飛び交う。

 おい、俺の車で滅茶苦茶すんなよ。片付けんの俺なんだからよ!


 『湊のこと好きだったんじゃないのか?』


 あん?生粋の犬好きは、猫なんざ飼ってたり猫のためになんかしてやろうなんてやつらはぜぇ~んぶ敵だっての。あの女が自分から尻尾振ってきたから付き合ってやってたの。これもまたボランティアよ、いわば。

 興を削ぐ質問に、ケンジの顔が一瞬だけ素に戻る。


 そういやさ、俺らが”S”(専門学校生)ん時、猫狩りを止めに入った女いたの覚えてる?あれ、実はあの後死んだらしいよ?


 マジか!殺人じゃん!でも俺ら無事じゃね?死んだ原因別にあったとか?


 知らねー。新聞とかテレビにも一瞬だけ出たんだけど、なんか戦争的なデカい事件があって?すぐ上書きされたんだよね。上手くやったってことじゃね?

 

 天才かよ!やっぱ神に愛されてるわ俺たち。


 てか、なんでそんなこと今さらおめーもゆーかなぁ。


 実技あって忘れったんだよ。その後俺らすぐ研修だったじゃん。


 そりゃ忘れるわ。品の悪い笑い声が車の中に響く。


 音楽はさらにエレキギターを中心に全体のビートを上げていく。


 これ聞いてると、テンション上がる。なんての、儀式前?みたいな?


 黒ミサに合うノリってのは、やっぱヘヴィメタだよな。こう、頭が軽くイっちゃうっての?ハイになるっつーか。


 そんなことはさておきさ、いつやんの?ミナトちゃん。

 

 これからオブジェつくって、その足で押しかけちまおうか?


 いいねいいねサイコだねぇ。でも、ゾンアマ配達の彼氏いんじゃね?


 ああ、あの冴えねえ猫好きな。


 『モリモトだ』


 あー。たぶんそんな名前。って、誰だよさっきからいちいちテンション下げてくるやつよ?コセキ?それともサトウ?


 違ぇーよ。


 俺でもねえ。


 なんだよ、誰でもねえのかよ、って。そんなわきゃあるかよ。

 ひとしきり笑った後、リーダー格の男が帽子をとる。キュークツでいけねえわ。金髪がこぼれた。


 「邪魔すんならモリモトだってやっちまうぜ?あん時の猫守り(ねこもり)女みたいになあ。今や誰にも止めらんねえよ、俺たちは!おい、そろそろ猫出せ。さっさとオブジェ作ってお届けすんぞ。うおお!最高潮にソーサクイヨクってのが沸いてきた!」


 オーケー、猫な。……って、あれ、いねえ。――っかしいな?さっき蹴っ飛ばして、、、何処いった?

 後部座席の男がスポーツバッグを探すが、見つからない。


 不意に、あれだけうるさかったカーステレオが止まる。

 反動で、シーンという静寂の奏でる音が、三人の耳に飛び込んできた。


 「おい、誰だよこんなタイミングでステレオ止めるとかよ。儀式前のテンションが台無しじゃねえかよ!」苛立たし気に金髪のケンジが唸る。


 「俺じゃねえし、どっか足とかで触ったんじゃねえのかよ」


 歪んだ空間に、どこか清涼感のある声が響く。


 『私の足が止めた。足と言えば足だが、手でもある。いうなれば、今は神の裁きの代理人の手だ、クズ野郎ども』


 緑の足袋を履いた三毛猫が一匹、いつのまにか後部座席に悠然と座っていた。

 ケンジには一目でその猫がわかった。公園で、自分が始末したはずの、やつ()だったからだ。

 

 『車には初めて乗ったが、トランクが広いというのは存外快適だ。不覚にも少し眠ったぞ』


 「おい、ケンジ。なんだこれ。猫が!しゃべってるぞ!」コセキ、かサトウのどちらかが叫んだ。


 「てめえ、迷ったか!」ケンジが慌てた様子で、しかし極めて俊敏に懐に手をやった。短銃が仕込んである。


 『下衆にしてはいいセリフ回しだ。だが、いいのか?私なんかを相手にしていて。遅まきながら貴様らに神の裁きが、ホレ。すぐそこに来ているぞ?』

 猫は、光る眼を外に向け、窓を前足で指し示す。


 ――何!?


 そうケンジが思ったよりも早く、運転席の窓ガラスが勢いよく外から打ち破られた。決して軽くない黒いワンボックスカーが傾き、片輪が一瞬、大きく浮く。

 「やっと見つけたぞこの臭い!もはや、逃がさん」

 どこから出したのか、くがねの黒光りする錫杖が助手席側のガラスをも突き破って車を串刺しにしていた。運転席にいたケンジと、助手席の男の顎下すれすれを錫杖が抜けている。


 『天網恢恢疎にして漏らさず。貴様らには遅すぎたくらいだ』

 あとは任せてもよかろう。正直もう力が入らない。私はよくやったと思うぞ? 


 ――無事か!?やつ(同居人)の声が、薄れていく意識の中で聞こえた気がした。


 


 


 


 


 

 

 



 

 


 

 

 



 

 


 

 


 

 

おかげさまで初投稿から本日でまるっと2カ月になりました。ユニーク1000人、PVも2500超えるとかありがたやな話です。次回くらいからようやく主人公もハロワに通えるかと思います。はたして主人公は就職することができるか!?

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